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シンデレラ・エクスプレス(復路)

※「横顔と虹彩」重版御礼こばなし。と言いつつ「恋敵」のエピソードですみません。お正月にアップした「シンデレラ・エクスプレス」の続きです。往路はこちら↓

 夜更けに実家に到着し、慌ただしく明けましておめでとうございますを交わし、お屠蘇をすこしだけ舐めて風呂に入るともう立派に午前さま、寝て起きたら二日の昼過ぎだった。正確には「あんたいつまで寝てんのんな」と母親に起こされた。
「初詣でも行ってきたら?」
「んー……」
 ロケハンついでに西ノ宮神社まで行ってもよかったのだが、今ひとつ気乗りしない。というかこたつが魔窟すぎる。入ったが最後出られない。生返事でもそもそとおせちをつついていると、魔窟に参入してきた母親から「何やのおじいちゃんみたいに」と叱られた。
「正月ぐらいだらだらさしてーや」
「そんなんはお母さんの台詞です」
 テレビのチャンネルを勝手にネタ番組から箱根駅伝の振り返りに変え、「ほら、こんなに寒いのに頑張って走ってんねんで」とだいぶ見当外れな発破をかけてくる。ああ、実家って感じ。おかんって感じ。
「あんたとそんな年も変われへんのに」
 その程度のくくりで引き合いに出すほうが先方に失礼ってものだろう。うっさいな、て言うたらまためんどい感じになるんやろうな。黙ってため息だけ吐き出していると母親が「せや」と声を上げた。
「きのう、あんたんとこのチャンネルつけとったらな、ずーっとアナウンサーの子出とったやん、えっと皆川くんいう子? あんたの番組にでも出てるやろ」
 深のチャンネル、深の番組、そんな景気のいいものは存在しない(YouTuberじゃあるまいし)、しかしそれより固有名詞にどきっとして突っ込めなかった。
「……うん」
「あの子こそ年近いんちゃうん。えらいねえ、元旦からあっちこっちで働いて。いつ見ても明るくてこっちも元気出るわ。お母さんあの子好き」
「せやねん」
 深は勢い込んで頷いた。
「カメラ回ってへんとこでもめちゃ元気やからこっちも助かるねん。ロケしとって、何かトラブって押しても絶対文句言わへんし、演出とかも協力的やし。スタジオでもな、ものすご勘がええからアドリブでまとめたりすんの得意やし、ノリだけとちゃうくて、Vの読みもしっかり基礎ができとって上手いから、スポーツ興味ない人にこそ見てほしいねん」
 母親に、こんなに長文で語りかけたのは何年ぶりだろうか。
「はあ、さようですか」
 きょとんとした反応で我に返り、急に恥ずかしくなって口をつぐむと、「何やのこの子は」と母が苦笑する。
「でも安心したわ。バラエティやりたいって制作会社入ったのに、ニュース番組担当になったって聞いた時はどうなるこっちゃと思ったけど。あんたが自分の番組『見てほしい』なんて言うん、初めてやもんね」
 せやったっけ? せやったかも。バラエティが親に対して後ろめたいとかではなく、下っ端の自分が、番組の立派な一員みたいな顔で「見てくれ」なんておこがましくてとても言えなかった。余計な心配ばかりすると親を煙たくも思ったけれど、自分のせいだ。
 今は、今もそうだ。深は下っ端で、日々のオンエアには改善の余地があり、まだまだ勉強しなければならないことがたくさんある。でも、そのことに引け目はない。どんなに微力でも、番組作りに携わっているという確かな実感と手応えがある。頑張って作っている、面白い番組です、見てくださいと胸を張って言える。番組が変わったからじゃない、深が変われたからだ。
 竜起と出会えたから。
 深はこたつ布団を跳ね除けて立ち上がった。
「わっ、何やの、急に。寒なるから隙間閉じてよ」
「……ごめん」
「そない深刻に謝ることちゃうやろ」
「ちゃうくて、ごめん、俺、帰るわ」
「は?」
「あっちに戻りたい」
「あしたまでおる言うたやないの、今晩しゃぶしゃぶやで。それだけでも食べて帰りよし」
「ごめん、もう帰るわ」
「ものの半日で⁉︎」
「ええやないか」
 こたつで昼寝しているとばかり思っていた父親から、思わぬ援護射撃が入った。
「仕事したいんやろ。こたつで根ぇ生やすよりええがな。若いうちはそうでないとな。深、新大阪まで車で送ったるわ」
「ええの?」
「ええよ。ついでに帰りちょっとパチンコでも行こかな。ママ、お小遣いちょうだい」
「誰がママじゃっ」
 ちゃっかり差し出された手を「アホか」と叩き落とし、母親は「ほんま親不孝な息子やで」とぶつぶつ言いながら台所に向かう。
「おかん、ごめん」
「知らんわ」
 と言いながら冷蔵庫のおかずをあれこれタッパーに詰め、てきぱきと包む。
「ほら、帰るんやろ? はよ支度し」
「……うん、ありがとう」
 
 父親はわざわざ車を降りて駅までついてくると、売店でおこわを買ってくれた。
「深、『とん蝶』好きやったやろ」
「よお覚えてんなあ。しょっちゅう買って買って言うてたん、子どもの頃やで」
「逆や」
「え?」
「ちっさい頃のことしか知らんからどんどん鮮やかになるんや、親は。子どもは離れていくもんやからな」
 行き、竜起と別れる時に感じたものとは全然違う痛みが胸を刺した。父は「そんなしんみりしなさんな」と笑った。
「離れていくから、思い出が大事なんや」
「……うん」
「身体に気ぃつけて頑張りや」
「頑張る。頑張るからテレビ見てな。俺が頑張ってる証拠やから。カメラには映らへんし、エンドロールに名前も出てへんけど、頑張って作ってるから」
「おう、おう」
 父が嬉しそうに頷く。
「今度、富久男中継でこっち来んねん。実家に顔出す暇はないけど」
「富久男? お前が走るんか?」
「ちゃうちゃう、さっき話してた、アナウンサーの皆川」
「へえ。でもくじ引きやろ、骨折り損ちゃうんか」
 大丈夫や、と今度は深が頷いた。
「絶対、面白くなる」
 竜起が面白くしてくれる。自分が、面白くする。

 
 上りののぞみが発車すると、竜起に「今から帰る」とLINEした。すぐに「迎えに行く」と返信がくる。無理せんでええで、と一応前置きして到着予定時刻を伝え、京都を過ぎてからおこわを食べ、あとは車窓にもたれてぼんやりしていた。何でもええから仕事したいな、とふつふつ思う。頑張ろうと思えること、頑張れる場所があること、一緒に頑張る相手がいること、すべてが幸せでありがたかった。
 新横浜を過ぎてほどなく、背後から声をかけられた。
「すいませーん、隣空いてますー?」
「……皆川」
「なっちゃん発見」
 空席に腰を下ろし「来ちゃった」と笑う。
「え、え、何で?」
「俺も実家帰ってたから、途中乗車しちゃおうと思って。びっくりした?」
「した」
 どうしてこんなに、深を嬉しくさせるのが得意なのか。
「あ、これありがと」
 ゆうべ、深が巻いたマフラーを、今度は竜起が深に巻きつける。
「どうだった? 実家」
「いろいろあった」
「え、行ってすぐ帰ってきてんのに?」
「あってん」
「なになに」
 トラブルを想像したのか、竜起の顔がちょっと心配げになる。
「新幹線の残り尺では足りへんわ」
 早く聞いてほしい、けどゆっくり、噛みしめながら話したいから。
 わくわくする。窓に目をやると、冬の早い夕闇の中に自分と竜起の顔が透けている。
 深は、笑っちゃうほど、笑っていた。


 ……それからものの一週間後、豪快にテレビに映り込む姿を親にお披露目することになろうとは思いもしませんでした。
 お父さん、お母さん、東京というところは本当にいろんなことが起きる場所ですが、とりあえず息子は元気です(名和田深・談)。


「ただいま!」
「深! お兄ちゃんやで!」
「おかえり、あの子やったらもう東京帰ったけど」
「え⁉︎」
「何でや‼︎」
「さあ。仕事やろ」
「何で俺らがくるまで引き留めてくれへんかってん!」
「お年玉持ってきたのに!」
「知らんがな、お年玉なんかお母さんがもらってあげるよってに」
「深……」
「お兄ちゃんらに会われへんでもええんか……」
「お前ら、いつまで経っても弟離れせえへんな〜」

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