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デサントへの「9%の敵対的TOB」成立の意義

 伊藤忠によるデサントへの株式公開買付(TOB)が、14日に成立した。新聞では、「相手の合意なしで行う敵対的TOBとして日本の主要企業同士で初の成立例」(日本経済新聞朝刊)と評されている。筆者は、今回のTOBが前例のない部分買付(買付株数の上限を定め、それ以上の応募があっても買付を行わない)であったことから、本件をもって敵対的TOBの成功例と大々的に評価することができるとは思わない。むしろ、本稿のタイトルに示したように、「9%の敵対的TOB」という特殊事例と考えるべきであろう。

 筆者が知る限り、過去の敵対的TOBは全て上限を定めない(部分買付ではない)株式公開買付であった。2000年1月に発表され、衝撃的敵対的TOBとして話題になった村上世彰氏のMACによる昭栄に対する敵対的TOBは、発行済株式総数の6.52%を買い付けたが、「失敗」と評された。全発行済株式を買付対象としたTOBだったからである。今回のデサントへのTOBの買付株数の発行済株式総数に占める比率は9%強であり、そもそもの目標値が低かった。2019年2月8日付けの拙稿では、直前の株価1871円に対して、買付価格が2800円と高かったこと(49.7%のプレミアム)と、買付比率が低いことを理由に、成立は確実だと指摘した。同時に、これは日本の現在のTOB制度の下でしか起こりえない特殊事例であることも指摘した。英国をはじめとするEU加盟国の大部分のTOB規制においては、今回のような40%持分を上限とするTOBは、全部買付義務の存在によって実施できないからである。

 そもそも今回の「9%の敵対的TOB」は、何を目的としていたのか、筆者にはまだよくわからないところがある。1つの可能性としては、デサントが2018年に打診したとされるMBOなどの重要案件に対する拒否権の確保が考えられる。しかしそうであれば、議決権の33.4%を確保すれば良いわけで、市場内取引(TOB規制の対象外)で数%を買い増せば済んだ話である。しかも、仮に購入によって株価がある程度上昇したとしても、平均の購入価格は2000円程度だったのではないか。同じ拒否権を確保するにしても、市場内取引で株を買い増すのは、いわば「闇討ち」であり、それを潔しとしない伊藤忠側が公開の場での「果たし合い」での対決姿勢を示したとも考えられるが、釈然としない。

 今回のTOBには、買付予定株数の約2.1倍の応募があったとされ、結果として応募した株式の半分しか買い付けられなかったことになる。しかしながら、結果論でいえば、今回のTOBは「はずれた」株主にとっても、悪い話ではなかった。デサントの株価は、TOB実施期間中を通して2500円前後で推移し、TOBが終了した3月15日においても、2600円近くで取引されている。デサントの株を売却することを希望していた株主にとっては、2800円ではなかったにせよ、相当のプレミアムで株式を市場で売却する機会が与えられたことになる。

 今回のTOB成立を受けて、今後の焦点はデサントの経営体制変更に移っていくものと思われる。既に現社長の退任の可能性や、取締役会の構成の変更といった報道がなされている。今後40%の株式を保有することになる大株主の伊藤忠が、デサントをどのように経営していくのかには引き続き注目していきたい。日本では敵対的買収は、特に対象企業の経営陣や従業員などのステークホルダーには、敬遠、場合によっては嫌悪、すらされてきた。一時期に比べて減少したとはいえ、企業経営陣は買収防衛策で身を護ることを選び、従業員は敵対的買収に反対を表明してきた。「雨降って地固まる」ではないが、伊藤忠の今後の経営方針次第では、敵対的買収は少数株主は勿論のこと、それ以外のステークホルダーにとってもメリットがあるという認識が生じる可能性はある。そういった意味では、本件は例外的な「9%の敵対的TOB」とはいえ、日本における敵対的買収全般に関するイメージを変える機会となるポテンシャルを有しているのかもしれない。



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