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刑法・裁判官法等の一部を改正する法律(親密なパートナーに対する暴力)

 2023年4月にオンタリオ州で成立した「An Act to amend the Criminal Code and the Judges Act (violence against an intimate partner)」は、父親に殺害された当時4歳のキーラ・ケーガンちゃんに因んで「キーラ法Keira’s Law」と呼ばれています。
 改正内容は、ドメスティックバイオレンス加害者に釈放の条件として電子監視装置の装着義務付け裁判官へのドメスティックバイオレンスと強制的支配に関するセミナー受講の義務付けです。
 記事では、⑴当該法案の内容(翻訳)、⑵キーラ事件の詳細(訳者にて種々のソースから編集)を紹介します。
 なお、再犯性が高い前科(殺人や性犯罪等)を持つ者への電子監視装置の装着は、アメリカ、カナダ、オーストラリア、イギリス、フランス、ドイツ、スウェーデン、スペイン、韓国等の多くの国が導入しており、ドメスティックバイオレンス加害者に対しては2008年にスペイン、2020年にフランスが導入しています。

法案C-233(翻訳)

第44回議会、第1会期
70-71 エリザベスⅡ–1 チャールズⅢ、2021-2022-2023

2023年カナダ法
第7章
刑法・裁判官法等の一部を改正する法律(親密なパートナーに対する暴力)
承認
2023年4月27日
法案C-233

まとめ

 この制定された法律は、刑法を改正し、親密なパートナーに対する犯罪で起訴された被告人に関して釈放命令を下す前に、あらゆる人の安全と保安の観点から、被告人に電子監視装置を装着することを命令の条件として含めることが望ましいかどうか検討することを裁判官に義務付けるものである。
 この法律はまた、裁判官法を改正し、親密なパートナーからの暴力や、親密なパートナーや家族関係における強制的支配に関連する問題について、裁判官向けの社会人教育セミナーを提供することを定めている。

下院ウェブサイトの次のアドレスから入手可能
https://www.ourcommons.ca/
70-71 エリザベスⅡ– 1 チャールズⅢ
第7章

刑法・裁判官法等の一部を改正する法律(親密なパートナーに対する暴力)
[2023年4月27日に承認]
陛下は、カナダ上院および下院の助言と承認を得て、次のように制定する。

刑法

1 ⑴刑法第515条(4.‍2)は、段落(a.‍1)の末尾にある「または」を取消し、その段落の後に次の文を追加する修正を加える:
   (a.‍2) 司法長官の要請があれば、被告人が電子監視装置を着用すること。
  ⑵本法の第515条(4.‍3)‍⒞の段落を、次のように置き換える。
   ⒞ 被告人の親密なパートナーに対するものを含む、行使された人に対する暴力、脅迫の犯罪、または未遂となった犯罪。

裁判官法

2 裁判官法第60条⑵⒝を、次のように置き換える。
   ⒝ 裁判官の継続教育のためのセミナーを設立する。これには、性的暴行法、親密なパートナーへの暴力、親密なパートナーと家族関係における強制的支配、および組織的な人種差別と組織的な差別を含む社会的背景に係わる問題に関するセミナーが含まれる。

3 本法の第62.‍1条⑴の段落⒜より前の部分を次のように置き換える。
報告書-セミナー
第62.‍1条⑴ 理事会は、各暦年の終了後60日以内に、前暦年に提供された性的暴行法、親密なパートナーによる暴力、親密なパートナーと家族関係における強制的支配、及び組織的な人種差別や組織的な差別を含む社会的状況に関連する問題における、第60条⑵⒝の段落で言及しているセミナーに関する報告書を大臣に提出せねばならない。報告書は次の情報を含んでいなければならない。

発効

4 この法律は、王室の承認を受けた日から30日目に発効する
下院議長の権限に基づいて発行

キーラ事件詳細(訳者が各種ソースから編集)

⑴事件の背景と事件前の数日間のあらまし

 緩和ケア医のジェニファー・ケーガンは、オンラインで知り合ったエンジニアのロビン・ブラウンと2013年に結婚した。しかし、その後ジェニファーは、ロビンが学歴を詐称しており、病的な嘘つきであることを知る。結婚1年半後、二人の間にキーラが生まれた。しかし、犬が咥えてきたネズミの死骸をジェニファーの口に押し込んだり、子ウサギを一匹ずつ溺死させる行為を直視するようジェニファーに強いたりするロビンの精神的虐待や身体的虐待、性的虐待が原因で、2016年2月にジェニファーはキーラを連れて別居、結婚生活は3年で終止符が打たれた。2017年、ジェニファーは家族法専門弁護士のフィリップ・ヴィアター再婚した。
 ジェニファーとロビンは、離婚後後の4年間、キーラの監護権を巡り、法廷で争いを繰り返した。彼女は法廷でロビンが自分に対した行った虐待と娘への影響を語ったが、裁判官は配偶者への暴行と子育てとは無関係だとして取り合わず、ジェニファーに単独意思決定責任を認める一方で、ロビーには、キーラと頻繁かつ長時間、監視されない時間を過ごすために、「月4回の週末のうち3回、週に2泊、キーラと過ごす時間」を認める寛大な命令を下した。
 しかし、ロビンは暫定養育契約の条件を破って、ジェニファーの同意なしにキーラを連れ去ったり、キーラをジェニファーの元に返すことを拒否し、警察と児童保護当局が家族に関与する事態が何度も発生した。裁判所命令違反で違反金が15万$以上積み上がってもロビンは行動を改めようとしなかった。裁判所が認めるロビンとキーラの交流時間は隔週末と夏休みの長期休暇に縮小された。
 ロビンの異常行動は、次第にエスカレートした。ロビンがキーラをジェニファーの元に還そうとせず、警察が出動する事態が発生し、2020年1月28日にジェニファー夫妻は、ロビンとキーラの交流を制限する緊急動議を提出した。家庭裁判所は緊急性がないとし、2月20日に訴訟手続きを設定した。既に裁判所から早急なリスクアセスメントを求められていた児童保護機関は、アセスメントに取り掛かっていた。
 2月5日(水)にJF&CSのケースワーカーはロビンと面接を実施した。そして、何故か「交流における最悪事態の懸念、交流制限の可能性」を記載した報告書を本人に手渡した。
 2月7日(金)、JF&CSのケースワーカーは、ジェニファー夫妻に、ロビンはジェニファーにダメージを与えるためにキーラを殺害するような人物であり、キーラをロビンから保護するため、ロビンの親子交流権を取消すべきとする申請を裁判所に提出すると話した。しかし、この週末の交流を中止させようとはしなかった。裁判所は、翌週ロビンの育児時間を見直す予定であった。その日の夕方、ロビンはこれまでの取決めに従い、週末の交流のために、学校にキーラを迎えに行った。
 親子交流最終日の2月9日(日)、夜になってもキーラが自宅に戻って来ないため、ジェニファーはロビンに電話やテキストメッセージ送信をした。しかし、応答も返信もなかったため、警察に電話をした。警察がキーラらを捜索したところ、オンタリオ州ミルトンの自然保護区の崖下100フィートにキーラとロビンの遺体を発見した。これまでにもハイカーらが死亡しているこの地域に精通しているロビンは、大雪の予報が出ているなか、4歳のキーラとハイキングに出掛けていた。警察は、キーラとロビンが転倒による重大な外傷を負ったようだと発表したが、ジェニファーと継父フィリップは、これは交流を制約されると知ったロビンの殺人自殺だと主張し、キーラの死亡状況について再度検死すること、DVDRCによるアセスメントを再度実施討することを求め続けた。

⑵キーラ法成立まのでジェニファーの年譜

2013.11   ロビン・ブラウンとジェニファー・ケーガンが結婚。
2015.05.29 キーラが生まれる。
2016.02   キーラを連れて別居。
2017     家族法専門弁護士のフィリップ・ヴィアター再婚。
2019.06   フィリップとの間に男の子が生まれる。
2020.01M  ロビンとロビンのパートナーが継父フィリップをキーラ虐待で申立て
2020.01.28  ジェニファー夫妻がロビンに対する親子交流取消の緊急動議を提出。裁判所は緊急性がないとして、訴訟手続きを2.20に設定した
2020.02.05(水) JF&CSのケースワーカーがロビンを面接
2020.02.07(金) 父フィリップがケースワーカーからロビンの親子交流取消を申請する予定を聞く。
2020.02.09(日) ミルトンのガラガラヘビ保護区の崖下でキーラと実父ロビンの遺体が見つかる。
2021.07    ジェニファー夫妻がJF&CSとJF&CSのケースワーカーを告訴
2022.02.07 カナダ議会下院(庶民院)に下院議員法案として法案提出
2023.02.09 オンタリオ州の主任検視官がDVDRC(ドメスティックバイオレンス死検討委員会)の報告書を発表し、検死の再検討を行うと発表。報告書ではロビンの殺人自殺の可能性に言及。
2023.04.23 「キーラ法」をカナダ議会が可決
2023.04.27 「キーラ法」を王室が承認
2023.05.27 「キーラ法」が成立

⑶パートナー殺人の危険因子

 2021年1月、検視官は、キーラの死因は頭部への鈍的外傷であると断定されており、警察の捜査ではキーラさんの死に至った正確な原因は特定されていないと報告し、「児童福祉の関与に関連する子どもと若者の死の調査分析チームの支援を得て、この事件をDVDRCが調査する」ことを提案した。
DVDRCは、ドメスティックバイオレンス死のリスクが高いことを示す41件の因子を挙げている。7つ以上の因子が該当する場合、DVDRCは死亡が予測可能かつ予防可能であると見做す。この事件において、DVDRCは親密なパートナーによる殺人の危険因子を少なくとも22件を特定した。

  • 加害者は子どもの頃に虐待された、および/または親の親密なパートナーからの暴力を目撃していた

  • 既に別離していた、または別離しようとしていた

  • 母親に人生の新しいパートナーができた

  • 子どもの監護権または別居親と子の交流に関して紛争している

  • 父親が無職である

  • その他のメンタルヘルスまたは精神医学的問題を父親が抱えている

  • 当局に従わない

  • 性的な嫉妬を抱いている

  • 女性蔑視の態度を父親が示す

  • 母親の財産を破壊または剥奪した前歴がある

  • ドメスティックバイオレンスの履歴 -以前のパートナーに対して

  • ドメスティックバイオレンスの履歴 -現在のパートナー/母親

  • 母親の隔離を試みた前歴がある

  • 母親の日常的な行動の殆どまたは全てを支配している

  • 誘拐、強制監禁をした前歴がある

  • 強制的な性行為、かつ/または性行為中の暴行の前歴がある

  • 過去に母親を窒息させたり、母親の首を絞めた

  • 家族のペットに対して暴力を働いた

  • 加害者が子どもを脅迫したり、子どもに危害を加えた加害者である

  • 配偶者に対する暴行歴を極度に矮小化したり否定したりする

  • リスクアセスメントの後、加害者が母親に連絡を取った

  • 父親に対する母親の直感的な恐怖感

 死亡事件前に以前から存在していた、あるいは発現していた危険因子は少なくとも22件あり、DVDRCが予測可能かつ予防可能であると見做した症例で構成されていた。このパターンは、父親による実子殺害に関する研究および危険因子と一致、報告書は「自分との関係を解消し、新しいパートナーと再婚し、2人の間に子どもを設けたこと、および/または家庭裁判所で訴訟中の母親に対する父親の報復であった可能性がある」と認めている。

日本における電子監視装置の導入

 日本では2011年に宮城県が性犯罪の前歴者やドメスティックバイオレンス加害者にGPSの常時携帯を義務付ける条例を検討しました(仙台弁護士会は反対を表明)が、東日本大震災の復旧復興を優先するという理由で、2013年に条例制定を見送っています。その後、2018年7月、小2女児殺害事件を受け、新潟県議会が国に対し性犯罪者への電子監視装置導入検討を求める意見書を提出しています。
 政府レベルでは2020年6月に「性犯罪・性暴力対策の強化方針」で、仮釈放中の性犯罪者にGPS装着の義務付けを検討することを表明しました。
 2021年10月、保釈中の被告の国外逃亡防止を目的として、前年2月に森まさこ法相の諮問により設置された、「刑事法(逃亡防止関係)部会」が、GPS端末により保釈中の被告人の位置情報を取得・把握する制度の創設等を盛り込んだ要綱案を古川法相に答申しています。
 2022年4月5日の讀賣新聞は、2022年度からGPS端末装置を開発し、試作品のパイロット運用を経て、早ければ2026年度中の運用開始を目指すと報道しました。
 2023年5月10日、GPS端末の装着を柱とした刑事訴訟法などの改正案が成立しました。立法の経緯から、装着対象は海外逃亡の恐れがある被告で、ドメスティックバイオレンス加害者は対象ではありません。日経新聞によれば、制度は2028年までに運用開始、機器については仕様や性能は決まっておらず、2022年の讀賣新聞の報道より2年程度の遅れているように思われます。

訳者註

カナダ議会 Parliament of Canada
カナダ議会は、カナダの立法府。元老院(上院:Senate)と庶民院(下院:House of Commons)から構成される二院制議会。議事堂はセンター・ブロックと呼ばれる。上院が下院の議決に反対することは稀であり、また国王やカナダ総督の果す役割は純粋に儀式的なものにとどまることから、カナダ議会において下院は他の二者よりも優位にある。
法案(bill)は両院議員ならば誰でも提出可能であるが、通常は大臣(Ministers of the Crown)が提出するのが一般的であり、これは政府法案(Government Bills)と呼ばれる。これに対し大臣でない議員の提出する法案は下院議員法案(Private Members' Bills)ないし上院議員法案(Private Senators' Bills)と呼ばれる。法案は両院で幾つかの段階を通過する。第1段階は純粋に形式的な通称「第一読会(first reading)」である(法案の名称と番号のみで議案提出する)。続く「第二読会(second reading)」では法案の概略的な趣旨について討議が行われる。この段階でも廃案となる可能性はあるが、政府法案においてはあまりそうなることはない。次に法案は下院からいくつかある委員会のひとつに送られる。委員会が提案した修正事項は「委員会報告の審議(Report Stage)」の段階で全院によって検討される。「委員会報告の審議」の後、法案は最終段階、すなわち「第三読会(third reading)」に進む。最後にその法案が両院ともに通過すると、「国王の裁可(Royal Assent)」に付される。現代の憲法上の慣例として、「国王の裁可」はいかなる場合にも与えられ、成立した法案が却下されることはない。

DVDRC(ドメスティックバイオレンス死検討委員会) Domestic Violence Death Review Committees
将来のドメスティックバイオレンス関連の死亡を防止するという根本的な目的を持って、ドメスティックバイオレンス関連の死亡を検討する専門家からなる学際的な諮問委員会。カナダ初の DVDRC は、アーリーン・メイ/ランディ・アイルズとジリアン・ハドリーとラルフ・ハドリーの死に関する2つの大規模な検視からの勧告に応えて、2003年にオンタリオ州に設立された。
カナダの幾つかの州および準州では、DVDRCを設置し、ドメスティックバイオレンスに関連した死亡事故の調査および/または検死調査を行っている。他の州や準州では、DVDRCの必要性を評価するための措置を講じている、またはDVDRCの設立を進めているところもある。国際的には、幾つかの国でもDVDRCが設置されている。

ユダヤ人家族・児童サービス Jewish Family & Career Services , JF&CS
ユダヤ人家族児童サービスは、個人、子供、家族の健全な発達をサポートする、マルチサービスの顧客中心の機関であり、児童援助協会でもある。

(了)

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