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very strawberry

(いちごの日短編詰め合わせ)

■しおちゃんとあそぼう(林檎)

(※同人誌「いちご甘いか酸っぱいか」の後日談となります)

おもちゃよりさらにおもちゃっぽかった、ちいさなシリコンの栽培キットで育ててきた(まあ大した世話はしていない)いちごがついに収穫を迎えた。豆粒くらいの白っぽい実がすこしずつ大きくなり、白からうすみどり、そしてささやかな紅に色づき、ふた粒が身を寄せ合って成っているさまは何だかいじらしい。

「もう食べれるかな?」
「へたのきわきわまで赤いし、大丈夫じゃね」
「じゃあ食べよう」

と、志緒はさっさとキッチンばさみを持ち出していちごを切り離した。ほぼまる一年、生長を見守ってきた感慨などは特になさそうなのが志緒らしい。食べるために水をやってきたのだから、その時がくれば当たり前に食べる。これが植物じゃなくて、何となく意思の疎通ができそうな動物でもたぶん変わらないと思う。人によっては「残酷」と表現される一面かもしれないが、桂にはその率直さがいとおしい。志緒が感情を移入する相手は著しく限られていて、それは、自分の激しさを知るがゆえのブレーキ機能なのかもしれない。あれもこれもと愛していては保たない、と。

「ついでにこれも片づけちゃおうか」

一年かけてちびちびと飲んでいたカルヴァドスも、もう瓶底に浅く残っているだけになった。飲む、というより、コーヒーや紅茶の風味づけに垂らして使った回数のほうがはるかに多い。志緒にはだいぶ度数がきつく、桂も、ストレートで飲むことはほとんどなかった。それでももう底をつく。
ジンジャーエールで割ってライムをすこし絞り、ひとつずついちごを飾った。

「……ちょっと濃い」
「ぜんぶ入れちゃったからな、残してもいいよ」
「ううん、おいしい。これ、また飲みたい」
「じゃあまた買ってくるよ」

あの店に持って行ったら業務用で中身だけ補充してくれねーかな、なんて考える。果実の沈む瓶の処分が難儀だ。

「すげーなー、去年の志緒ちゃんはまだ酒が飲めなかったのに」

いちごに色がついて、酒瓶は空になり、志緒は確かなかたちで「大人」になった。

「そんなの法律の問題で別に変わってないよ」
「そーかな」

光と水とわずかな土と二酸化炭素で、こんな真っ赤なかたちにできあがるなんて、いちごってすごい。でもそれよりもっとダイナミックで、無二の変容を志緒は桂に見せてくれている。ずっと。そこに自分が、どういうふうに影響したのかなんて分からないけれど、ありがたいことだと思う。

「あ、いちご、甘いね」
「ほんとだ、ちゃんと、つったらあれだけど、いちごの味してる」
「うん」
「そういや、クラシック音楽聴かせる果物とかあるんだって」
「何で?」
「うまくなるらしい」
「うそっぽい」
「効果のほどは知らんけど、それでいうとこいつ、やっぱベッドの傍に置いてたから甘くなったのかもって思うと嬉しくない?」
「ない!!」

照れて怒る時の顔は昔のままで、それもやっぱり、ありがとうと思う。


■くにえださんとあそぼう(イエスノー)

※商業誌「OFF AIR」に再録されております。

■かこいくんとあそぼう(meet,again)

「あ、そうだ、もらいもんのいちごあるけど、食う?」
「いただこうかな」

洗ってへたを取り、ガラスの小鉢に盛ってローテーブルに置くと、栫はふたついっぺんにつまみ上げた。

「どっちがいい?」
「いや、別にどっちでも」

嵐が自分で出したいちごだから、小細工のしようもないはずだし––––いや、手品師並みの手際があったとしても驚かないけれど。

「逆に訊くけど、どう違うのそれ」
「体積かな」
「じゃあこっち」

と、大した意味もなくちいさいほうを選ぶとすっと口に差し込まれた。「あーん」とかやらかしてくるわけでもなく、拒むほうが不自然、という空気を一瞬でつくるのが、こいつはいやになるほどうまい。そして、指を前歯に引っかけて言うのだった。

「噛みつぶさないでね」
「は?」
「噛まないで、終わるまで」

何が、って、唇をなぞる手つきで明白。舌の上にひんやりしたいちごを載せて栫を見るといつもの、何もかも真剣みたいな何もかも冗談みたいな顔で笑う。確かなのは、「知るかよバカ」と嵐が歯を立てられないと、知っていること。
噛んだらどうなる?

うまくしゃべれないから目線だけで問いかけると「どうしようかな」と言う。
じゃあ、噛まなかったらどうなる?
栫はやっぱり「どうしようかな」と繰り返した。でも、自分の問いが伝わっていない、とは思わない、嵐は。

「ふ……っ、は、ん––––」

で、理由も意味もなさそうな我慢を続けたが、顎も疲れたし、舌っ足らずすぎる声は恥ずかしいし、口腔であたためられ、転がされたいちごはちょっとした圧力でぐずっと溶けてしまいそうだった。

「ちょ、も、むり……」
「そう?」

何度も頷くと、半開きの唇の狭間からかたちのいい指が当然のそぶりで入ってきていちごを口蓋に押しつける。

「あ」

たちまち崩れた果肉の種がこすれた。生あたたかい果汁は、どこか身体に悪い甘さで喉に落ちていく。食べてはいる、一応。でも食べものを粗末にした気がしてしまう。

「おいしい?」
「……まずいよ、このバカ」
「そう?」

確かめるために、舌が入ってくる。半熟の果実と唾液と嵐の興奮をねっとりとかき混ぜる。それはとても苦しいのだけれど、ぐちゃぐちゃにされるいちごと、透明なガラスの中で手もつけられず乾いていくいちごとどっちを選ぶのかと言われれば、答えは決まりきっている。
いつだって、おろかなのは自分だ。

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