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第5章 イタリア

この記事は、外務省HPの「ハーグ条約関連資料」-「3 子の連れ去りに関する法制度について」-「子の連れ去りに関する各国法令の調査報告書」の「第5章 イタリア 神戸大学准教授 東條明徳」を転記したものです。

Ⅰ 本稿の目的

 本稿は、イタリアにおける子の奪取を処罰対象とする犯罪類型を概観することを目的とする。 該当の犯罪類型としては、未成年者の同意ある奪取¹(573条)、無能力者の奪取(574条)、未成年者の外国への連れ去り及び留置(574条の2)の3つが挙げられる。以下では、これらの3つの犯罪類型の処罰範囲をそれぞれ見ていくこととする。

Ⅱ 条文

 3つの犯罪類型を規定する条文は、それぞれ以下のとおりである。
 (未成年者の同意ある奪取)
第573条 14に達した未成年者を、その同意を得て、親責任を行使する親若しくは後見人から連れ去った者又はそれらの親若しくは後見人の意思に反して留置した者は、それらの 者の告訴を待って、2年以下の懲役に処する。
2 行為が結婚目的で行われた場合には刑を減軽し、わいせつ目的で行われた場合には加重する。
(3 第525条、第544条の規定を準用する。)
 (無能力者の奪取)
第574条 14歳未満の未成年者若しくは精神障碍者を、親責任を行使する親、後見人、保佐人若しくはその者を監視若しくは監護する者から連れ去った者又はそれらの者の意思に反して留置した者は、親責任を行使する親、後見人若しくは保佐人の告訴を待って、1年以上3年以下の懲役に処する。 2 14歳に達した未成年者を、その同意を得ずに、わいせつ又は結婚以外の目的で連れ去り又は留置した者も、前項に掲げる者の告訴を待って、同一の刑に処する。
(3 第525条、第544条の規定を準用する。)
 (未成年者の外国への連れ去り及び留置)
第574条の2 未成年者を、親責任を行使する親又は後見人の意思に反して外国に連れ去る又は留置することによって、親責任を行使することを完全に又は部分的に阻害し、その者を親責任を行使する親又は後見人から奪取した者は、当該行為がより重い罪を構成する場合を除き、1年以上4年以下の懲役に処する。
2 前項に規定する行為が14歳に達した未成年者に対してその同意を得て行われた場合には、6月以上3年以下の懲役に処する。
3 前2項に規定する行為が親によって未成年の子の損害において行われた場合には、刑の言渡しは親責任の停止を伴う。

 いずれも未成年者²を親や後見人等の意思に反してその下から連れ去る行為又は行為者の下に留置する行為を処罰対象とする犯罪類型である。未成年者の同意の有無によって刑罰の重さが分けられており、14歳以上の未成年者の同意がある場合(573条)は2年以下の懲役であるのに対 し、14歳以上の未成年者の同意がない場合(574条2項)並びに連れ去り及び留置に対する刑法上有効な同意を為し得ない者として位置付けられているところの 14歳未満の未成年者や精神障碍者が客体とされた場合(574条1項)は 1年以上3年以下の懲役である。
 574条の2は行為が外国で行われた場合に関する特別類型であり、ここでも未成年者の同意の有無によって刑罰の重さが分けられている。すなわち、同意がある場合(574条の2第2項)は6月以上3年以下の懲役であるのに対し、同意が無い場合(574条の2第1項)は1年以上4年以下の懲役である。行為が親によって行われた場合にその親の親責任の停止が付加刑として定めら れている点も、この特別類型の重要な効果である(574条の2第3項)。但し、後に見るように³、この規定は近時憲法裁判所によって一部違憲とされた。
 なお、573条3項及び574条3項は、削除されておらず形式上存続しているが、準用の対象と なっている525条及び544条がいずれも既に削除されているため、実際上効力を有していない。

Ⅲ 総説(犯罪の位置付け・保護法益)

1 基本的な犯罪の位置付け

 未成年者を奪取することを処罰する犯罪類型は、1889年に成立した旧刑法典では、「第2編 各則」の中の「第2章 自由に対する犯罪」「第3節 個人の自由に対する犯罪」の下に位置付けら れていた(旧刑法典148 条)。これに対し、1930年に成立した現行刑法典では、「第2編 各則」 の中の「第11章 家族に対する犯罪」「第4節 家族の扶助に対する犯罪」の下に位置付けられている。このことから明らかであるように、573条~574条の2の犯罪類型(以下、まとめて「未成年者奪取罪」という。)は、現行刑法典においては個人の自由に対する犯罪としては位置付けられておらず、2⑵で見るようにその具体的内容の理解には変遷があるものの、親が子を扶助する関係を保護するものとして位置付けられている。
 未成年者奪取罪が個人の自由を保護の対象とするのでないことは、身体の自由に対する侵害を処罰する犯罪類型との法定刑の差からも明らかであると指摘されている⁴。具体的には、監禁罪⁵は、14歳以上の未成年者に対して行われた場合には3年以上12年以下の懲役(605条3項前段)、14歳未満の未成年者に対して行われた場合や、外国への連れ去り又は留置を伴った場合は3年以上15年以下の懲役(605条3項後段)とされている。身体の自由に対する制限がこのような重い処罰の対象と捉えられているということは、翻って、未成年者奪取罪は個人の自由に対する侵害をも併せて処罰しようとするものではなく、専ら親が子を扶助する関係を保護しようとするものと理解されるということである。したがって、未成年者の奪取が奪取された未成年者の身体の自由に対する制限を伴った場合には⁶、未成年者奪取罪と監禁罪がいずれも成立することになる⁷。監禁罪のみを認めたのでは親が子を扶助する関係に対する侵害が生じたことを捕捉することができない一方、未成年者奪取罪のみを認めたのでは身体の自由に対する制限が生じたことを捕捉することができないからである⁸。

2 保護法益に関する議論の変遷

 このように、親が子を扶助する関係を保護するものとして捉えられている未成年者奪取罪であるが、より具体的に何が本罪の保護法益であるのかについては、家族法改正に連動する形で理解に変遷がある。そこで、以下では、まず家族法改正に伴って573条~574条の2がどのように改正されてきたのかを確認したうえで、それに伴い保護法益理解にどのような変遷が見られるのかを見ていきたい。
⑴ 家族法改正に伴う規定の改正
 現行刑法典が成立した1930年当時、イタリアでは親権は父にしか認められていなかった。このため、573条及び574条で現在「親責任を行使する親」となっている部分は、立法当時は「父権を行使する親」であった。その後、1975年3月19日法律第151号により家族法改正が行われ⁹、親権が父のみではなく両親に認められるようになったため、これに合わせて、1981年11月24日法律第689号146条により刑法典573条及び574条の「父権(patria potestà)」も「親権(potestà dei genitori)」へと改正された。さらに、2013年には、民法典及び刑法典で揃って「親権(potestà dei genitori)」の語が「親責任(responsabilità genitoriale)」へと改正された(刑法典573条~574条の2の改正につき、2013年12月28日立法命令第154号93条p号~r号)。この改正は、その理由書によれば、親子関係を親側からの権限行使という視点ではなく、むしろ、未成年の子の利益のために親が責任を負っているという視点で捉える必要があることを強調する趣旨で行われたものである¹⁰。
⑵ 改正に伴う保護法益理解の変遷
(ⅰ)  現行刑法典成立時の理解

 上述のとおり、現行刑法典成立時には未成年者奪取罪は「父権を行使する親若しくは後見人」の意思に反して行われることが要件であった。したがって、父が家長として家庭内で行使する権限であるところの父権や後見人の権限が保護法益であると捉えられていた。
(ⅱ)  憲法裁判所1988年10月6日判決
 その後、1975年の家族法改正によって「父権」が「親権」へと改正されたことを受け、1981年に未成年者奪取罪も「親権を行使する親若しくは後見人」の意思に反することが要件とされるに至ったため、保護法益も父権ではなく親権と捉えられることになった。ただ、この改正を受けた保護法益理解の変化はこれに留まらない。
 問題は、1975年の家族法改正で「父権」が「親権」へと改正されたことの意義を、単に権限の主体が父のみから両親へと拡張されたに過ぎないものと捉えるか、それにとどまらない意義を有するものと捉えるかという点に関連する。この点に関する判示を行い、保護法益理解の変化を決定付けたのが、憲法裁判所1988年10月6日判決¹¹である。
 同判決においては、親が親権を自らの権限として子の利益ではなく自らの利益に従って行使し得るという理解は1975年の家族法改正と共に放棄されているとの立場に立つ者によって、そうであるにもかかわらず、刑法典573条が未成年者の同意ある奪取に関して親に告訴権を与え、奪取を刑事事件化するか否かを専ら親が左右し得て、未成年者の意思は考慮されない制度になっていることは違憲ではないのかが争われた。この問題に関して憲法裁判所は、家族法改正の持つ意義については、提訴した者の立場が家族法改正を巡る民法学説の理解に沿っており、かつ、正当な理解と言えることを認めた。そして、その下で刑法典573条の保護法益について新たな理解を示した。
 具体的には、家族法改正によって、家父長制を象徴する古い権限であるところの「父権」を廃したことは、単に権限の主体を両親へと拡張した意義を有するにとどまらず、家父長制的な家族観との訣別を意味しているとした。したがって、新たに両親に認められることとなった「親権」は、もはや両親が自らの権限として自由に行使し得るものではなく、子の利益に資する限度で行使し得るという制限を受けるのであり、その分だけ子の自律性や意思が尊重されるべきことになる。そして、親権がこのように未成年の子の意思を尊重しつつその利益に資するために行使される権限として理解される以上、未成年の子の利益それ自体も573条の保護法益に含まれるようになったと捉えるべきであるとした。この結果、確かに親の意思に反して奪取が行われているが、当該奪取に子の利益に対する侵害性が全く認められない場合には、保護法益を侵害しない行為である以上、不能犯(49条2項)として扱えると判示している。すなわち、親の権限に対する侵害があっても、子の利益に対する侵害がなければ犯罪は成立しないということであり、子の利益が 親の権限と並んで、それとは独立した保護法益として位置付けられていることになる。
 このように、家族法改正に伴う親子関係の変化を認め、573条を巡る制度については専ら親の権限行使という観点のみから検討するのではなく子の利益の保護という観点も念頭に置く必要があるとした憲法裁判所であるが、違憲の主張との関係では、子の利益の保護の観点を念頭に置いたとしても、親に告訴権を与えることが親の権限と子の利益の調整のあり方として立法裁量の範囲を越えるとまでは言えないとして、主張を排斥している。
(ⅲ) 現在の理解
 その後、2013年に「親権」が「親責任」へと変更されるが、既に見たとおり、この改正は親子関係を未成年の子の利益のために親が責任を負っているという視点で捉える必要があるとの理解の下で行われたものである。したがって、1988年の憲法裁判所判決の理解を変更せず、むしろ、それを補強する方向の改正と言える。このため、現在では、未成年者奪取罪は親や後見人の権限と未成年の子の利益の両者を保護法益とするとの理解が一般的になっている¹²。この理解の下では、例えば、若者が17歳の女性を、その両親の意思には反しているが、勉学の継続には全く支障のない形で度々自分のところに留置し、女性が成人した後に 2 人は婚姻したという事案¹³であれ ば、未成年者の利益に対する侵害性が認められないため、犯罪の成立が否定されると指摘されて いる¹⁴。
 なお、未成年の子の利益も独立の保護法益であると捉える場合、未成年者奪取罪のうち未成年者の同意ある奪取において、未成年者の同意があるにもかかわらず何故可罰性が認められるのかが問題となり得る。この点に関しては、未成年者はその年齢からくる未成熟性によって自らの将来にとって好ましくない判断をしてしまう可能性があり、それを避けるために、子の利益の観点から、未成年者の決定よりも親の選択を優先すべき場合があるとの理解が示されている¹⁵。

Ⅳ 573条(未成年者の同意ある奪取)

1 主体

 非身分犯である。家族法改正で夫婦のいずれもが親責任の主体とされた以上、他方の親が親責任を喪失した又は停止された場合であったり、一方の親を監護者に指定する裁判所の決定が出ていたりする場合を除き、他方の親と対立する一方の親によっても本罪は実行され得る¹⁶。親責任はそれぞれの親が別々に行使できるのであり、一方の親の行為が他方の親による親責任の行使を阻害する場合はあり得るからである。

2 行為

 本罪の構成要件該当行為は、「14歳に達した未成年者を、その同意を得て、親責任を行使する親若しくは後見人から連れ去」ること、「又はそれらの親若しくは後見人の意思に反して留置」することである。すなわち、連れ去り(⑴)又は留置(⑵)が、未成年者の同意を得て(⑶)、親又は後見人の意思に反して(⑷)行われる必要がある。なお、条文においては、親の意思に反する ことの必要性は留置との関係でのみ明示されているが、これは「連れ去り(sottrazione)」と「留置(ritenzione)」の語義に由来するものである。すなわち、親からの「連れ去り」という概念は、親が自らの下から未成年者が遠ざけられることにつき同意していない、又は、遠ざけられることに気付いていないが気付いていれば同意しないであろうことを当然の前提としており、親の同意を取り付けて遠くに連れて行くことはそもそも「連れ去り」ではない。これに対し、「留置」は同意の有無を問わない概念であるため、立法者はこちらとの関係でのみ親の意思に反することを要件として明示する必要があったのである¹⁷。
 以下、4つの要素を順に見ていく。
⑴ 連れ去り
 未成年者の連れ去りには、未成年者を場所的に移動させることの他、親責任に内在する権利・義務の行使を阻止することによって、親と未成年者との間で生活関係を継続することを阻害することも含まれる¹⁸。場所的移動による連れ去りの場合、どのような場所まで移動させれば連れ去りと言えるのかが問題となるが、これについては、親が未成年の子に認めている自由な活動領域の外に移動させることが必要と捉えられている。この未成年者に認められる自由な活動領域の範囲は、親が未成年の子にそのような領域を認める目的(修学・就業等)に照らして、未成年者の普段の生活習慣、未成年者の成熟性、両親との関係といった具体的事情を勘案して決定される¹⁹。
⑵ 留置
 未成年者の留置とは、行為者の監視の及ぶ領域に未成年者を留め続けることによって、親責任を行う者の少なくとも 1 人と未成年者の関係を阻害することを言う。そのような領域に連れてくること自体が違法である場合には連れ去りが成立するため、留置が問題となるのは、未成年者をそのような領域に置くことが当初は適法であったが、その後違法に転じた場合である²⁰。
⑶ 未成年者の同意
 本罪が認められるには、連れ去り又は留置に対する未成年者の有効な同意が必要である。したがって、理解する能力及び意図する能力を有する未成年者が強制や欺罔によらずに自由に同意したことが必要である。14歳以上の未成年者でも、精神病や酩酊等により理解する能力及び意図する能力が欠如している場合には、574条1項の対象となる²¹。
⑷ 親又は後見人の不同意
 本罪が認められるには、連れ去り又は留置が親又は後見人の意思に反して行われたことが必要である。問題となるのは、親の不同意が明示されていない場合に認定をどのように行うかである。この点に関し、かつては、親が同意しているのは、対象を明示して認めたまさにその行為のみなのであって、明示の同意がない限りは親の意思に反するものと捉えた判例も存在した²²。しかし、その後1988年の憲法裁判所判決を受けて、親責任を限界付ける要素としての未成年者の自己決定権も考慮に入れる必要があり、単に親が明示的には同意していないというだけで、親の意思の内容が具体的に立証されているわけでもないのに、犯罪を成立させることは許されないとの立場が有力になった。現在では、親の不同意は、未成年者を取り巻く環境、未成年者の習慣、未成年者の日常の心理状態、未成年者に対する監護の態様、さらに、同意していたのであればそのような行動は取らなかったであろうと言えるような親の行動の有無といった事情に照らして、具体的に立証されなければならないとされている²³。

3 既遂

 本罪が既遂に至るには、親による子の扶助、監護、近親性の保持、教育といった親責任の行使の諸態様のうちのいずれかを実質的に阻害したと言える程度の相当期間に亘って連れ去り又は留置が継続されたことが必要である²⁴。どの程度の期間の継続があれば既遂が認められるのかは具体的な事案ごとの判断とならざるを得ないが、判断の実例としては、いずれも574条の事例ではあるが、次のものが見られる。別居中の母の家に来ていた娘を父の家に帰すことを、娘の祖母が数時間に亘って拒絶した日が2日間あったに過ぎない場合につき、574条の成立を否定した例²⁵。 娘を母の下から3日間引き離したに過ぎない場合につき、違法性が認められないのではないかを十分に検討していないとして原判決を破棄差戻しした例²⁶。単独監護者であった父の下から、母が父の知らない場所に娘を約15日間連れ去り、父と娘の一切の交流を阻害した場合につき、574条の成立を認めた例²⁷。
 なお、既遂に至らない場合、未遂も可罰的である。連れ去り又は留置の期間が短い場合の他、 保護法益に対する現実的危険を惹起するのに適した行為が行われていれば、連れ去り又は留置に至らなくとも未遂が認められる²⁸。実際に連れ去りに至らなかったにもかかわらず未遂が認められた事例として、574条の事例ではあるが、行為者が小学校に行き、迎えに来られなくなった両親から頼まれて迎えに来たとの虚偽の主張を行って未成年者の引渡しを執拗に求めたが、教員に拒否されたために成功しなかった事例がある²⁹。

4 主観的要素

 客観的構成要件要素に対応する故意が必要である。すなわち、未成年者に対する連れ去り又は留置の認識及び意図が必要であるほか、未成年者の同意や親又は後見人の不同意も故意の対象である。したがって、客体が成人だと誤信していた場合や、親又は後見人が同意していると誤信していた場合は、不可罰である。未成年者の同意がないのに同意があると誤信した者には、574条ではなく本条が適用される³⁰。

5 加重減軽事由

 わいせつ目的が加重事由であり、結婚目的が減軽事由である(2項)。

6 親告罪

 本罪は親告罪である。告訴権者は親責任を行使する親及び後見人である。親責任は、それぞれの親が別々に行使できるため、夫婦間で相互に意見の不一致があっても、一方の親のみによって告訴がなされ得る³¹。

Ⅴ 574条(無能力者の奪取)

1 主体

 573条と同じく、非身分犯であり、夫婦の一方によっても実行され得る。

2 行為

 本罪に該当するのは、14歳未満の未成年者又は精神障碍者を親や後見人等からその意思に反して連れ去り又は留置する行為(1項)、及び14歳以上の未成年者を、その同意を得ずに、親や後見人からその意思に反して連れ去り又は留置する行為(2項)である。1項の客体は、その年齢又は状態により、有効な同意を表明できないと刑法上捉えられている客体である³²。すなわち、574条の各項は、いずれも連れ去り又は留置の客体となる者の同意が存在しない場合を処罰対象とするものである。
 連れ去り又は留置に対する客体の不同意の点を除けば、連れ去り、留置、親又は後見人等の不同意の解釈は573条と同様である。なお、連れ去りにおいて問題となる客体の自由な活動領域の 範囲に関して、1 項の客体については、その低年齢性や精神的な不安定性に鑑みてとくに限定的 に解釈する必要があるとの指摘がある³³。

3 既遂

 既に573条について叙述したとおり、本罪が既遂に至るには、連れ去り又は留置が相当期間継続する必要があると捉えられている。未遂が可罰的であることも573条と同様である。

4 主観的要素

 客観的構成要件要素に対応する故意が必要である³⁴。その内容は、連れ去り又は留置の客体の不同意の点を除き、573条と同様である。
 なお、本罪においては、わいせつ目的及び結婚目的の不存在が明文の要件とされている。これは、これらの目的が存在する場合については、それぞれ 523条及び522条で処罰することが予定されていたためである³⁵。しかし、これらの条文は1996年2月15日法律第66号1条により既に削除されている³⁶。このため、現在では、わいせつ目的又は結婚目的が存在する場合は、監禁罪など他の犯罪類型の構成要件を充足しない限り不可罰となってしまっており、法改正の必要性が指摘されている³⁷。

5 親告罪

 本罪は親告罪である。告訴権者は、親責任を行使する親、後見人及び保佐人である。一方の親のみによっても告訴がなされ得ることは573条と同様である。

Ⅵ 574条の2(未成年者の外国への連れ去り及び留置)

 2009年7月15日法律第94号3条29項b号によって新設された特別類型である。573条や574条で処罰されてきた行為が国境を越えて行われた場合を処罰するものである。このような犯罪は、 国境を越えた人の往来の活発化や国際結婚の増加と共に増えてきており、重い処罰の対象とする ことで強く禁圧する必要性が認められるようになったものである³⁸。

1 主体

 573条と同じく、非身分犯であり、夫婦の一方によっても実行され得る。

2 行為

 本罪の構成要件該当行為は、「未成年者を親責任を行使する親又は後見人の意思に反して外国に連れ去る又は留置すること(1項)」及びそれを14 歳以上の未成年者の同意を得て行うこと(2項)である。1項が574条の行為が外国で行われた場合に、2項が573条の行為が外国で行われた場合 にそれぞれ対応する。親責任の行使に対する阻害は、573条や574条においても解釈によって必要と捉えられていたが、本条では明文化されている。

3 既遂

 既遂時点については、573条及び574条においては連れ去り又は留置が相当期間継続することが必要と解されていた。これに対し、本罪の連れ去りに関しては、親責任の行使に対する阻害があれば国境を越える時点で既遂に達し、相当期間の継続は不要と解されている³⁹。

4 主観的要素

 客観的構成要件要素に対応する故意が必要である。

5 非親告罪

 573条及び574条とは異なり、本罪は親告罪ではない。

6 管轄

 574条の2は行為が完全に外国で実行される場合も処罰対象としているが、このような行為に対してイタリアが管轄を有することは、574条の2 に規定されている行為によって生じる親責任の行使の阻害という犯罪結果がイタリア国内で生じることによって基礎付けられる⁴⁰。より具体的には、犯罪結果は、先行して親によって決定された未成年者の居住地において発生すると捉えられている。この場所が、親が子の生活を維持し、親子関係を育んでいくことに対する阻害が生じる場所だからである⁴¹。
 以上のような理解であるから、母が父と共に外国への移住を決めて親子で 1年間外国に住んだ後に、子を連れてイタリアに帰ることを決意したが、子を連れて行くことについては父の同意を得られなかったという事案については、イタリアは管轄を有さないと解されている⁴²。他にも、あくまでも未成年者の居住地で被害が発生すると捉えられるため、未成年者が外国へと連れ去られる起点となった場所に土地管轄が生じるわけではないと解されている⁴³。

7 付加刑(親責任の停止)

 574条の2第3項は未成年者の外国への奪取が親によって行われた場合につき、親責任の停止の付加刑が必要的に科されることを規定している。しかし、この規定は、憲法裁判所2020年5月29日判決⁴⁴において、付加刑を任意的でなく必要的としている点で憲法2条、3条、30条、31条に反するとされた。
 その理由は以下のとおりである。憲法裁判所によれば、このような付加刑の必要的適用は、上述の憲法の条文とも相容れないうえ、未成年者の保護についての国際的な義務やEU法に照らしても適切ではない。というのも、本条は、親責任の停止が未成年者の重要な利益に反する場合にすら付加刑を科すことを命じており、未成年者に関わる全ての判断は未成年者の利益にとって最も望ましい解決を模索する方向で行われなければならないとする原則に反するからである。さらに言えば、親子関係に切り込むことになるこの付加刑が、刑を言い渡される親のみならず、その関係を共に構築している者であるところの未成年者にも直接に影響を持つことを念頭に置くと、本条は、両親のいずれとも人間関係を構築することができる未成年者の権利を侵害することになるのではないかという考慮を否定し、未成年者に直接関わる措置の実施において事案に応じた利益衡量を不可能にする形で付加刑の必要的適用を規定してしまっている。574条の2に該当する 事案はそれぞれに多様であり、そのことは未成年者の利益侵害の態様に限ってもなお妥当するの であって、やはり、574条の2で処罰される親の親責任を停止することが常に、かつ、必然的に未成年者にとって最も望ましい解決であると考えることは合理的とは言えない。最後に、この付加刑は判決の確定後に初めて実行されるわけであるが、判決の確定までにはしばしば行為後数年もかかるのであって、行為後に生じた未成年の子と処罰対象となる親との間の関係の展開を全く考慮に入れずに親責任の停止が実行されることになってしまうことから、必要的適用が不適切であることは明らかである。以上のような理由から、憲法裁判所は本条が付加刑を必要的としている 点において違憲であると判断した。


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