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ソワレのさくせん

「Color Bar」発売記念こばなし。
※同人誌「not made of Sugar」収録の「マチネのぼうけん」とちょっとつながってます。

 設楽の知り合いの子、という男の子と、たまたま一日遊ぶ機会があった。本当に、ただ一緒に遊んだだけで何のお構いもできやしなかったのだが、設楽は「お礼はする」という約束をちゃんと守ってくれた。
 で、土曜の夜呼ばれたのが、鉄板焼き屋だった。もちろんお好みやもんじゃではなく、ステーキの店。制作時代はいろんなおこぼれに預かって分不相応な店に連れて行ってもらったことのある深には、そのランクが何となく分かる。
「竜起には焼肉って言われたけど」
 と設楽が言う。
「名和田が肉奉行に専念しちゃいそうだから、焼いてもらうスタイルのほうがいいかと思って。ここでよかった?」
「いや、スタイルとかとちゃうくて……」
 プロのシッターさん何人雇えるお値段? と深がひたすら恐縮する間、竜起はメニューを開いて「シャトーブリアンってラブホみたいな名前〜」とのんきに笑っていた。
 サラダからコースが始まると、設楽は「僕の肉は半分の量で」とシェフに頼んだ。
「その代わり、こっちの育ち盛りに回してください」
「やったー‼︎」
 育ち切ったはずの育ち盛りが諸手を挙げて喜ぶ。
「声でかいて……設楽さん、ええんですか?」
「うん、昼結構がっつり食べたから」
「あ、俺知ってる〜ザギンでしょ」
「何で知ってるんだよ、尾行してた?」
「いえいえ、俺何でかバイト女子のLINEグループに入れられてるんですけど」
「ほんまに何で?」
 竜起がそこから得た情報によると、今年大学を卒業した元バイトふたりのために設楽が送別会を開いてやっていたらしい。
「エルメスで口紅買ってあげてたでしょ」
「就職祝いね。会社につけていくのが欲しいって言ってたから」
「その後ランチ懐石」
「卒業祝いね」
「女子二名だけ〜?」
「単に日程の都合。男子は別日に焼肉連れて行ったよ。ていうかLINEでそこまで事細かに報告してるのか?」
「LINEグループもいくつかあって、きょうのふたりは結構インスタで匂わせてくるんで、それにツッコミ入れる用のグループで筒抜けになってました」
「何だそれ、複雑だな」
「彼氏に買ってもらったふうな写真なんすよ、微妙に設楽さんの手が見切れてて、タグが『憧れの口紅おねだりしちゃった』とか『銀座で幸せランチ』とか。でもバイト仲間は知ってるから『設Pだろうがよ!』ってめっちゃトーク盛り上がってて」
「インスタに直接コメントしたりはせーへんねや」
「それしたら公然と恥かかせちゃうじゃん」
「難しいなー」
「設楽さんまじで告られてないですよね?」
「何でだよ。……すいません、白ください。さっぱりしてたら何でもいいや」
「でも、『どの色が好きですか?』って訊かれたでしょ、エルメスで。へるめすで」
「お前のその嗅覚は時々怖いよね」
「あ、やっぱ言われてる〜! 何て? 何て答えたんですか?」
 食いつかれて、設楽は苦笑まじりに答えた。
「『何もつけてないのが好き』」
「ピューウ!」
「ぺこぱより吹くやん……」
「うっそかっけー! やばいどきっとした〜! 俺も使いたいから設楽さん今のください!」
「持ちネタみたいに言うなよ、好きにしなさい」


 がっつり肉をコースでいただいた帰りも、竜起はまだ「どこで使おっかな、あの決め台詞」と思案していた。
「設楽さんが言うからさまになってんやと思うで」
「え〜じゃあ十年ぐらい寝かせなきゃ駄目?」
「いや、品種差がおっきすぎるから……ていうか、何もつけてへんのは皆川やん」
「え? リップぐらいはしてるよ?」
「ちゃうくて、なーんも飾らへんで、そのまんまなんが皆川のいっちゃんかっこええとこやから」
 あたりを見回し、大丈夫そうだと見当をつけてからつま先立ちで耳打ちした。土曜日だからって飲みすぎたかもしれない。
 まあ、ええか。
「……何もしてへんのが大好き」
 すると竜起ががばっと抱きついてきた。
「チックショー!」
「小梅太夫⁉︎ ていうか路上やから!」
「俺がなっちゃんに使おうと思ってたのに、先越されたじゃんか〜‼︎ 悔しー!」
「何でそんなへんなとこで負けず嫌いなん?」
 そこも大好きだけど。


「……『何もつけてないのが好き』」
「今言うても単なるセクハラやからな?」

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