『里恋詩くて・・・熊野・高野』紀伊を愛した怒涛詩人さとちゃんを忘れない【141】2007/05/28 ~06/02

さとちゃんがYahoo!ブログに書き残した詩や文章
そしてさとちゃんの
紀伊の山里の暮らしを愛する心を記憶するために
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今日の観想詩6/2(土)・写真は、新茶摘み

2007/06/02 里恋日記
一郎
   いつやねん

やればできる人間
そう思ってた
そう信じてた
じゃあ
いつやるねん
いつか
いつか いつかで
何十年暮れたか
もう終わり近いやん
もうやる時間ないで
やることなく終わるんやね
つまりは
やれなかったというわけ
いつかいつかは
出来ないことのいいわけだったんや
まだおわってへん
先が短いことはそうやけど
まだ終わってへん
まだやれるんちゃうか?
しあわせやな
まだそう思うなんて
やってみたらええ
やったら出来る人間言うんやったら
時間あるやん
やったり
はははは
やれるんやったら
とっくにやってるわ
2019/10/22

今日の観想詩6/1(金) ・ジャガイモ掘り

2007/06/02 里恋日記
一郎
  気がつけば
  起きて

姉さんが居なくなって
気が付けば起きてという状態
何もすることないから
何時に起きてもいい
姉さんがいた時は 大体7時起き
することしないと事が済まない
そのあとも日課があったから
やることいろいろあってね
それが何にもすることなくなって
自分の食事だけすればいい
でもこれまでしなかったこと始めた
そのうち生活のリズムができるだろう

  そろそろ
  落ち着いて
  きましたか

落ち着いてきました
いつかはこうなることは分かってましたから
それにしても姉さんは
最後までよく頑張りました
ほんとに頑張りました
そして姉さんは
やっと楽になりました
長い人生を卒業しました
お疲れさまでした
おめでとうございます

★食べれるうちは大事ないよ。

そう 食べられるのが命の基本
姉さんが もう食べられなくなると分かった時
姉さんの最後を覚悟した
姉さんは食べられなくなるまで
食べてくれた
精一杯の努力だった
最後に食べたのは
ミルクバーを半分
少し前までは1本食べてくれた
それが口にした最後だった
カロリーにしたら50kcal
それが日曜の早朝
具合が悪くなったのは少ししか食べなかった朝食後
咳が出始めた
昼前に咳は止まった
姉さんは寝ているようだった
午後1時過ぎ
息遣いが変わった
4時前 姉さんの古い友達が電話で
姉さんの様子を尋ねた
その時ねえさんはまだ息をしていた
℡を切ってもう一度確認に行って
姉さんの顔を確かめた
息をしていなかった
時計を見ると ちょうど4時だった
このことを何度書いただろう
また書くだろう
忘れないために
姉さんの最期を
今日で9日目
私はもう落ち着いてます
これを書いてます
2019/10/22

今日の観想詩5/31・写真はゴーヤの棚

2007/05/31 里恋日記
一郎
  よい言葉は
  まねよう
  書きとめよう

私がネットを始めて
色々香味をもって取り組んだけど
本来の目的だったメルマガ
自分からの情報発信
そのとっかかりは啄木の歌
なぜ啄木だったか
彼の歌だったか
それは全く知識のない私にもわかりやすく
言ってみればマネしやすかった
啄木の歌にならって
歌作りを始めた
それをメルマガにしていった
それより前 「花を歌うかな」というメルマガで
鼻を毎日歌っていった
そして啄木の歌
この辺の前後関係はもうあいまいになっている
啄木の歌が先か 花を歌うかなが先か
どうだったか 同時だったか?
メルマガは同時に発行していた
それがそもそもの初まり
メルマガをやめてブログに変わっていった
ブログの始まりは万葉集のブログ
そして啄木のブログへ
その後はTwitter
それをやめてnoteに
このコメントもそのnoteの一つ
これまでやることはいろいろ変わってきた
これからもきっと変わっていくのだろう
あるいはなにもかもやめてしまうか
2019/10/22

デタラ芽農日記131・丹生川(城戸の里)のねこやなぎ

2007/05/31 デタラ芽農日記
一郎
鴨川のネコヤナギの一枝を
鉢に植えました
確かに生命力は強く
根付いてくれました
しかし花は咲きません
枝は細いまま
何年目だったか
ついに枯れてしまいました
それよりずいぶん前に
ある人からもらった合歓木の鉢植え
それは一輪花つけてくれました
そして枯れました
なまじ素人が
ネコヤナギの花を観たいと
合歓木の花を観たいと
思ったのに
切り花買って
満足すれば
いいだけのことかも
2019/10/22

室生寺の新緑を歩く②門前の風情の中に

2007/05/31 畿内・里巡り
一郎
室生のこごみ

クサソテツという山菜
コゴミとは初耳
ワラビとどこが違うの?って
山菜のことを知らない私はそう思ってしまいます
写真を見てもその違いが分からないから
俗にいうゼンマイとはまたちがうの?
ワラビなどもらい物をすれば食べますけど
わざわざ山菜取りにでかけませんからね
それを楽しみにしている人もおおいようですが
山菜が好きな人とそうでない人の違いはなんだろう
などと考えてみたところで意味のないこと
何とか字数増やそうと思うけど無駄なようだ
時間だけ経ってもう6時
夕食を簡単に済ませよう
2019/10/22

今日の観想詩5/30・写真は、ほたるぶくろ

2007/05/30 里恋日記
一郎
   怖い物が ないのが怖い

怖いものがない
人によって
そりゃあ怖いものは様々でしょうか
怖いものがないのがいいのか
そこそこあった方がいいのか
死は除いてね
死について言えば
死は怖くない
喜んで迎えると書けば
そんなことがあるものか
といわれそうですね
それはおいといて
結構怖がりではあります
ホラー映画は見てられないで目を閉じたまま
怖いというか嫌いだけど
姉さんが怖かったけど もういないし
どちらかといえばこわいものないかなあ
もう一つ言えば 失う物がない
とまあ言えたらいいなという話
面白くもない話で申し訳ない

  命色

命色って
どんな色でしょうね
さとちゃんにとっては
雨降って
里は緑色に
それが命色なんでしょうか
私は好きな色がピンク 桃色
それも淡い方がいい
好きな色は元気がでるから
私にとっては命色
人によってちがうんだろうね

★あの日から時計は止まったままやなんて勿体ないわい。

時計は止まってないけど
思考は止まったままかもしれない

★こころの入れ替えはなかなかできんわい。

入れ替えは出来なくても
物事は思いようでなんぼでも変わる
思いようで良くも悪くもなる
良くなるように思えばいい
2019/10/22

室生寺の新緑を歩く①新緑の中に

2007/05/30 畿内・里巡り
一郎
高校時代のクラブ、室生川でのキャンプ

高1の夏 クラスの融資で
山奥の小学校を借りて
クラスの融資が参加してキャンプしました
いい思い出です
その時の中心メンバーで
「高校生」という小冊子を何回か発行しました
当時は舟木一夫の「高校三年生」が大ヒットしていた時期
冊子のメンバーの一人は 彼の髪型をまねていました
そのクラスは2年生になるとクラス替え
その前にやはり有志を募ってバスを貸し切っての阿蘇旅行
3年生になってからは 就職進学組に分かれたので
そこでのいい思い出はありませんでした
私の思い出は高校時代で止まっています
その後は思い出したくない過去につながります
まだその過去を清算することができずに
年だけ取ってきました そしてこのまま終えるでしょう
精神的には 万年高校生と呼ぶのがふさわしいかも

室生寺に行ったことがあるが
お寺に行くのは花が目当て
シャクナゲを見に行ったのだろうか
もうそれも思い出せないほど昔
私にと手過去は もう思い出せないものになっている
過去にこだわるのも忘れたらいいだろう
2019/10/22

師匠のフキの佃煮

2007/05/30 からすとんぼ直販記
一郎
師匠のフキの佃煮

前にフキの記事の時に書いた佃煮
これですね
お茶漬けにするとサイコー
好きな具材の一つ
今日の茶漬けの話は有名ですが
私は料理?一品としてお茶漬け大好き人間
具材を生かすために白湯でもOK
お茶漬け専門店がありますね
丸太町 十二段家は有名ですが
他にもあるようで 紹介している記事がありました
http://www.kyotodekuraso.com/k/ochazuke
鯛茶漬け、出汁茶漬けお店も入ってますけどね
昆布関連で書くなら
昆布と大豆を炊いたんのも好きです
ダイエット食にもいいのでは
じつはこれつくろうかと思ってま
2019/10/22

観想詩5/29(火)・写真は、どくだみの花!!

2007/05/29 里恋日記
一郎
・・・牛も食べないどくだみの花

『わが国の馬医 これを馬に用いるとき 十種の薬効があるので十薬』という記述が、1708年の『大和本草(やまとほんぞう)』に載せられています。
引用
https://www.okudama.com/entry/2019/05/17/kusa4

牛も食べないのは その臭いにおいからでしょうか
馬に十種の薬効があるようですから
牛さんも効くでしょうね
名前から損をしている気がします
十薬を一般的な通り何したら
その花も愛でられるようになるかと
わたしは十薬大好きです

■今日の短詩
・・・ときめき・・・きらきら・・・輝く
・・・一言葉は・・・宝よ・・・詩よ。

    ごめん

上の二行は 昨日も見ました
だからその下の「ごめん」の3文字
これで一つの短詩なのです
ごめん だけの詩
短詩とはそれでいいようなのです
さとちゃんがどんな思いを
この3文字に託したのでしょうかね
それでは その3文字を受けての私の短詩
いいえ

   ゆきは
   よいよい
   帰りは

そうなんですよね
ゆきはよいよいなのですが
帰りは
怖いことはないのですが
嫌な思い 気が重くなって帰るのが常です
たとえば 母と会った時の帰り
もう外は暗くなっています
電車の窓に映るのは自分の姿
気が重くなります
親不孝ばかりしているから
心配ばかりかけているから
だから開きなおって
心配かけるのが親孝行
と思うようにしました
ごまかしているんですけどね
しかし こんなもんだと思います
例え親孝行していたとしても
何らかの悔いは必ずあるはず
そんなもんだと
もう父も母も今せんから
両親への気後れ後悔は
もう年とともに忘却のかなた
忘れるというありがたい作用のおかげです
♪帰り道は遠かった という歌がありますが
この歌詞も 言い換えれば
帰りは怖に通じる気がします
歌詞の妙 言葉の妙を感じます

★八方美人ではあかんよね。
あかんけど八方美人ですね

★逃げた魚は大きいよ。
私は大きい魚だと思うよ
みんなそう思ってるんだよね

★気持ちは前へ前へがいいですね。活路あるあるきっとある。
たとえば山登り 後ろを向いて登っても
結果は上に上に登ってる 気持ちは上を向いている
私の父の富士山登山法
眼下の景色を観ながら登れる

★時が解決してくれるけれど仮の解決だよ。たぶん、もう会えないと思うよ。
時が解決
時は平等
時には逆らえぬ
会おうと思えば会えるかも
会おうと思わなくても
縁があれば会えるという
会おうという気持ちがなければ
縁はそれまで
縁あって会えたとしても それまでかもね
縁に任せるということは
どうでもいいということかもね

★友であれ、ひとを押しのけてゆくひと、かわいそうなひとですよね。
押しのけていこうなどと思わなければいいこと
自分のことを大事にすれば 結果として
人より先んじることはあるかもしれない
自分を大事にするということは
人をないがしろにしていいということではない
自分を大事に思うなら 一重尾も大事に思うはず
そうならなければ 自分への思い 愛も本物なのかな
2019/10/22

デタラ芽農日記130・秋田フキの収穫

2007/05/28 デタラ芽農日記
一郎
22日の初コメ 午後1時を少し回ったところです
大体この時間にここに凝れたらいいと思います
2つの日記 きのう書けなかった分ですね
それをまず済ませました
それから少し探し物
其れにもそこそこ時間がかかりました
この探し物については 自分の
ふがいなさを通案しました
書類が有効かどうかは置いといて
保存しておく必要はあったはず
とっておくのは取っておいたのですが
どこに置いていたかは不明 それが分からないので探し回った
手紙類も何度か見ても思い出せない
ふともう一度探したら その封筒があった
何のことはない すぐわかる封筒ですあ
封筒に入ってたことを忘れていたのでね
なにしてるんだと つくづく自分に愛想が付いたところでした
いやその書類は古いので有効ではないでしょうが
さて記事についてはフキのことですね
先日も少し書いたので もう書くこともないです
あえて書くとすると
フキの総菜  土佐煮の文字がありましたが
よく生協の個宅で注文しました
姉さんが好きなので
姉さんは やはり日本料理の総菜が好きでしたから
ひじき料理とかおからを使った料理とか
根菜類の煮物とか
でも流動食しか受け付けなくなってからは
それように作って物も受け付けませんでした
毎週水曜日の夜は野菜の整理の意味もあって
てんぷらにしていました ニンジンが好きでした
元気な時はゴボウも好きでした
だけで次第にそれも食べられなくなりました
食がなんといっても命の基本
食べられなくなったら弱っていきます
流動食だけしか受け付けなくなってからは
栄養補給の飲み物の世話になりました
パン屋ごはんもそのドリンクに浸して
流動食状態にして姉さんに上げました
同じ味になるし 姉さんにとっては
食べるのも苦痛になっていったんじゃないでしょうか
いよいよそれらも受け付けなくなって
困ったところにあずきバー
姉さんは冷たいのも甘いものもあまり好きではありません
食べない方だったと思います
私は逆で大好き
私一人で食べるのは申し訳ないと
人靴でもと姉さんに上げていました
ある時そのあずきバーのひとかけらをあげると
口の中で転がして味わっているようでした
そして口を開けて次のを待っていました
口も開けなかった人が口を開けて待ってくれる
これは大きな変化で 私は大喜びをしました
口を閉じて開けない 仕方なく私が指でこじ開ける
そんな時もありましたから
それも脳卒中の後遺症だったのです
食べたくなくて開けないのではなく
開けられなかったようなのです
アイス類を喜んで食べるようになりました
栄養はともかくもカロリー的には高い方なので
それも安心材料でした
古くからのお友達もスプーンでアイスを口元に持っていくと
姉さんは口を開けて待っています
そんなお手伝いをしていただいたことも
そのお友達にとってはいい思い出になったことでしょう
いいことだけを思い出して書いてみました
フキも姉さんの思い出につながります
おそらくすべてが 姉さんへの思い出になっているのだと思います2019/10/22

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里恋詩くて・・・熊野・高野
Yahoo!ブログ('19/12/15 サービス終了)
管理人 無名居士

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