「名前のないご飯」

こちら、雪が降って来ました。そちらはどうですか?
と、暖かい方に住む家族にメールを打って、洗い終わった洗濯物をハンガーに掛けてカーテンレールに並べる。

うっかりして、いつもの調子で洗濯機を回してから、今日が雨の予報だと知ったから、部屋干しする羽目になったのだ。そしたら、なんと雪である。

こんな寒い朝は何か暖かいものを食べたい。

台所の下の戸棚を開けて乾物入れをあさり、ボール紙の箱を取り出した。帽子をかぶった外国のおじさんの笑顔が書かれている箱の中に、一食分ずつに分けられた小さな紙のパッケージが入っている。シリアル用のボウルにそれを開けるたびに、これではちょっと足りないんじゃない?と思う。そして、説明書きの通りの分量の牛乳を入れてレンジで温めてたっぷりと膨らんだのを見て、ああ、あれくらいでちょうどよかったのだと思う。なんでも欲張るのは、よくない。

この、オートミールという食べ物は、二年前の秋、旅先で初めて口にした。
それまで昔の映画で子供が嫌そうに毎朝食べているドロドロした何か。というイメージしかなかったんだけれど、ヒッチハイク仲間が毎朝キャンプ用のコンロと小鍋でコトコトと煮込んで食べさせてくれるオートミールはシナモンシュガーが香って、想像していた以上に美味しかった。

・・・

「あなた、これからどこへ行くの?」

私は何で自分がこんな遠くまでふらりとやってきたかわからなかったし、これからいつまでこんな生活を続けるつもりなのかもわからなかった。
彼らの車に乗せてもらうことになったから、この旅の先の宿は全てキャンセルして、グレイハウンドのバスの予約もすっぽかして、私は森の中の木の上の小屋にいる日を少し伸ばして、一緒に朝ごはんを食べていた。バス会社のブラックリストに載らないといいなぁ。

「多分、ポートランドに行くと思うけど。わかんない。」

こちらに来てから、食生活が随分質素になった。
食事を楽しむ、というよりは、生きるためのエネルギーを補給するようにして、カロリーをとる。お金がないというのもあるし、やっぱり食事は、自分の台所があって、一緒に食べる家族がいて…つまり食卓があってこそなのだ。そういう意味で旅をしている限り、満足いく食事をとることはない。スーパーで買うサンドイッチやピザ、味の濃い中華料理のテイクアウトは、決して悪くはないけれど、やっぱり食べていて何か落ち着かない。
そんな中、水と火さえあれば調理できて、私を居心地のいい場所へ連れて行ってくれるこの素朴な食べ物の存在は、旅の中でも特に印象に残っている。ちょっと大げさかしら。

彼らとは道中一度別れて、私は私でポートランドまでヒッチハイクして、彼らは彼らでポートランドまで自分たちの車でやって来て、向こうでまた落ち合って、一緒に謎のユダヤ人のカメラマンが営むヒッピーコロニーみたいなところに突撃して泊まった。ユダヤ人が宗教の壁を超えてお尻を触って来たのはちょっと笑えた。

・・・

日本に帰国してから、そういえばオートミールってこっちにもあるのかな、と思って探してみたら、行きつけのスーパーの目立たないところに、プレーンのものがちょこんと置いてあった。プレーンだと味付けを考えるのがちょっと手間だけど、その分楽しい。甘くしたい時には砂糖とシナモンを入れるし、塩っぱくすることもある。

今日はオートミールの器に牛乳を多めに注いで、残っていたキノコ類をちぎり入れて、塩コショウ、オリーブオイル、チーズをかけて、電子レンジでチンした。リゾットのような、シチューのような何かになる。気分のいい日はベーコンを入れたりする。溶き卵を落としても良さそうだ。名前のない、美味しいご飯。麦の歯ごたえに、もう会うこともないであろう海の向こうにいる友達の気配がする。

思えばオートミールを食べているとき、私は大抵一人きりで家にいる。寂しさと隣合わせでいるこの瞬間、もしかしたら心がどこかで旅を続けているのかもしれない。

・・・

洗濯物が乾かないだろうから、エアコンを付けたまま会社に行く。
寒くなってから電気代に煩わされている。夏よりも高い。ガスストーブを買う日も近いかもしれない。

地元は全然寒くないと、定年退職して家にいる父からメールが来た。

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