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テンシ病~Meine Krankenakte・僕のカルテ~/No:FH - 00XXXXXX

 





 この病は、冬を越せない。……と、言われている。






   【 No:FH - 00XXXXXX 】
 


「何でだよっ、何で……っ」
 肌寒くなったこの季節の、夕焼けで赤く染まる教室。
 涙に歪む視界で、僕はそれを、きみの翅《はね》越しに見た。



 この世界の話をしよう。
 その昔急激な開発や戦争の環境破壊、環境汚染でこの星は汚れた。このままだと生きて活けなかったらしい人類は、様々な方法を模索して行った。たとえばいろんな動物植物の遺伝子を、試験的に組み込むとか。

 試行錯誤の末、御蔭様で人類は環境を再構築した世界でも、どうにか生き永らえている。

 けれど。

 その弊害か、あるいは犠牲になった命の呪いか。現代の人類には恐ろしい病が現れた。

『展翅《てんし》病』
 十代の子供に現れる症状で背中に羽根が生える。生える羽根は多岐に亘り、ある者は鳥の、ある者は虫の、またある者は魚の鰭のような、葉っぱみたいな、羽根が背中に生える。それだけなら、遺伝子の悪戯、ちょっと組み込んだ種類のせい、で済むんだろう。そう言う特徴の出る者は『先祖返り』と呼ばれ、現今の世で少なくない。しかし。
『展翅病』は違うのだ。
 生えた子供の、余命は最長六箇月前後。最短で一箇月無い。生えた子供は、冬を越せない。皆だ。
 例外無く、春から秋に発症、冬を目前に、長くても冬の間に、命を落とす。現状『展翅病』は必ず死に至る病として恐れられていた。
『展翅病』の名の由来は、標本を作るときに昆虫とかの翅を固定することを指す『展翅』から来ている。
 十代で発症し死ぬことで、発症者の時を止めて固定してしまう、なんて意味からだとか。
 だけど希望も在る。発症者は全員十代で、成人してからは絶対に発症しなかった。理由はわかっていないが、多分成長期を終えるからとか、成人することで細胞の活性化が安定するからとか言われている。

 だから、あとちょっとだった。
 高校三年生の今。僕たちはあと二年で、病から逃げ切れるはずだった。
「何でだよっ……」
 僕はこの言葉を繰り返すことしか出来なかった。ついほんの一箇月前、始業式の日。僕たちは進学について話していた。僕も彼女も進路は何とかA判定だとほっとして、文化祭や体育祭や入試や卒業式の話をしていた。ついほんの一箇月前に。今は衣替えを終え、いよいよ高校生活も残り半年を切ると言うとき。
 僕の目の前で翅を見せる彼女。
 彼女の背中に、翅が生えた。
 あと二年だったのに。発症者の最高齢は十九歳だった。本当に、あと二年だったんだ。
 羽が生えたと言うことは、彼女は冬を越せない。もう衣替えも終わったこの時期に。
 彼女に残された期限は。
「何で……」
 僕は膝を付き、佇む彼女のスカートにしがみ付いた。腰の細い彼女のスカートは、僕が強くないとは言え両手で引っ掴んでいるのにびくともせず、彼女に纏われていた。翅を出すために上半身の乱れた彼女は、服装を正しもしないで僕を、無言で見下ろしていた。
 校内は静まり返っていた。先生たちはいるはずだけど職員室にいて、僕たち以外に生徒はいないのか、外の喧騒が遠く、ここまで響いて来るだけだった。
「……帰ろう」
 やがて日も沈み掛けたころ。彼女がぽつんとそう言った。僕は黙って頷き、手を放す。衣擦れの音に、彼女が服を直しているのだと感じた。
「大丈夫だよ」
「……」
 明るい声で、彼女が宣った。
「すっごいあったかいところにいれば、案外冬も越せるかもしれないじゃん」
「……」
 常と変わらない調子で、喋る。現実的ではないことを。そんな程度で逃れられるなら、致死率百パーセントなどと世間は恐怖しない。
「大丈夫だよ。技術は進歩しているんだから」
「……」
 殊更、彼女は言い募る。僕は泣き過ぎてぼんやりした頭で、彼女の手を握った。
「大丈夫」
 この手が震えを感知して、僕はようやく正気に戻った。彼女だって怖いのだ。
 冬を越せない、と言うことは。現時点が秋だと言うことは。
「絶対じゃないもん……大丈夫」
「……、うん」
 僕は繋ぐ手に力を込めた。しっかりしなければ、思いを込めて。

 彼女は冬を越せない。これまでがそうであったように。
 彼女は怒るかもしれない。
 そうでも。
 そうでも僕は。
 僕の背中にも羽が生えてしまえば良いのに、と、生えて来てほしいと。

 生えて来てくれと。

 彼女のぬくもりを確かめながら、願っていた。






 

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