【500文字 ショートストーリー】 万年床の子供時代
ランドセルをソファーの上に投げ、和室の引き戸を開けた。もう夕方近くというのにカーテンは閉めたままだった。
陽の当たらない布団の中に母がいた。僕の家は万年床だった。精神病を患っていた母は、今日も寝ていた。
髪はボサボサで、いつも同じ寝間着を着ていた。「ごめんね。寝てばかりで。」母から悲しそうに謝られるのが子供心に切なかった。
テストで悪い点を取ったこと、先生に叱られたこと、友達にからかわれたこと、
母に慰めて欲しいことはたくさんあったけど、僕の話は胸の奥にしまった。家に帰るとますます惨めな気がした。
「たくさん寝れば良くなるよ」僕は無理して明るく振る舞った。
本当は、「ああ、どうしてうちの母さんは寝てばかりいるんだ。」本当は愚痴をうんとこぼしたかった。
中学2年の初夏、母の病気は治った。「ただいま」と家に帰ると、和室のカーテンが勢いよく開かれ、風に揺れていた。午後の太陽の光が畳の上に伸びていた。この部屋で畳を見るのいつ以来だろう。僕はこの上なく幸せに感じた。
パン、パン、パン。ベランダから、母が布団を叩く音が聞こえてきた。元気そうに働く母を見て、僕はただ嬉しかった。
「あんたには苦労かけたわね。本当にありがとう。」
僕はなんと答えればいいのかわからなかった。照れたのを隠しながら押入れの中に布団をしまうのを手伝った。
5月の風は、ゆっくりと部屋の中を吹き抜けていった。
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