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その日、全世界で(最終章)

最終章 希望
 
 長電話をしていた私を心配そうに見る主人と勇太がソファーに座っていた。私が電話をしている間に勇太は帰宅して、着替えていた。亮介はまだだった。
 「亮介から連絡あった?」
 「何もないからもう帰るんじゃない?そろそろ食べる準備しておこうよ」
 フライパンに置いていたひき肉を温め始めると、すぐに亮介も帰ってきた。手にはコンビニで買ったファミリーサイズの大きなチョコレートアイスが見えた。今晩のデザートのようだ。気の利く息子である。
 家族みんなが今日あった出来事を話しながら、タコライスを食べ終えた。亮介の買ってきてくれたチョコアイスを食べる頃には、みんながそれぞれイエス・キリストを信じたい、あるいは信じていると分かった。
 「じゃあ、今日はぼくたちの信仰記念日だね。アイスでカンパーイ」
 勇太が明るく音頭をとった後で、
 「雰囲気を壊すようで申し訳ないけど、これからの時代は生半可な気持ちでは生きていけない、そういう時代が来るみたいだよ」
 と、亮介が、英語の分厚い解説書を開けながら話し始めた。
 「まず、知っておかないといけないのは、これから必ず起こること。いつ起こるかは知らないけど、イスラエルとある国または国際組織の首脳が7年間の平和条約を結ぶらしい。どうも、この契約がなされた時から、7年間の大患難時代というとんでもない時代が始まると書かれている。この7年間は、今まで地上で起きた大惨事なんてものではないくらいの酷く悲惨なことが続くらしい。飢饉や大地震は勿論、疫病が起こり、太陽や月の天変地異、地上の3分の1が血の混じった雹と火で焼かれたり、海の3分の1が血のようになり、海洋生物の3分の1が死んだり、川も3分の1が汚染されて、多くの人が死ぬらしい。太陽、月、星の3分の1が光を失い、太陽と空が暗くなる。そして、悪霊によって多くの人が苦しめられ、地上で2分の1の人々が死んでしまうと書かれているよ。しかも、このことが、7年間の初めの3年半の間にすべて起こると書いてある」
 亮介が、ページをめくりながら淡々と話してくれたが、あまりに過酷すぎる内容に私たちのアイスクリームを食べる手が止まってしまった。
 「亮ちゃん、まだその続きがあるの?もう十分恐ろしいよ。今日はここまででいいと思う」
 勇太が小さな声で亮介にささやいた。
 「お父さんも、今日はここまででいいと思うな。もうこれで十分だよ。前半の内容を受け入れるだけでも、かなりハードだしな」
 「お母さんはどうせなら最後まで聞きたいけど、みんなで進めた方がいいから、今日はここまでにして、また次にその後の三年半のことを聞くことにする?」
 「みんながそう言うなら、これ以上無理に聞かせようとは思わないけど、要するに、このイスラエルと7年間の平和条約を結ぶどこかの国か国際組織のトップが「反キリスト」と呼ばれるとんでもない独裁者みたいだから、そのことだけはしっかりと覚えといて。だから、やっぱり「イスラエル」が聖書の鍵なんだよ。イスラエルの動きがこれから一番大事だから、僕はこれからイスラエルのニュースを毎日見て、みんなに知らせることにする。あ、それとこれも大事なことだから先に言っておくよ。その反キリストがエルサレムの神殿に必ず立つ日が来るって書いてある。その日は前半の3年半が終わった、大患難時代の中間地点で起こるらしいよ。それが、また大患難時代の大きな分岐点になるらしいから、このことも覚えておいて。じゃあ、今日はここまでにして、みんなで祈ろう。祈り方もよくわからないけど、最後に『アーメン』ということが、私も『同意します』という意味らしい。だから僕が祈るから、同意だと思ったら最後に『アーメン』と言ってね」
 亮介が、目をつむって両手を合わせた。私たちも同じように祈る姿勢をとって目を閉じた。
 「神様、僕たち家族はあなたのことを最近まで信じていませんでした。けれど、携挙が起こったことで、僕たちの周りにいたクリスチャンの言っていたことが本当なのだと分かり、信じました。今僕たち4人はあなたを信じています。今まであなたから離れて好き勝手に生きていたことを赦してください。私たちは自分が罪あるものだということが分かりました。イエス様が私たちの罪のために十字架上で死なれ、墓に葬られ、3日後によみがえられたことを信じます。これから、あなたのことをもっともっと知りたいので、私たちにさらなる知恵を与えてください。アーメン」
 「アーメン」
 「アーメン」
 「アーメン」
 亮介の祈りは、私たち家族の思いそのままだった。亮介はいつ、このようなお祈りの仕方を覚えたのだろう。私が不思議に思っていると、亮介がちょっと恥ずかしそうに話してきた。
 「実はさ、大学に聖書研究会っていうのがあって、何度か行ったことがあるんだ。由香ちゃんがお母さんに最初に携挙のことを話した後に、ちょっと聞いてみようと思って行ってみたんだよ。なんか興味出てきてさ。まあ、結局あんまり聞けないままだったんだけど。で、行った時にみんながお祈りしているのをずっと聞いていたんだ。そしたら、『もっと、あなたのことを知りたいので、私に教えてください。知恵を与えてください』とか言っていたのを思い出して。まさに、今がそれだと思って真似したんだ。なんか変だった?」
 「全然。それで、携挙が起きた後、その聖書研究会はどうなったの?」
 「それが、信じていたメンバーは勿論いなくなったけど、未信者だと思っていた2人までがいなくなったらしい。聖書研究会の前では信仰告白をしていなかったみたいだけど、携挙が起こるまでに信じたってことだね、多分。ぼくと一緒に初めて行った友達が話してくれたけど、僕とその子ともう一人の未信者とあと、そこに時々教えに来てくれていた近所の牧師先生だけが残ったらしいよ」
 「牧師先生が?なんで、取り残されたの?」
 「牧師先生が自分で言っていたらしいけど・・・『知識があるのと信じているのとは違います。私は牧師の息子だから牧師になっただけで、一度も信じたことがありませんでした』って」
 「そんなことあるんだ。でも、まだ牧師をしていて、大学にも教えに来ているの?」
 「そうみたい。聖書のことはすごく知っているから。それに、牧師先生、奥さんも子供も、教会員もみんないなくなって、初めて、神に悔い改めの祈りをしたって話していたらしい。だから心改めて、今から本当の牧師になるみたいだよ」
 「・・・」
 私たちはそんなことがあるのかと驚いた。確かに毎週熱心に教会に通っていても、牧師を名乗っていても、本当に信じているかどうかは、本人と神様にしかわからないのかもしれない。携挙が起きた時、世界中の自称クリスチャンたちは取り残され、この牧師と同じように初めて神に悔い改めたという可能性もある。
 私は、改めてこの世がこれから直面する事態を心して受け止めていかなければならないと思った。きっと、過酷な日々となるに違いない。けれど、私は一人ではない。すでに家族全員が同じ信仰を持っている。いつ何があっても、死んでも、私たち家族は先に天に上がった由香、ココ、美樹、義母、勇太の先輩とクラスメイト、亮介の聖書研究会のメンバーにそれぞれが天国で再会できるのだ。 
 一瞬でクリスチャンたちを天に上げた携挙は、一瞬で私の心を変えた。私だけではない。携挙をどうしても信じることが出来なかった奈々子や、携挙が起こるまで神を信じたことがなかった牧師の心も一瞬で変えたのだ。
 きっと私たちのように、携挙が起きたことで初めてクリスチャンたちの言っていたことが真実だったと気づいた人々が世界中にいることだろう。私のように何度教えられても、頑なに拒否してきた人々も多くいたのではないだろうか。
 聖書によると、これからの世界はますます悪い時代へと突入していく。そして、イスラエルがどこかの国か国際組織と7年間の平和条約を結ぶとされている。この平和条約こそが「大患難時代」のスタートだと言われているのだ。
 今、すでに世界は、特に中東はきな臭い状態にある。これからは、イスラエルから目が離せないと亮介も話していた。今までイスラエルという国には、正直全く関心がなかった。遠い国だし、日本とは全く関係のない国だと感じていた。知っている事と言えば、ユダヤ人がヒットラーに大虐殺されたことや、今でもヨーロッパや世界各国で根強い反ユダヤ主義があることくらいだ。なぜ、ユダヤ人が世界中でこれほど嫌われたり、迫害され続けるのかは、いまだによく分からない。
 大患難時代後半の3年半は、さらに悲惨なことが起こると聞いたので、これ以上話を聞きたくない気もするが、必ず起こることであれば、覚悟を決めて知っておいた方がいいという気もする。
 由香からの手紙も何が書いてあるのかは全くわからない。けれど、由香のことだから明るい文体で書かれていることだけは読む前から分かっている。
 奈々子に会うことや亮太の次回の話からも新しい何かが分かる事だろう。いずれにしても、この世界が今後平和になることはありえないようだ。平和になるように見せかけ、世界中が安堵するようなことがあったとしても、それは偽りで、長くは続かないということを肝に銘じておくべきなのだろう。
 大患難時代後半の3年半に起こることや、その後、この世界がどうなるのかも気になる。地球はどうなってしまうのだろう?どうして、ココにもっと質問しなかったのか。聖書では大患難時代前半で世界人口の2分の1の人間が死んで、地上も血の混じった雹と火で焼かれ、川や海も汚染されてしまうとされている。このような荒廃している地上にさらなる悲惨な大患難時代後半の3年半がやってくるというのだから、まさにこの世界が「生き地獄」となるのは必至だ。
 最先端技術を持つ現代の人々が、大患難時代に起こるこれらの話を聞かされても、「陰謀論」だと一蹴するだろう。この話を聞いて、どれくらいの人々が真剣に受け止めてくれるのだろうか。私もそうだったが、「ありえない話」として聞き流されるのがおちだ。
 知り合いにこの話をすると、「みゆは気が狂った」と思われるに違いない。私もココや由香は気が狂ってしまったと思っていたのだ。仕方がない。きっと、これからは友達も減って、実家とも疎遠になるのだろう。
 想像を絶する過酷な日々が続くのは承知の上だし、怖くないと言えば大ウソになる。しかし、その怖さを上回る「希望」が今の私にはある。
 
 高級ホテルのビュッフェに誘われ信仰告白をされた日も、高級寿司に連れて行ってもらった日も、最後のスパゲティー専門店に行った日も、毎回替わる由香のお洒落なバックには聖書箇所が書かれたキーホルダーがついていた。しかも、キーホルダーそのものも毎回違うものだった。
 私は最初の時から毎回そのキーホルダーに気づいていたが、あえて見ないようにし、聖書箇所を読まないでいた。しかし、最後に会ったあの日、スパゲティー専門店で私は泣きながらも、ゆかがその日のバックにつけていたキーホルダーの聖書箇所をしっかりと目にしていた。

草はしおれ、花は散る。しかし、私たちの神のことばは永遠に立つ。

イザヤ書40:8

 私が大親友の由香から最後に教えてもらった聖書箇所だった。 

おわり

一羽のすずめ


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