見出し画像

森永卓郎 著『増税地獄』を読む 2

■消費増税は不要。国債の発行で乗り切れる

 今後のスケジュールはまったくわからないが、消費税を増税することは間違いないだろう。前述のように2025年にプライマリーバランスを黒字化するとの目標を掲げているのだから、増税をせぎるをえない。
 プライマリーバランスに意味がないことはすでに明白なのだから、これは科学ではなく宗教だ。以前、読売テレビの『そこまで言って委員会NP』に出演したときに「1人10万円のベーシックインカムを導入することに賛成ですか、反対ですか」と質問されたので、私は賛成した。ところが、パネラーの中で賛成したのは私1人だけだった。
 他の人は、「大増税をしなければならないから、できるわけがない」と言うから、私が「基本的に全部借金でやれば何の問題もないですよ」「国債を全部日銀に買わせればいいんです」と言った。
 するとまた、「ハイパーインフレになるからダメだ」とか「円が暴落する」とか「国債が暴落する」とガンガン責めてきた。
 私が「大丈夫だから、とにかく1回、社会実験としてやってみましょう。とりあえず」と言っても、全員から袋叩きにあって終わった。安倍政権があれだけ財政出動をガンガンして大丈夫だったにもかかわらず、みんな理解してくれない。

■インフレになって困るのは金持ち。庶民には影響なし

 実は、日本は大平洋戦争中に莫大な国債を発行している。どれだけ国債を発行しているかは、戦争の混乱で正確にはわからない。ただ、太平洋戦争の戦費がGDPの9倍とみられているから、今の貨幣価値にすると5000兆円くらいのイメージだ。
 当時は国民が疲弊して買えなかったので、ほぼすべて日銀に引き受けさせた。その結果、高いインフレ率を経験したが、ハイパーインフレというほどにはならなかった。

 どこまで行けばハイパーインフレになるかは誰にもわからないが、私がさまざまな経済学者に聞いてみたところ、バラッキはあるものの、3000兆円程度までは大丈夫と考える人が多いのは確かだ。現在の国債発行額は1000兆円程度だから、まだまだ日銀の引き受けによる国債発行をしても、大丈夫だと私は思っている。
 ただ、高インフレになる可能性はゼロではないから、インチキ経済学者は「ハイパーインフレになると物価ほどには賃金が上がらないから庶民はみんなひどい目にあう」と脅してくる。
 これは正しくない。過去の統計を確認すると、実は庶民が本当に困るのは、物価が下がるときだ。物価が上がれば上がるほど、賃金も上がることがデータとして残っている。賃金が上がればなんとかなる。 一方でデフレのときは、仕事を失う人があふれ庶民がひどい目をみることになる。ハイパーインフレで本当に困るのは誰かと言えば、お金持ちだ。貨幣価値が大きく下がるので、キャッシュを持っている人は資産が目減りする。
 

ここに巧妙な論理のすり替えがある。インフレで本当に困るのは富裕層であり、庶民はまったく困らない。何の被害もないのだ。

■スタグフレーシヨンは死語になる

 一部で「これからはスタグフレーションに備えたほうがいい」と指摘されている。スタグフレーションは、景気停滞を意味する「スタグネーション」と「インフレーション」を組み合わせた言葉。景気が後退していく中でインフレーシヨン(物価上昇)が進む現象のことをいう。
 私はスタグフレーションにはならないと考えている。2023年は物価が下がるだろうから、「スタグネーション」と「デフレーション」の組み合わせになると予測しているからだ。いわゆる恐慌だ。おそらく、スタグフレーションは死語になるだろう。
 2022年6月にアメリカの消費者物価指数は、前年比9。1%まで上昇した。2022年11月は少し下がったとはいえ、7・1%とまだまだ高ぃ。アメリカの目標物価上昇率は2%だから、7%の物価上昇率を2%に落ち着かせるには、相当強烈な金融引き締めをしなければならない。
 アメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は、202211月2日に政策金利を4回連続で0・75%引き上げた。インフレ抑制のための利上げは今後も続く予定で、アメリカはかなりの高金利になっていくとみられる。
 こうした利上げは日本経済にどのような影響を与えるのだろうか。第一は、アメリカ景気の失速だ。金利が高くなれば、設備投資が難しくなるし、アメリカでは借金で消費をしている人も多いので、消費も減退する。アメリカは、日本にとって中国に次ぐ貿易相手国だから、日本経済にマイナスの影響が出る。
 第二は、住宅市場への影響だ。アメリカの30年固定の住宅ローンの金利は、2021年11月からの1年で、3%から7%に上がった、これによって、毎月の返済額は1・6倍に
増えている。そうなれば、住宅を買えない人が続出する。この10年間、アメリカの住宅価格指数は、ほぼ一貫して右肩上がりだったが、2022年5月をピークに下落が始まっている。中国の不動産も値下がりが続いていて、日本も他人事とは言えないだろう。
 そして第二の最も大きな影響は、ァメリカの株価バブルが崩壊するリスクだ。金利が上がれば、国債金利も上がる。そうなれば、リスクの大きな株式から、固定利回りの債券へと資金が移動するからだ。もちろん株価の予測は大変難しいのだが、いまは株式とくに米国株への投資は注意したほうがよいだろう。
 結局、アメリカの景気が失速すると、金融緩和をしなければならなくなる。アメリカの金利が下がると日米金利差が縮小するので、為替は円高に向かう。現に、2022年11月11日の外国為替市場は、アメリカの物価上昇が鈍ったことで、利上げペースが減速するという見立てだけで、ドルを売って円を買う動きが強まり、円相場は一時、138円台まで円高が進んだ。138円台はぉょそ2カ月ぶりで、わずか1日で7円も円高が進んだことになる。為替市場に流れ込む資金の99%は投機資金だ。2022年の円安は、投機筋が仕掛けたもので、日本経済が弱体化したからとか、日本だけが金利を引き上げないからという理由ではない。日本は1兆ドルもの介入資金を持っており、まだその1割も使っていないのだから、むしろ円安の原因は財務省が断固とした為替介入に出なかったことなのだ。
 ただ、いずれにせよ為替は長期的にみれば、本来の価格に戻っていく。理論価格の推定には、さまざまなモデルがあつて、結論は1つではないが、私の計算では1ドル=130円程度だ。またアメリカの景気が失速して、金利が下がっていけば、もっと円高になる。米国株バブルの崩壊と円高が重なれば、老後資金を米国株投資で準備している人はとんでもない目にあう。私が、米国株投資を控えたほうがよいと思う理由だ。

■生産性向上は人を不幸にする

 実はもっと恐ろしい事実がある。2000年から2021年にかけて、日本の生産年齢(15~64歳)人口は1180万人減った。「日本は人口減少しているから大変だよね。だからこんなことが起こっているんだよ」と言う人がいる。
 しかし、労働力人口はこの20年間で147万人も増えている。つまり財政の支え手は増えているわけだ。増えているにもかかわらず負担が増えている。政府はさらに労働力人口を増やそうとの魂胆だが、働ける人の多くはすでに働きに出ているので、残りの伸びしろはそれほど大きくない(第5章参照)。
 だから、労働力人口の増加が止まった瞬間にもっとひどいことが起こるのは目に見えて労働力人口が増えないのであれば、「生産性を上げろ」と.言う人がいる。しかし、それは正しいのだろうか。
 私はむしろ、生産性を上げることで仕事の楽しさは減ってしまうと考えている。生産性と楽しさは反比例の関係にあるのだ。
 たとえばフィギュアを作る仕事を考えた場今、秋葉原で活躍するフィギュア作家は自分で粘土をこねて原型をつくり、それを元に型を取って、型に素材を流し込んで、塗装して、顔を描き入れて……と最初から最後まで自分で作業する。彼がやっていることは、作品づくりであって、楽しいものだ。
 ところが、そのフィギュアがヒットして中国で大量生産をするようになると、工程が細分化されて、流れ作業で作るようになる。
 右目を描き入れる人は、朝から晩まで右目だけを描き入れているわけだ。その仕事が楽しいわけがない。そのほうが早くて生産性は上がるが、誰もが”つまらない″と感じるはずだ。
 私の楽しみの1つ、農業でも同じだ。生産性を上げようとすれば、機械化することになる。大規模な農場で機械を使って大量生産すればコストは下がる。しかし、つまらなくなる。
 私は畑で25種類ほどの野菜を作っている。それを1種類にしたほうがはるかに生産性は高いのだが、そうすると楽しくなくなってしまう.生産性が落ちてもいいから、やりたいようにやる。そのほうが幸せであることは、すべての仕事に共通しているだろう。
 私の経験上でも「好きで楽しい仕事」は儲からない。たとえば、ラジオは自由に話ができる代わりに、ギャラは高くない。逆に金融業者の手先のような仕事をすると、15分働いただけでも100万円、200万円がもらえたりする。
 先日もあやしい金融業者から「イベントを開催するから出てほしい」と言われたので、「いいですよ。でも1億円です」と答えたら、 一切、連絡が来なくなった(笑)。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?