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アイドルが躁うつ病になった話Part3〜不登校が芸能を目指した訳〜

初めまして。こんにちは。
謎のアイドルです。
Part3では、芸能を目指したきっかけだったり、今だに変わらず抱いている思いだったりを綴れたらと思います。

Part2で書かせて頂いたのですが(そちらも読んで頂けると幸いです。)、小学生時に不登校になり、中学生時に精神病院に通いはしたものの、改善が見られないまま高校生になりました。
高校は、親の元を離れたい。同じ中学校の人がいない高校に行きたい。と思い、下宿に入り全日制の高校に通いました。
男手一つで育ててくれた父には申し訳ない気持ちもありましたが、どうしても一度敵だと思い込んでしまったものたちから離れたかったのです。

そうまでして進んだ高校だったので、これからは心機一転して頑張ろうと前向きな気持ちでいました。ですが、順風満帆な学校生活ではありませんでした。
クラスにガラの悪い人たち所謂ヤンキーが三分の一を占めていたのです。中学時は平和な同級生しかいなかった(と思う)ので、先生や同級生に横暴な態度を取り、時には威嚇するように声を荒げ、時には大口を開けて笑うヤンキーは、私にはカルチャーショックで近寄りがたい存在でした。
とは言っても、こちらから刺激しなければ何かをされる訳でもなく、周りに迷惑をかけている彼らを不快に思う程度で、いやむしろ、我が物顔で教室に居座る姿に「あんな風に生きられたら…」と少しの羨ましささえありました。
ただ、そんなクラス事情なんてまだ可愛いものでした。

興味と成り行きで所属した部活動で、明確なイジメがあったのです。標的は私だけではなく、実力がなかった人たちは総じて標的でした。iPodやお金を盗まれたり、物が壊れていたり汚れていたり、「練習の邪魔だから早く辞めたら?」と直接言われたりもありました。
そして、私は部活を辞めました。
今の時代どうかはわかりませんが、「イジメられる側にも問題がある」なんて言われもしましたが、まだ百歩譲って被害者や加害者が言うのはわかります。私は実力がなく練習に遅れを取る邪魔者で、加害者達はもっと上のレベルで練習がしたい向上心の塊だったのですから。(良く言えばですが…)
ですが、イジメに対峙した大人や教育者が言うのは見当違いも甚だしいと思うのです。

逃げて逃げて新しく変われると思った場所でも、存在してはいけないんだ。邪魔な存在なんだ。と深く胸に刻み込まれ、再び不登校になるのは明らかでした。
高校でも不登校になってしまった私は、ヤンキーからも加害者からも父からも距離を取る為に、好きなことや興味あることに没頭する事で現実の世界から逃げ出しました。
音楽を聴きライブに来た観客になり、映画やドラマを観て主人公あるいは登場人物になりきり、小説を読み物語の中で生活をしていました。
そんな事をしたからといって何かが変わるわけでもなく、現実を見つめ直して絶望に打ちひしがれ、またどこかに逃げてを繰り返していました。
そんな日々を過ごし、私はある考えに至ったのです。
「画面の向こうや本の中の人になれば居場所ができて、愛されるだろうか?」
「テレビに出たり何かで有名になれたりしたら、私を捨てた母も"あの頃の日々"も戻ってきてくれるのではないか?」
これが、私が芸能を目指した訳です。
そして、相も変わらず未だに、居場所を探して愛される事を求めてあの頃を望んでいるのです。

以上が変われなかった私と、そんな私が芸能を目指した訳でした。
Part3をここまで読んで頂きありがとうございました。

Part4〜ステージまでの道のり〜について、また書かせて頂きます。
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