NUDITY

(※ワンダーリング/社長と雪)

「はい、あーん」
「これは何だろうか」
「チョコレートに決まってるじゃないですか」
「見た目とにおいはチョコレートに近似している、食物とおぼしき物体だと認識している」
「どういう意味ですか？」
「決して誤解しないでほしいんだが、とても嬉しい、ああ嬉しいとも。でも密閉包装がしてあってメーカーおよび製造年月日および消費期限がはっきり分かるかたちでもらいたいと思うのは、僕のわがままかな」
「ラッピングなんか無駄ですよ、どうせゴミなんだし」
「これを科捜研に調べてもらう手間は省ける」
「やだな、そんなに疑われると傷つきますよ」
「これしきのことで傷ついてくれる君ならどんなによかっただろう」
「そんな僕ならはなっから興味ないくせに」
「残念ながら否めない」
「結論が出たところで、はい、あーん」
「どういうことだ」
「責任を取らなきゃ。僕を受け容れるために信用するんじゃなくて、信用できないままの僕を受け容れるのがあなたの愛し方なら、それを示し続けなきゃ––––……球が落ちないって分かってるポケットにだって、賭け続けてくれるんでしょう？」
「やまやまだけど、あいにく命はひとつしかなくってね」
「それをベットしていただく機会はもっと先のお楽しみに取ってますから」
「それも信用できないけどね––––……ごちそうさま」
「お味は？」
「今のところ申し分ない」
「裸のチョコレートはお嫌いみたいですけど、僕は？」
「ラッピングなんてゴミだね」
「ほーらわがままだ」

「……そろそろ効いてきたかな〜？」
「おい」

沈黙と雄弁

（※横顔と虹彩/竜起と深）

「よーさんもらってきたなー」
「大半義理だよ」
「ちょっとはマジが入ってんねや」
「いやーどうだろ、はっきり言われない限り知らんふりするしかないけど、バレンタインてあれじゃん、何かもう、拒否るほうが自意識過剰みたいな。俺その気ありませんとかわざわざ言うほうが恥かくみたいな……すっごいややこしいイベントになってない？」
「モテ男の悩みやなー」
「えー割とみんな思ってんじゃないかなー。そういえば俺、小五の時は、クラスの女子十五人中十二人からもらったことあんの」
「へー」
「ちょ、棒読みやめて、アクセントをちょうだい。それはもてたんじゃなくて、単純な子どもだったから『やったーありがとー！』って喜んだせいだと思う」
「あー、何か分かるわ。へんに照れて『いらん』とか言われたら女の子は恥かくもんな」
「そうそう」
「けど、素直にもらってあげるって、ある意味ものすご大人やな」
「うーんそうでもない」
「何で」
「女子から呼び出されたの、バレンタインの日に。すっごい寒くて、プールの裏だったの覚えてる。で、行ったら、十人ぐらいいて、超びびったわけよ、俺何かしたかなって」
「普通に考えて告白やん」
「それが分かんなかったんだって。びくびくしてたら、ひとりがすっと出てきて『つき合ってください』って」
「やっぱりただのモテ男の話やん」
「いやいや最後まで聞いてよ。俺もほんのり好きだったんだよ当時」
「おめでとう、おやすみ」
「だから聞いてって！好きだったけど、『つき合って』の意味が分かんなかったの！それって何すんの？って、具体的な想像がぜんっぜんできなくて、しーん……て黙っちゃったの俺。あんなにも言葉が出なかったことは人生であれっきりかもしんない」
「何やかわいいな」
「だろ？」
「どこでこんなヨゴれてもうたん？」
「いやヨゴれてねーよ……プールの近くだったから、水を打ったような静けさってこーゆーことかな？みたいな」
「それ今考えたやろ……で、どないなったん」
「別の女子がすーってやってきて、『こういう時は考えさせて下さいって言うんだよ！』って耳打ちしてくれたから、そのとおりに言いました」
「お、おっとな～……！」
「女子ってすごいよね～」
「……で？」
「でって？」
「考えた後どーしたんか訊いとんねん」
「あ～」
「何やねんその嬉しそうな顔、むかつくな……」
「別にどうもしなかった」
「え」
「おつき合いの内容をうっすら把握した時には半年以上経ってて、今さら返事するほうが失礼かもって思ったわけ。向こうもそれっきり言ってこなかったし、小学校卒業して中学校卒業して高校は別々になって、まあそんな感じ？」
「ふーん。後悔とかは、ないん？もったいなかったなとか」
「え、全然。今でも友達だよ、結婚式の司会も頼まれて引き受けたし。あの時つき合ってたらさすがにそういうのはできなかったじゃん、だからこれでよかったと思う」
「そーゆーもんか」
「あの時言葉を発しなかったおかげで、今なっちゃんとこうしてられるのかもしんないしね」
「よおそんなんしれっと言うな……大人になって、口がうまなりはったねえ」
「別に変わってないけど。昔も今も、思ってないこととか分かんないことは言わないし思ったことは言う、それだけ」
「あ～何かむかつくなあもう！」
「いいから早くチョコレートくれよ！」
「あるか！」
「くれなきゃいたずらする」
「まざってるまざってる、別の行事と」
「ちなみにくれてもします」
「すんのかい！」
大人になってよかったです。