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【読書コント】僕の人生が変わった日

ここはとある10階建てビルの屋上。

今まで生きてきた中で良いことなんて何もなかった。学生時代はいつもいじめられ、社会人になってからは毎日怒られてばかり。もちろん、生まれてから30年間女性とは付き合ったことすらない。もっと言えば話したことも片手で数えるほどだ。「生まれ変われば、もっといい人生かも」数年前からそんなことを考えるようになっていた。

そんな私は今、この屋上から飛び降りようとしている。仕事も辞めさせられることになり、生きる意味を見失ったからだ。

私:「もう、そろそろだな。」

震えながら吸っているタバコはこの世最後の一服。「この一服が終わったらここから飛び降りる。」そう事前に決めたいた。今まで自分で決めたルールをちゃんと守ったことはなかったけど、今回だけは絶対守る。そう決めている。

私:「よし。いこう。次の人生は素敵な人生になりますように。」

そう願いながら、勇気を持って私は飛び降りた。落下するのは一瞬のはずなのに私にはとてもゆっくりに感じた。落ちている間は聞いていた通り昔の思い出が走馬灯のように流れた。小学校の運動会のかけっこで1等賞をとった時、中学校の部活で優勝した時、就職活動で内定を貰った時。そんな記憶のなかで最後に思ったことは「お父さんとお母さんに最後に会いにいけばよかったかな。二人には幸せになって欲しいな。」だった。そう思った瞬間、私の周りは光に包まれた。


カン。カンッ。

木を打ち付けたような乾いた音が2回ほど聞こえて私は目を覚ました。

私:「ここは・・・?」

?:「開廷します。」

周りを見渡すとドラマで見た裁判所のような場所に私はいた。目の前の裁判長のようなところに1人。そして、左に一人、右に一人。そして中央に私。この空間には合計4人が存在していた。

裁判長:それでは審議を始めます。

私:待ってください!審議っていったい何のことでしょうか。

裁判長:今からあなたの人生を総合的に判定して天国か地獄にどちらに行くのかを判断します。あなたから見て左側にいるのが地獄行きの推薦人。

左には見るからに凄腕というようなオーラをまとった地獄行きの推薦人。高身長、イケメン、有名ブランドのスーツ、高価な腕時計をつけている。自分とは住む世界が違う人間だなと一目で分かった。

裁判長:そして、右側にいるのが牢獄行きの推薦人。

私:地獄と牢獄?合ってますその2択?

裁判長:気づくね~。やるね~。It's裁判長ジョ~ク。

両手をY字型に挙げてハイテンションで裁判長ジョ~クと裁判長が言った瞬間、この空間の空気が止まった感じがした。私はいきなり裁判所で目をさましてから裁判長ジョ~クまで、展開が早く混乱していたが、空気が止まったことで良い意味で落ち着きを取り戻すことが出来た。1つわかったことは裁判長は陽気な人だということ。1つ私だけが気づいた事実としては地獄行き推薦人が裁判長ジョ~クにほんのり舌打ちをしていた。

裁判長:君、よく気付いたね。最近はみんな気づかなくて・・・

私:その場合どうするんですか?

裁判長:えっ。もちろん、地獄か牢獄かに送るよ。ここ裁判所だもん。決定絶対だもん。だもん。だもん。

裁判長はまっすぐに私を見ていた。そのまっすぐなまなざしからこの人は本気でそのことが悪いとは思っていないらしい。無邪気は怖いものだなと思った。そして最後の余分な2つの「だもん」は聞き流すことにした。

裁判長:ごめんね。改めて紹介します。君から見て右側の人が天国行きの推薦人です。

右を見ると、ただのおじいちゃんが座っていた。髪の毛もぼさぼさ、髭ものびっぱなし、そしてなぜか何もない上空をぼんやり眺めていた。誰がどう見ても地獄行きの推薦人が圧倒的有利だと感じた。

裁判長:それぞれがプレゼンして私があなたの行く先を決定します。

私:あっ。すいません。天国行きの推薦人がどこか遠くを見ているのですが

裁判長:あっ。気になっちゃった?

私:・・・はぁ。私を天国に連れて行ってくれるかもしれない人なので。

裁判長:気になる?気になる?それ聞いちゃう?

しつこいなと感じた。気になると言おうものなら、もっと長く絡まれそうな気がした。だから聞くのを諦めた。

私:いや。やっぱ大丈夫です。

裁判長:聞かないんかーい!

大阪のバラエティー番組のように裁判長は椅子からころげ落ちた。面白いとは思わなかったが、裁判長は陽気な人なんだなと再び感じた。

裁判長:さっ。始めましょうか。では地獄行きの推薦人からお願いします。

地獄行きの推薦人:はい。私が地獄に推薦したい理由ですが、ここに来た年齢が30歳という若さであった点。そして自らの意思で来たという点。そして、ゲームのリセット感覚で次の人生を始めようとした点。以上より地獄行きを推薦します。

要点だけの言葉はどれも私の心に刺さった。特にゲームのリセット感覚という言葉はまさにその通りだと感じ自分の甘い感覚を後悔した。

裁判長:ご本人自身。今の陳述に間違いはありましたか。

私:ありません・・・

今ので地獄行きが近づいた気がした。何か反論をしたかったが、何もできなかった。今できることはただ一つ、天国行きの推薦人のおじさんに期待することだけだった。

裁判長:では次に天国行き推薦人お願いします。

天国行きの推薦人:・・・・

天国行き推薦人は上を向けていた顔を裁判長の方へ向けた。そして口をほんの~り開けた気がした。そこからは何も動かずしゃべらずで、しばし沈黙の時間が流れた。

裁判長:天国行きの推薦人。お仕事のお時間ですよ!

天国行き推薦人は改めて話しかけられたことで口が動き始めていた。

天国行きの推薦人:・・・っごっごっご。

口は動いていたようだったが、何を言っているのか、伝わらなかった。

裁判長:ありがとうございます。よく言えました。ご本人自身。今の陳述に間違いはありましたか。

私:えっ?

裁判長:だから、今の陳述に間違いはありましたか。

私:今、何言ったかわたったんですか?

裁判長:わかりましたよ。

私:っごっごっごしか聞こえなかったのですが。

裁判長:集中してちゃんと聞いていてもらえますか?

私:こっちの問題なんですか?彼の問題な気もするのですが。

裁判長:天国行きの推薦人も仕事終わった感じ出しているよ。

天国行きの推薦人のおじいちゃんの方を見ると、帽子をかぶり、書類を整理して帰り支度を始めていた。

私:いやいや!「っごっごっご」だけでめちゃくちゃ仕事した気になってません?地獄行き推薦人の方の陳述聞きました?天と地の差がありましたよね。

裁判長:天国と地獄だけにね!

私は瞬時に裁判長をにらみつけた。裁判長は私にごめんっと言わんばかりに舌をちょっと出して両肩を少し上げてみせた。古くもあったがコミカルな動きに私は何も言うことが出来なかった。

裁判長:まぁ。翻訳すると「おばあちゃんに席を譲った回数9回」「財布を拾って交番に届けた回数3回」「学校の掃除をさぼった回数0回」だね。

私:「っごっごっご」と長さ合わないと思うんですけど・・・

裁判長:1つの「っご」に1つの良いことが含まれてるからね。平均1回の「っご」が主流だから3回は良くやったよ。今日は天国行きの推薦人は良い仕事したよ。

そういって裁判長は天国行きの推薦人に左手の親指を挙げた。天国行きの推薦人は裁判長に向けて手でキツネを作ってそれを上に掲げた。きっとお互い相手の気持ちをわかっていないだろう。けど、2人とも楽しそうだ。無論、その間も地獄行きの推薦人は真顔で座っていた。

裁判長:以上で判決に入りますが。何かありますか?

私:・・・・・

裁判長の言葉は聞こえていた。その時、私は今までの人生のことを思い返した。特に地獄行きの推薦人から言われた「ゲームのリセット感覚」という言葉が響いていた。まだ人生でやるべきことがあったと心の底から後悔をしていた。

私:3つしか良いことを出来ない人生でしたが、とても後悔してます。このまま地獄に行くかもしれないんですけど、そこで自分のできることを逃げずにリセットせずに頑張りたいと思います。

思ったことを言えてすっきりした。今までは負けっぱなしの人生だったけど、これからは変わろう。そう思えた。裁判長は嬉しそうに微笑んでいる。天国行きの推薦人は両手でキツネを作ってこちらに向けている。頑張れよと伝えたいと勝手に思うことにする。地獄行きの推薦人を見るとほんの少しだけうなずいてくれえている気がした。

裁判長:わかりました。全員、注目。

全員が裁判長を見つめる。そして、しばし数秒の沈黙のあと、

裁判長:判決を与える。君には現世に戻ることを命ずる。

男:えっ?

裁判長:辛いことも多いとは思うけど、君はまだやることがある。だから今の言葉を忘れずに頑張るように。以上これにて閉廷します。

カン。カンッ。


気づくと私は飛び降りたはずのビルの屋上に立っていた。夢のような気もするし。あの裁判所のことはリアルに感じすぎて夢じゃない気もするし。。。

けど、もう私の心に飛び降りるという選択肢はない。

まずは両親に久しぶりに会いに行って感謝を伝えよう。そして出来ることを一つずつやっていこう。

そんな決意を持って私はビルの階段の小走りで下って行った。

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