Talking with 渡辺夏彦「大卒海外行きを実現した今、伝えたいこと」

18年6月3日(日)に開催したプロサッカー選手、渡辺夏彦(VfRアーレン/ドイツ3部)のイベント全文書き起こし。(※Q&A部分は含まれておりません)

記事の最後に、イベントのフル動画リンクを無料提供しておりますので動画も合わせてお楽しみ下さい。



小澤一郎(以下、小澤) 皆さん、こんばんは。今日は急なイベントにもかかわらず、大勢の方にお集まり頂き本当にありがとうございます。今日、聞き手として司会進行を務めさせていただきます、サッカージャーナリスト、株式会社アレナトーレの小澤一郎と申します。宜しくお願いします。

本日はこちらにあります通り、弊社主催で現役選手のイベントとしては(弊社)初となります「Talking with 渡辺夏彦」ということで、簡単に弊社と渡辺選手との関わりをお話ししておきます。彼が高校3年生を卒業するタイミングからマネージメントと言いますと少し大袈裟なのですが、サポートと言うことで、特に彼のプレー分析であったり、あとは海外クラブへの練習参加のコーディネートといったところで、関わらせていただきました。

その後も大学4年間は影のサポートになったかどうかはわかりませんけれど、そういう形でこの春に大学を卒業して大卒で海外組、しかもドイツ3部のクラブに加入しました。ドイツは欧州トップリーグで唯一、3部が全国リーグになりますので、3部といえどもバリバリのプロクラブです。しかも日本のJ3と違ってほぼ全員がプロ契約でプレーをしているという環境で、彼はそのチャンスを勝ち得て、半シーズンを戦って戻ってきたということになります。

ぜひ皆さん、一見彼は國學院久我山高校、慶應義塾大学ソッカー部という輝かしいキャリアに見えますが、その中で彼なりの苦悩や苦闘があった中での今のポジションを築いています。今日はざっくばらんに彼が資料を含めて全て作ってきましたので、聞いていただければと思います。すでにここにいますけれども、本日の登壇者の渡辺夏彦です。現在ドイツ3部のVfRアーレンでプレーしています。皆さん拍手でお迎えください。では、一言、挨拶をお願い致します。

渡辺夏彦(以下、渡辺) 今日はこんなに多くの方に来ていただいて、本当にありがとうございます。3日前ぐらいまではこの半分くらいまでしか来ない予定で、慶應生と久我山生が全然来ない予定だったのです、「あれ?」と思って、久我山と慶応のそれぞれのLINEグループに流したら、逆に今度はこんなに集まってくれて倍の人数に膨れ上がって、ここ定員96名がほぼマックスになるぐらい来てくれて、本当にありがとうございます。

小澤 それでは今日の注意事項を私の方から簡単にお話しさせていただいて、あとは基本的に彼が1人でできると思いますので、そういった流れで進めていきたいと思います。

(注意事項の説明)

渡辺 お願いします。喋り続けるとは言ったのですが、こういう会で一方的に喋って終わりというのは、私が参加者であればめちゃくちゃ嫌いなので、なるべく喋るのはテンポ良く進めて、質疑応答の時間を最後にできるだけ長めにとりたいなと思うので、皆さん質問の方を考えておいてください。

では、始めていきます。

自己紹介はするまでもないですよね。最初はこの話題から話していきたいと思います。大卒で海外といいますか、ほとんどこのケースはないですし、ドイツ3部リーグができて10年で、初めて日本人として加入しました。そういうルートというのは、私もアレナトーレのサポートなしではありえなかったですし、そういうことについては色々と聞かれます。

後輩や同世代の子たちに「どうやって行ったの?」と。そういったところから始めていきたいと思います。

これを話すにあたり、まず「私がどうやって海外志向になっていったのか」というところから話す必要があると思っています。そこで遡ってみると、中学生の頃になります。私は中学生の頃は渋谷区にあるトリプレッタという街クラブでプレーしていたのですが、その時の中学2年と中学3年の春で、ブラジル遠征とスペイン遠征にそれぞれ行きました。

これがおそらく僕にとって大きなきっかけになっています。中学2年生でブラジルに行った時に、最初のカルチャーショックと言いますか、「全く日本と違う」と感じました。これは行かないとわからないことだと思います。そこに行って、そこの空気を吸って、そこのサッカーをして初めて感じるもので、おそらく他の選手も皆そう感じています。

2週間程ブラジルに行っていたのですが、そこでのサッカーをした記憶は今でも鮮明に覚えていて、めちゃくちゃ楽しくて、それが多分最初に「あっ、日本でサッカーをするのと、海外でサッカーをするのは違うな」というのを感覚として捉えた初めての機会だったと思います。

そして、中学3年の時にスペインに行きました。ここで実は小澤さんと初めて出会いました。

小澤 そうですね。でも、実は私はそのトリプレッタのスペイン遠征のコーディネーター兼通訳として帯同したのですけど、彼がいたチームとは別のチームで、渡辺選手の1つ下の年代のチームに帯同していたので、直接的にはあまり私の記憶には残っていません。

渡辺 でも、そこはご縁だったのかなと思っています。まずそういうところですね。次に、高校になって國學院久我山高校に入学したのですが、1年生の頃に選手権などに出場するチャンスをもらいまして、それまで中学生の頃は東京都のトレセンなどには入っていましたけど、東京都の選抜クラスにも入っていませんでした。

なので、自分が日本代表に選ばれた時にはびっくりして。運良く選ばれることができまして、そこで海外のチーム、例えばメキシコのチームなどと戦うことで、もう1回身に染みて「やっぱり日本と海外は違うな」と。メキシコ代表と対戦した時も同世代でしたけど、これも感覚値になってしまいますけど、全然違いました。そういったことを高校世代でもう1回再認識したというのはあります。

小澤 メキシコ代表と対戦した後に取材したら、「浮き球の処理が全然違った」といった話をしていました。

渡辺 もう、一番はそこですね。その時は衝撃的でした。

小澤 具体的にどう違ったの?

渡辺 皆さんも南米の選手などを思い浮かべていただければ少しわかると思うのですが、パスをポーンって浮き球で出されたものを普通にグラウンダーで来たかのようにピタッと止めます。それをメキシコの選手全員がやります。そこを見た時に「あ、ちょっとレベルが違うのかな」と。

でも、その試合は日本が1−0で勝ちました。そういったこともあったのですが、とにかく「自分と世界は違うな」とその試合に出て感じたというのがありました。

小澤 ちなみに、ここに映っているメンバーで残っているのは、左(※写真下段中央から左、渡辺夏彦の左横)が川辺駿(現サンフレッチェ広島)ですよね。去年はジュビロ磐田でした。

渡辺 内田裕斗(徳島ヴォルティス/写真下段一番左)は今どこですかね。確か徳島ヴォルティスで活躍していたと思います。下から言うと、内田、川辺、そして僕で、越智大和(産業能率大学大学院)は大学院、(川上)翔平(福島ユナイテッドFC)はちょっとわからないですね。ニッキ(ハーフナー・ニッキ/SVホルン)は海外に行っていて、ハタ(畠中槙之輔/東京ヴェルディ1969)はヴェルディで活躍しています。広瀬陸斗(徳島ヴォルティス)は、今ヴォルティスだと思います。

小澤 水戸ホーリホックで活躍していましたね。

渡辺 そして、谷村憲一(グルージャ盛岡)は盛岡にいます。そして南野拓実(FCレッドブル・ザルツブルク)ですね。こういった選手たちとプレーしたのも良い経験だったかなと思います。ちょっと時間がなくなってきたのでテンポ良くいきます。

※「U-17日本代表 第16回国際ユースサッカーin新潟 第1戦 vsハンガリー代表戦」(http://www.jfa.or.jp/national_team/topics/2012/364.html)より

ここまででも、かなり海外を意識していました。少し飛ばしてしまったのですが、中学から高校に上がるタイミングで久我山進学を目指していたのですが、「高校から海外に行けないかな」というのも少し考えました。

その時はFCバルセロナにはまっていたので、「スペインに行きたい」と考えていたのですが、中学から高校のタイミングでは行けませんでした。そこの説明は省きますが、そのタイミングで行けないというのがわかって、そこまで執着もなかったのでとりあえずは高校に行きました。

高校からですが、この写真が高校3年生の冬、つまり大学に入る直前ですね。もう大学に入ることは決まっていたのですが、その時スペインに行きました。これは完全にアレナトーレさんのサポートの中で行きました。ここは動画があるので、見ながら説明していきます。

まず、ここはバレンシアのU-17のチーム(ウラカン・バレンシアCF)で、その時のバレンシア州は確かカタルーニャ州とリーグが同じカテゴリーだったと思うので、バルサとも試合をするようなユースチームでした。

小澤 そうですね。ユースの一番上のカテゴリー(ディビジョン・デ・オノール)ですね。

渡辺 入ったチームは、1つ下の学年にはなります。これがその時の映像になります。これが私にとってのサッカー人生において、おそらく一番大きなカルチャーショックでした。この後にポゼッションのトレーニングの映像も出てくるのですが、ここはまだシンプルで良いのですが、もうちょっと自由な形になってくると、例えば僕が得意としているポゼッションのトレーニングの中で、全くボールに触れないという事態が発生しました。

この辺だと思います。ずっと動いているのに、ずっとボールをもらえないのです。「なんでかな?なんでかな?」って全然わからなくて。それでもずっとボールをもらえないから、「なんでパスを出さないの?」くらいに思っていました。

その後小澤さんと話しながら、色々な理由はあるにしろ一番は単純に「サッカーを知らないから」だったということ。日本では「自分はサッカーを知っている」くらいに思っていたのですが、ここに来たらは全く知らない状態で、ポジショニングも全然とれていなくて、ということをここで経験しました。

小澤 一応、この業界ではプロとしてやっているので、簡単に説明します。当時彼は高校3年生で、高校選手権のよくある選手権特集号などでカバーの次のページに大きく(写真が)載るような選手でした。選手権では1回戦負けをしたにもかかわらず大会優秀選手にも選ばれましたし、日本の高校サッカーの年代ではそれなりに「上手い」とか、U-17代表の経験もありました。

私が彼を高校1年生からずっと見ていると、感覚や技術は上手い部分がある。ただ、頭の中は全然クリアでもないし、「サッカーを知らない」というのはありました。私がそれを日本でいくら言ってもなかなか伝わらないので、実際に連れて行って、環境に入れることによってわかる部分があるのかなと。

映像では(ボールを)受ける選手ですけが、基本的に日本で上手いと言われている選手はボールに寄って行くもらい方ばかりで、足元でボールを受けに行きたがります。瞬間瞬間、局面局面で正しい位置に立つ、つまりポジショニングですね。味方に寄って行くことだけがサポートというわけではありません。スペインのサッカーではボールホルダーから離れるサポートもきちんと定義された中でありますので、正しい位置に立っていないと、同じ高校生、同じ17歳からもボールが出てこない。

これは初日の映像なのですが、こういう衝撃を彼は味合うことができて、これはこれで私がビデオを録りながら、「シメシメ」と、良い機会が来たなと思っていました(笑)。

この時はもう一人、久我山で一緒に出ていた富樫(富樫佑太/FC琉球)という選手も映像の左にいました。彼もやはり足元でボールを受けて、正しいポジションを全くとれなかったので、ボールが来ませんでした。

よく日本人が海外に行くと、何となく「日本人だからボールが出てこない」といった話をする選手がいるのですが、全く違います。正しいポジションかつ正しいタイミングでボールを要求すれば、サッカーを知っている外国人選手であれば必ずボールを出してくれますので、要するに「サッカーを知らない」ということをここで気づけたのは彼にとって良かったのかなと思います。そういう映像になります。

渡辺 この練習参加を2週間したのですが、最初の1週間はほとんどこの状態が、少しずつは良くなっていましたけど続いていて、ただ残りの1週間で劇的に変わって、ボールもガンガン入ってくるようになって、すごく通用する感覚もある程度つかめたところでした。ですから、それもまた面白いなと感じました。

ここでのカルチャーショックを簡単に言うと、日本でやっていたサッカーとスペインでやったサッカーというのは、もはや競技が違うなと思ったぐらいでした。この時には大学に入ることが決まっていたので、大学を卒業したら海外しか考えないということをほぼ決意しました。

小澤 同じタイミングで、その2週間のプログラムも終わって、一緒に観た試合がここで、2014年1月のFCバルセロナとマラガの(ラ・リーガの)試合でした。大体、バルサの試合を観に行ったら、「メッシすごいね」とか「チャビ上手いね」とか「イニエスタ、えぐい」とか「イニエスタのあのダブルタッチすげえ」みたいな話で終わるのですが、われわれはプロなのでこの選手を伸ばすために、例えばこのマラガ戦で言えば、インテリオール(インサイドハーフ)にいるセスクを見なさいと。

ちょうどカンプ・ノウのゴール裏で俯瞰的にピッチ全員のポジションが見られるところだったので。実際、当時の試合から2シーンだけ抜いてきました。ビルドアップの際にこのようにライン間に立って、ボールを受けると、その瞬間にここでほぼチャンスを作り出していますから、やはり正しい位置に、正しいポジションに留まれるかどうかが大切だと。

日本人選手は動きすぎ、走りすぎなので、正しいポジションを常にとれない、「正しいポジションに留まる」ことができません。なぜ、バルサの選手が上手いのかと言うと、足元のテクニック以上に頭ですよね。サッカーを知っているというところ。ここもチャビからのボールに対してバックステップでセスクがパスを要求することで、相手2人のラインのゲートを通ってボールが入ってきます。

これはサッカーも他のボール競技でも、アメフトもそうですけど、やはり1つ1つラインを越えて行くということが大事なので、あそこでボールをもらって前を向くことによってボールを運べていると。夏彦には、「こういうセスクのプレー、特にポジショニングが大事だよ」と言ったのを覚えています。この時のセスクのプレーを見た時の感想はどうでしたか?

渡辺 その時は「こうやってサッカーを観るんだ」というのを感じて。確かこれが週の半ばでした。その2週間いた中の1週間経った区切りで、この試合を観に行って、その後バルサのアンダーカテゴリーとかも観に行って、そこから残りの1週間で劇的に変わっていったという流れです。この衝撃的な経験をして大学に入学します。

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Talking with 渡辺夏彦「大卒海外行きを実現した今、伝えたいこと」

小澤一郎(Ichiro Ozawa)/サッカージャーナリスト

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