贅沢

 贅沢は味方とどっかの誰かは歌った。私もそう思う。丸い氷が浮かぶロックグラスを見てしみじみするのだ。
 琥珀色が美しいラフロイグをちびちび空きっ腹に入れる。飲み口の薄いグラスが少し物足りない。初めて入るバーは少し居心地が悪くて、煙草がすすむ。
 アメリカンスピリットの12mg、周りからはやれタールを下げろ、やれ煙草自体やめろだと言われているが、銘柄を変える気もパッケージの色を変える気も、もちろん禁煙する気などさらさらない。窓ガラスからは大手の電器屋がギラギラと輝く。大きな駅のお膝元はゆっくり煙草を燻らす場所さえないのだ。
 目の前のバーテンダーは接客トークを繰り広げるわけでもなく、グラスを洗っている。真面目そうで短く刈り込まれた短髪にそぐわないのは右耳だろうか。不自然なほどピアスがあいている。ぼーっと見つめていると目が会いそうなので、カウンターに並べられたギネスのビアグラスに視線を落とした。

「お仕事帰りですか」

 ほらきた。よくバーで聞かれるこのセリフ。すかさず私は大学生だと答える。ああ、帰ろうと思っていたのにこのざまだ。グラスに残るウイスキーは少ない。アレキサンダーを頼み、話を続ける。
 彼も芸術系大学に所属していたらしい。中退したそうだが。よく名前を聞くその大学のことを思い浮かべると、思いついたのは友人のことであった。
 歌を歌い、ギターを弾く、歳上の友人。帰り道は彼の声をイヤホンから聞きたいとぼんやり思った。
 ラフロイグの瓶が美しい。ちゃちいスピーカーから流れるよくある有線放送のジャズが耳障りだ。
 甘ったるいココアのような目の前のグラスを飲み干したら帰ろう。その前に火をつけてしまった愛おしい煙草を大事に吸おう。明日からまた現実が始まる。

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