『里恋詩くて・・・熊野・高野』紀伊を愛した怒涛詩人さとちゃんを忘れない【154】2007/08/14~08/18

さとちゃんがYahoo!ブログに書き残した詩や文章
そしてさとちゃんの
紀伊の山里の暮らしを愛する心を記憶するために
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からすとんぼ直販日記10・猛暑日のオクラとモロヘイヤ

2007/08/18 からすとんぼ直販記
一郎
湿地のとこにこの春植えた猫柳の三本も元気。

ネコヤナギのことは前にも書きました
鴨川のネコヤナギの枝を折っている人から
一本分けてもらって 家の鉢に植えたけど
根付きはしたけど 何年経っても花が咲かない
あの猫のしっぽのような花が
それを一番見たかったのに
鴨川の水辺で元気に咲いている猫やナビを
川岸から観賞するのが一番なのでしょう
自然は自然のままに
2019/11/09

今日明日の観想詩8/18、19・写真は、榧(かや)の木

2007/08/18 里恋日記
一郎
   ふるさとの風は 父母の祖父祖母の三代の里の森の風だよ

親戚付き合いが苦手です 嫌いです
面倒だからです
これじゃいけないとと思いつつ
疎遠になっています
それな多分に 父の影響のようです
父がそういう人でした
だからとって父は父は 人嫌いかというと
消してそうではなく むしろ人好きだといえるのかも
でなければ 労働組合運動 それも観組織の
一番恵まれない日雇い労働者の組織活動に
一生を捧げたりしないでしょう
町内の自治会の仕事も 嫌がらずにしていました
組織活動を面倒がらずにできた人でした
私はその父の そういう資質は受け継ぎませんでした
人付き合いが嫌い 組織が嫌い
受け継いだのは唯一 親戚づきあいしないことぐらいかも
その信施kづきあいも 父としたら避けていたわけではなく
組合活動の仕事が忙しかったからなのかもしれません
母は社交的な人でしたから その資質も受け継いでいません
そして今 私は一人が好き 一人遊びが好きと言っています
組織人間だった父と その息子にしてこうも違うのかと思いますが
その両親を見て育ったのですから 何の影響も受けなかったとは言えないでしょう
しかし私は私 自分らしくしか生きられないと思っています
その自分を好きです 自分を生きればいい
これは両親からの教えです
こんな私を両親は何も責めませんでした
こうしろああしろ それはいけないなど全く言いませんでした
私は20で 誰にも何も言わずに家出しましたから
私がすることを遠くから見守っているだけでした
それがありがたかった 私を信じている両親を裏切れない
その思いが 私をいろんな欲望誘惑から踏みとどめる歯止めになっていました
もう両親はいません 感謝しかありません
親不孝ばかりしていましたが それ面親孝行と私は思っているうつけもの
私には子がいませんが いたらやはり父が私に言ったようにこう言うでしょう
「親は親 子は子
子は自分のことを考えたらいい」
子に頼らない 親に頼らない自立した人間として生きること
その通りに生きた両親でした
2019/11/09

さと川柳2007-8-03

2007/08/18 2007さと川柳
一郎
★里帰りスイカもマッカも待っている
盆はやだ
家出した身に
里はなし

★里帰り干し竿うれしい重さかな
姉さんが
逝って洗濯
二日置き

★里帰り迎える側や初々し
日帰りで
急いで帰る
墓参り

★里帰りにぎわい去って里の秋
付き合いの
里帰りなり
運転手

★里帰り夢の続きを聞かせてや
里帰り
いよいよ帰る
ところなし
2019/11/08

デタラ芽農日記140・8/20、月曜日から

2007/08/17 デタラ芽農日記
一郎
盆休みらしく、師匠と夢の農談義です。

記事はまだ2007年8月
さとちゃんが無くなる2011年11月13日まで続く
体調が悪いと書かれた記事を目にする
病気になって そこからの回復
それがきっかけで里巡り
私と同じ年の生まれ
そのさとちゃんがもういないとは信じられない
私もそこそこ病気持ち
姉さんを先月見送ったが
その姉さんは数えで93
そんなにも生きられるのに
母は99歳で逝った
私はいつお迎えが来るのだろう
さとちゃんがいなくなって8年
思い立ってさとちゃんのブログにコメント
それまで時々はコメントに来ていたが
ほとんど来なかったのに
2019/11/08

今日明日の観想詩8/17、18・写真は、高野街道、紀見峠

2007/08/17 里恋日記
一郎
・・・高野街道・京大阪道・紀見峠

紀見峠は 熊野学舎の新年会を兼ねた講座に参加するため
南海高野線天見駅に行った折
よく目にした地名 峠という言葉にも惹かれます
そこを越えれば 紀伊和歌山 さとちゃんの里への入り口

・・・普段の中に真実がある
・・・普段の中に発明発見がある
・・・普段、汗してますか

これまたいい言葉ばかりなのでそのまま引用
普段の中に しあわせがある
普段 日常 平凡 暮らし それすら奇跡

   今日で 終わりじゃないんだよ

今日は終わり でも
今日で終わりになることもある

   そんな繰り返し

くり返しだけど 同じ日は二度とない
二度とない日が 新たに始まり終わる
単なる繰り返しではない
また明日が来るとも限らない
その日その日は 全く違う新鮮な日
気持ちも新たに 感謝を込めて

  杖が

自転車が杖代わり
その自転車を押していて
ころびそうになることがある
ボチボチ歩く
歩きながらスマホで写真
写真撮るため歩く
撮るのが楽しいから歩く
何を撮る
隙間を撮る
2019/11/08

洞(どろ)川の湯豆腐

2007/08/17 吉野の里巡り
一郎
天川村の洞(どろ)川

天川といえば 聞いたことがあるなあと
調べてみたら
天河伝説殺人事件(内田康夫)
小説だから河に変えたのか
洞と書いて どろ川
名前的にはどうかと思うが
その呼び方が気になりますね
色々調べたのですが なかなか出てきません
唯一引っ掛かったのは コトバンク 陀羅助の項に
浄瑠璃・義経千本桜(1747)三「洞呂川の陀羅輔(ダラスケ)を受売人がござりますれば」
洞呂川と読んでいたのなら 洞呂が洞川になって どろ川と変化したのかと
参考
文化デジタルライブラリー
https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc24/himotoku/d3/1c.html
2019/11/08

大台ヶ原の夏を歩く

2007/08/17 吉野の里巡り
コメント
一郎
三日に一度は雨がふるというお山。丹生川上村

講座で吉野に行ったとき
小雨だったのが 土砂降りに
しばらくすると晴れて青空
これが吉野だとさとちゃん
ちょっと記憶違いかもしれないが
まあいいか
2019/11/08

今日明日の観想詩8/16、17・写真は、大台ヶ原・日出岳

2007/08/16 里恋日記
一郎
もう死出道

いつか行く道
姉さんが逝った通
私も行く道
さとちゃんも逝った通
そして人生が完結する
ジ・エンド

・・・あっぱれな晴れ

空の青さに感激 雲の白さにも
空が青いのは何故と調べたことがある
もう忘れたが なぜに青か
青だから美しい
青以外考えられない
自然はよくできている
木々の緑 緑以外考えられない
なぜかくも自然は美しいのか
応えは簡単かも
人に褒められたくて とか

★カレーのお昼、幸運への扉かもね。

今日のお昼は カレーうどんにしたのでね
お腹に仕えて 夜は抜きにします
玉子ゆでてるから それ一つ食べましょう
またお腹すいたら インスタントラーメンを夜食に
こんな感じで 一日が暮れます

★道草はいいけれど道はずれてはなりませぬ。

通はずれていないか いないと言えばそうかも
外れたといえば外れてるかも
外れた道が 自分らしければ
知れが私の道なんだろう
2019/11/08

今日明日の観想詩8/15、16・写真は、自前の梅酒で!!

2007/08/15 里恋日記
一郎
・・・段取り上手

何事もドンな人間でね
段取りわるいし
覚えないし
つまり頭が悪い
なんでもうまい人は頭がいい

しあわせなんですか 一日の段取りついている

一日の段取りはついているのですが
なかなか思い通りには進まない
思い通りに行くのがおかしいというか
いかないのが段取りであり予定だろうね
なんとか予定段取りをこなしたい
そのために少しはがんばる
思い通りにたまに行く時がある
その時のうれしさ喜び
やることがあるんはいいもんだと思う
予定通りに事が済んだら それはそれは楽しい

・・・音で聞く
・・・風の盆

そういえば おわら風の盆というのがあった
今更だが検索してみた
wikiより
「風の盆」の名称の由来については、風鎮祭からともお盆行事から[1]ともいわれるが、はっきりとしたことはわからない。

由来はよくわからないということだが
さとちゃんの言葉から 私はいい連想だなあと思った
花火の音が 観ていないものにも
風に乗って聞こえてくる そういう経験はよくある
そんなとき どこの花火だっけと想像する
風の花火といったところかな
さとちゃんの発想連想による言葉に
いつも新鮮さを感じる 柔らか頭なのだ
若い発想なんだと

★何時までも霧の中ではありません。必ず晴れてくれます。待てばよい。

待てばいい 霧が晴れるんを
実生活では 待てないという人がほとんどでしょう
実際待てない 待つのは難しい
なぜなら 今の社会で待つという訓練が為されていないから
前に前に進むことを良しとして教育される
待つことは悪とさえ思うかもしれない
だから待つのは難しい
何もしないで待つというのは さらに難しい
霧は晴れると分かっているから待てるが
実際では いつ晴れるか分からないことが多い

★時は止まらないけれどこころの時は自在。

こころの時は自在・・・万年少年の心でいたいが
少年とはちょっと申し訳ないので
万年高校生というようにしている
馬鹿なんだろうね
成長してないからね
2019/11/08

丹生川を歩く4・北又川の水の匠

2007/08/14 丹生川を歩く
一郎
蓮もはぐくみ、八月には、切り花として出荷

上田の蓮池の記事のコメントに書いたのですが
蓮は切り花として出荷するために植えているのですね
各地に蓮の見どころがりますが
多くは観賞用だと思いますが どうでしょう

ダム建設は、近年中止になったが

立ち退いた人もいるのだとか
ダム建設は地元でも賛成派反対派と分かれて
様々な問題が付いて回ります
山の間伐が為されない事情もあるようで
難しいですね
山歩きしていたとき感じたのは
山の間伐整理が為されていると
歩いていてもk持ちがいいのですが
倒木がそのままになっているところは
歩きにくいし美観的にもどうかなと思いましたね
言うは易しですけどね
2019/11/08

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里恋詩くて・・・熊野・高野
Yahoo!ブログ('19/12/15 サービス終了)
管理人 無名居士

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