『里恋詩くて・・・熊野・高野』紀伊を愛した怒涛詩人さとちゃんを忘れない【185】2008/1/6 ~2008/1/9

さとちゃんがYahoo!ブログに書き残した詩や文章
そしてさとちゃんの
紀伊の山里の暮らしを愛する心を記憶するために
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『根の花恋詩1』6・祓い川

2008/01/09 2008里恋詩

一郎
  キラキラ

夕方の散歩
午後延期がいいのは
部屋からも分かったので
賀茂川を歩いて
夕陽を浴び合いと思った
御園橋に行くと比叡山がま向こう
上空は青い空に飛行機雲な数本
もう風に流れて雲がぼけている
それでも飛行機雲の名残は分かる
それがきれいだ
ちょうど東ぬ向かう飛行機雲発見
早速動画に撮った
ボケた飛行機具のの中に消えていった
それから西日が薄雲に見え隠れ
薄雲の合間合間に
切れ目切れ目に
それでも川面はきらきら光が反射している
これも動画に撮った
そしてコサギがせっせと餌をあさっている
足で川底に当て小魚を追い出しているのだろう
そこをすかさずくちばしでとらえる
何度も繰り返していた
捕食率は高そう
でもスマホの動画では
口元まで確認できない
きっと捕っていると思う
これも日本動画を撮った
一つは逆光になっているもの
だから夕方は4本の動画を撮って
ブログにアップした
日差しも温かく感じた
白い小さな花もたくさん撮った
そんな夕方の散歩だった
2020/02/21

里恋詩くて1/9・えびすさんの「ササ」

2008/01/09 里恋日記

一郎
■今日はどんな一日でしたか?

どんな一日だったかなあ
もう朝のことは忘れてる
例によって御園橋から右岸を上賀茂橋まで
小さいもの探して
小さいものというか
水滴探して歩いて行った
s¥雨が降ったわけじゃないけど
霜がおりたのだろうね
小さな水滴を見つけることが出来た
水滴になるのは限られてるけど
水滴になれずに葉についているのもある
それはそれで美しいけど
画像にしたら粒が小さすぎる
でもいい画像が撮れた
小さいけどいくつもの小さい水滴が葉についていた
花や葉っぱに雨粒
ほんとにいいよ
可愛いよ
鳥ながらキレイキレイと声出してる
心の声だけどね
水滴雨粒に追ってる
なぜだろうね
小さい丸いものが美しい
丸い粒になるってのも自然現象だけど
球体が究極の美なのだろうね
今日午後天気よかったから
夕方の散歩では水滴は見つからなかった
これで夜冷え込むと明日の朝はどうかな
あまり期待しないでおこう
しかし同じような阿蔵被写体なのに
飽きないのは何故だろうね
たまだ丸いってだけなのにね
美は飽きないんだよ
飽きないから美なんだよ
美ってなんなのさ
美しいってなんなのさ
2020/02/21

里恋風景67・切り干し大根

2008/01/08 観想詩2源風景の森

一郎
大根もこのところ食べてない
以前は毎週とっていたのに
これも始末始末
ほんとに始末しなきゃね
ニンジンがあるけど
料理何が出来るか見てみよう
ツナ缶あれば生でも傷めてもいい感じかな
ところがこの前ツナ缶使ったので今はない
ツナ缶も結句高いしね
いつもはじゃがいもとゆがいて
マヨネーズをあえてサラダにしてた
ニンジンだけでやってみようか
ニンジンカレーってのもいいかな
無いならないなりにやってかなくちゃね

2020/02/21

『根の花恋詩1』5・惑わず

2008/01/08 2008里恋詩

コメント
一郎
   ★惑わず

故事ことわざ辞典からちょっと引用
『論語・為政』に「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず(私は十五才で学問を志し、三十才で学問の基礎ができて自立でき、四十才になり迷うことがなくなった。五十才には天から与えられた使命を知り、六十才で人のことばに素直に耳を傾けることができるようになり、七十才で思うままに生きても人の道から外れるようなことはなくなった)」

知っているようで知らないというか忘れる
五十にしてだと思ってたら四十だった
いやはや わたしごとき凡人は
いくつになっても迷い惑うばかり
七十を超えて
確かにしたいことはしている
といっても金のかからぬことばかり
金がもしあれば「矩」を越えてしまうのが
よく分かっている
何もなくてよかったというのが正直なところ
これも何度も書いていることだから
もうやめよう
実際金が何のだから仕方ない
あればやりたいことたくさんあるけどね
思い通りにはならない
何もできないまま
夢をたくさん見て終わるでしょう
夢が沢山あるのを幸せだと思いましょう

2020/02/21

里恋詩くて1/8・里の冬道

2008/01/08 里恋日記

一郎
   大海原

外国へ行ったことがない
その選択肢は誰にもあることだが
私にはそのその気はあっても
行けなかった
行く勇気がなかった
それも私らしさをよく表している気がする
今なら思う
いっそ外国に逃げたらよかった
逃げるという表現がいいかどうか
結局逃げ出すことだろうから
そんな気持ちでは外国で生きていけるかどうか
もしはないけど
思い切って外国へ行っていたら
どうなっただろう
失火路とした目標もないまま行ったところで
何もできなかっただろうね
でもやはり今思う
もし若かったら
たとえ引き返すことになったとしても
一度は大海原越えて異郷の地へと
2020/02/21

里恋詩くて1/7・七草粥

2008/01/07 里恋日記

一郎
   ★誰がために

「誰がために鐘は鳴る」
そんな映画があった
ふと今思ったが
「だが」ためと読んでいたが
漢字変換が出来ないということは
読み方が違うということ
「たが」でも漢字変換できない
つまり古い読み方なので登録されていないのだろうが
私は結構思い込違いが多い
「たが」もそうのようだ
こんなこと書くつもりはなかったけど
漢字変換が出来ないので気づいて検索
映画のことでも書こうかと思っていた
女優のイングリッド・バーグマンがすきだから
彼女を好きになったのは
彼女の自伝を読んだのが大きいかもしれない
「マイストーリー」がそれだが
私は本に影響されやすいともいえる
「ギリシャ わが愛」を書いたメリナ・メルクーリ
この本にも影響された
でも思い出す自伝はこんなところか
忘れているのもあると思うが
特に印象に残っているのはこの二冊
というかこの二人
元々好きだったから自伝も買って読んでみようという気になったんだろう
曲実が無ければ買わないだろうし
そろそろ10時になる
熱時間だ
途中だが寝るのが大事
ということでおやすみなさい
2020/02/20

「あなたの観想詩を詩います」28・節目に

2008/01/07 2008里恋詩

一郎
  こころの
  在処

姉さんがいなくなって一人になった
ねえさんといた時も
実は一人だったのかもしれない
姉さんもそれを感じていたかもしれない
一緒に暮らしていても
私は私だけのことに関心があった
姉さんのしあわせなど考えていなかったともいえる
優しさは冷たさだと思っていただろう
自分でもそう思う
冷たい人間だと
その冷たさは
自分のことしか関心がないから
自分をどうしたらいいのかと
それだけを考え続けていたから
生き方をいまさら変えることもできないくせに
今の生活今の自分は仮のもの
本当の自分はこんなところにいないと
いつまでもいつまで人生の猶予期間
猶予期間のまま終わるなんて
滑稽だね
それが私らしい
2020/02/20

「あなたの観想詩を詩います」27・山のひと

2008/01/07 2008里恋詩

コメント
一郎
大銀杏の画像を見るたび
人なんて
人の知恵なんて
人のできることなんて
些細なものだと思う
大銀杏の圧倒的な存在の前に
人は謙虚になるはず
自然を征服できると思うのは
傲慢だと知る
原子力を手にしたと言うか
傲慢の極みだ
自然を破壊し続けているだけ
地球という素晴らしい惑星を
人間自身が破壊しつつかる
賢い人体が沢山いるのに
謎そうなる
自分のことしか考えない人間がいるから
大銀杏を前に
人よ謙虚であれ
人間の存在の小ささを知れ
人間も自然の一部なら
自然と共に生きると覚悟せよ
自然と共に
自然と生きる
2020/02/20

さと川柳1-5

2008/01/07 2008さと川柳

コメント
一郎
★うたごよみ・さと川柳1-5

 ○お正月 ぐらいはくだも いじゃないか

お正月
昨日の続き
それだけさ

 ○正直に いやな顔する ほうが好き

正直に
なれない何か
邪魔をする

 ○顔みれば 里は安心 できるらし

帰れない
帰っちゃだめだ
そう決めた

 ○初夢の 希望なかなか 届かない
 
夢は夢
叶わないから
夢という

 ○騙されて みぬけぬ方が おしあわせ   

騙されて
失う金は
ありゃしない
2020/02/20

『根の花恋詩1』4・めはり寿司

2008/01/06 2008里恋詩

一郎
   めはり寿司

高菜でくるんだおにぎり
あまり食べたことがない
刻んでごはんにまぶして食べるとか
おにぎりの具にするとか
今でこそ高菜はよく食べるようになったが
それは姉さんの影響
彼女が好きだった
そうだね
ねえさんとの思い出の一つかもしれない
そんなことを書くつもりではなかったが
自然と姉さんの話と結びついた
漬物が好きだった姉さん
漬物の本もあった
大かぶらが出ると
家で薄く切って漬物を作るのを楽しみにしていた
塩で水だし そのあり砂糖とお酢で味付けする
美味しかったのですぐ亡くなった
姉さんが足を傷めて寝たきりになっても
まだ手は使えた
薄く切る作業もできた
自分で作れるのが嬉しかった
鯖寿司も姉さんの得意料理だった
生寿司は冷凍であるから
お寿司を作って乗せるだけ
それでも立派な鯖寿司になった
手が自由に使えなくなったのは
年目になってからだろうか
毎朝日課にしていた習字も書けなくなった
仕方ないよね
脳梗塞にもなった
話すのも難しくなった
仕方ない
92歳
年齢には負けるよね
もっと年上でも元気な人もいるけど
いつまでもそれも続かない
人の命には限界がある
姉さんの寿命は
昨年の10月までだったんだ
仕方ない
人はいつかは人生を終える
人生の卒業
おめでたいと私は言っていた
お祝いしようと
心でそうは思っても
姉さんのことを思い出すと
やはり涙が出る
2020/02/20

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里恋詩くて・・・熊野・高野
管理人 無名居士

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