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The Sad Cafe

(たまには教育に関係ない駄文を…)


(よく働いたし、さすがに疲れた。今日くらいいいよね。雨降ってるし。)

自分に言い訳をして、僕はタクシーを拾った。

行き先を告げると、運転手は「はい」と短く返事をしただけで、後は何も語らずひたすら車を走らせた。そう。疲れている身には、それがありがたい。変に話しかけられたりしたら、その答をするだけでまた疲れてしまう。何のためにタクシーに乗ったのやらわからなくなる。寡黙な運転手に感謝して、僕は後部座席に身を沈めた。

雨音をバックに寝てしまっていたのだろう。ふと気づくと、タクシーは国道を走っていて、車の中にはEaglesがかかっていた。ラジオだろうか。この曲はなんだっけ。知っているぞ。高校の頃によく聞いたはずだ。

歌詞を聴いていて思い出した。“The Sad Cafe” だ。 高校生の僕にはちょっと難しかったっけ。メロディーは物憂げで美しかったけれど、なにしろ歌詞がノスタルジックなものだったから、その世界観は理解し難かった。

Some of their dreams came true,
Some just passed away
And some of the stayed behind
Inside the Sad Cafe.

なんて歌われたって、今まさに夢を見ている時だった僕には「なんだか縁起の悪い歌だなぁ」としか思えなかった。

でも、それでもこの曲が僕の心に強く刻まれているのは、曲の最後に流れるDavid Sanbornのサックスソロがあまりに見事だったからだ。タクシーの中で感傷的な歌詞を聴きながら僕は「ああ、もうすぐあのサックスソロがまた聴ける。」と密かに待っていた。そして歌が終わり、David Sanbornがすすり泣くようなサックスを奏で始めたところで、運転手が歌い出した。

え?

それまで寡黙だった運転手が歌いだしたのだ。David Sanbornのソロを、だ。

「ドゥドゥドゥディー、ダディダーディーディーダー、ダーディー…」

完璧だった。音程を外すこともなく、David Sanbornのアルト・サックスと完全に同期して、哀愁溢れるソロを奏でている。運転手のサックスソロは、僕がタクシーの後部座席に座っているのか、古びたカフェで窓の外を眺めているのか、わからなくなるほどに見事だった。

曲はフェイドアウトで終わる。運転手の歌もフェイドアウトして終わった。ここで彼に話しかければ Eagles か David Sanborn の話で盛り上がったのかもしれない。でも、僕は再び目を閉じて何も言わなかった。運転手も、元の寡黙なドライバーに戻っている。

So meet me at midnight baby
Inside the Sad Cafe.

もちろんこんな真夜中に誰かと会えるカフェなんてありはしない。僕は自分の記憶にあるカフェ、かつて夢を追った仲間たちとの時間を思い起こしていた。そこは、とても美しくて、でも二度と戻れない場所だ。寡黙な運転手に感謝して、僕は一人、タクシーの中で僕だけの"The Sad Cafe"に入っていった。

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