シンデレラ・エクスプレス(2020new yearより)
※2020年1月のインテックス大阪で配布したペーパーのこばなしです。竜起と深
「なっちゃん、お正月どうすんの? 実家帰んの?」
寝入りばな、竜起が思い出したように尋ねる。
「たぶん。はっきり決めてへんけど、年明け一泊か二泊、ささっと」
「あれ、浮かない声」
「だってめんどくさいもん。富久男の準備もしたいし……でもおかんがこないだ来た時に『ええ加減帰ってきいや!』って釘刺されたからなー」
「え、帰省してないの?」
「就職してからは帰ってへん」
「何で? 制作は年末追い込んで録り溜めた後、正月はさすがに休みでしょ?」
「んー……」
眠気が醒めてしまった。緩慢に寝返りを打って竜起に背中を向ける。
「業界に就職するん自体、あんまええ顔されんかってん。まあ、分かるけど、やっぱテレビって、自分みたいに、素でクラスの中心におるような人間の集まりで、俺みたいなタイプは向いてへんって思ったみたい」
「ありがち〜。そんなこと全然ないんだけどね」
「うん。で、帰っても、絶対根掘り葉掘り訊かれて、そんなに休みないんかとか給料安いとか……いや、心配してくれてんのは分かんねん、でも、ああやっぱ俺無理してんのかなって夢から覚めるいうか、魔法が解けるみたいな感じになんのがちょっと、こう」
「怖い?」
「……うん」
「そっかー」
竜起は後ろからぴったりと深の背中のカーブに沿うと、腕を回して抱き寄せた。
「なっちゃんがフロアしてるとこ、一回でも見たらそんな心配なくなるのにね」
「……ほんまにそう思う?」
「当たり前じゃん。あ、なっちゃん帰る時、駅まで見送りに行くー。品川?」
「ええよそんなん」
「いーの! いっぺんやってみたかったんだよね、遠距離っぽいお見送り。発車する新幹線追っかけてホーム走ったり」
「いややめてや?」
たかだか数日なのに衆人環視の中でそんなドラマチックを演出されたらいたたまれなさすぎる。思わず真顔になって首だけで振り返ると、唇に唇で覆いかぶさられた。
「楽しみだな〜」
「いや返事は?」
気乗りしない帰省は、元日の夜からになった。竜起は大晦日の夜から準備に入り、一月一日は夜まであちこちの新春中継に出て、新幹線の最終に間に合うように品川に駆けつけてくれるらしい。ほんまにそこまでしてくれんでええねんけど。
当日、深は年賀状をチェックし、こちらから出し洩れていたものを書いて、あとはひたすら年明けに向けた仕事をしていた。つけっぱなしのテレビだけが正月の空気を届けてくれる。竜起は、初日の出を中継したと思うと神社に行き、年明けから海に入る寒中泳の伝統があるという町で住民とともにざぶざぶ海に入って「さむいー!」と笑顔で悲鳴を上げていた。元日初売りの店のバーゲン、餅つき、と数時間に一回出てくるので楽しいけれどハードさが心配にもなる。竜起は、疲労や不機嫌を、カメラに映らないスタッフにさえ向けない。局でも、いつ誰と会っても同じテンションで「お疲れさまでーす!」と笑顔であいさつする。すごいな、と思うが、本人はいたってナチュラルに「それができない人間がこんな仕事してちゃ駄目でしょ」と言う。竜起なら、どんな仕事、どんな道を選んでいても大丈夫なんだろう。
七時になって夜の特番が始まると皆川アナの出番も終了なので、テレビを消して身支度し、家を出る。
九時二十分、品川駅ホームに竜起の姿はなかった。最終ののぞみは九時半。深はきょろきょろあたりを見回し、携帯をチェックしたが何も連絡はない。中継が終わってはい解散、とできない時もあるし、間に合わなかったらそれはそれで全然いいけど。
むしろ、気にせんでええからって俺から送るべき? いや今向かってくれてたらそれも悪いな、でももうすぐやし……逡巡している間にも時間は進み、間もなく到着しますのアナウンスが響く。品川駅の停車時間はごく短い。指定席車両の列に並び、強烈なヘッドライトを光らせて向かってくるのぞみの鼻づらに視線を移すと、声がした。
「なっちゃん‼︎」
改札からの階段を一段飛ばしに駆け下り、走ってくる竜起を見た瞬間「なんでやねん」と声が出た。中継で着ていた羽織袴のままだった。そのいでたちと大声で周囲の目を一気に集めたまま深のもとへ走ってくる。
「ごめん、遅くなった」
「それはええけど」
竜起は息を切らし、汗を拭いながら「中継の反省会長引いちゃって」と話す。
「一日外に出てる間に携帯の充電切れちゃったし、衣装さんに『あとで返しに来ますから!』つってこのまま来ちゃった。着物だったら間に合わなかったかも」
「あほ」と深は言った。
「何でそこまですんねん」
元旦から丸一日働いたのに。あさってには帰ってくるのに。
「いや、見送りたいからって言ったじゃん?」
新幹線が停まり、扉が開く。竜起の手を乗降の列から外れると、自分のマフラーを外して竜起の首に巻きつけた。
「むしろ暑いんだけど」
「ええねん」
腕の中に飛び込めないから。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
竜起に向かってふかく頭を下げると、竜起も「オメデトウゴザイマス」と倣った。
「あ、もう乗らな……ほな、行ってくるわ」
「うん。また帰ってくる時間とか分かったら教えて」
「うん」
ホームから遠ざかる間、デッキの窓に張り付いていると、竜起は走ってはこなかった。ただ、笑って大きく手を振ってくれた。品川駅を完全に離れても、深は席に向かうことができなかった。リュックを胸にぎゅっと抱きしめて、ちょっと泣いた。嬉しさと感謝と、こうしている間にもどんどん竜起と離れていく寂しさと。アホか、と思ってもこらえられなかった。あさって、上りの新幹線で帰ってきて、それからまたすぐ富久男ロケで新幹線に乗る。今度は竜起も一緒だから、今と違う気持ちでいられるだろう。
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