マガジンのカバー画像

書評など

5
運営しているクリエイター

記事一覧

大口玲子『自由』書評

大口玲子『自由』書評

 近年、特に『トリサンナイタ』以降コンスタントに歌集を刊行している大口の第七歌集。本書にて第四十八回日本歌人クラブ賞を受賞している。
 本書は「まえがきにかえて」という言葉を添えた「風のごとくじぶんは」という自己紹介の一連から始まり、平成以降の大口の歩みをまず見せてくれる。

 詞書に二〇〇六年、二〇一一年とある二首。「風のごとく」という章題は自由の象徴とも言えるような風にみずからをなぞらえたかに

もっとみる
終わりへと挑む~岡井隆『鉄の蜜蜂』解題

終わりへと挑む~岡井隆『鉄の蜜蜂』解題

『鉄の蜜蜂』は二〇一八年一月に角川書店から刊行された第三十四歌集。生前最後に出された歌集となる。黒一色の表紙を、斜めに裁断された白そして黒のカバーが違いちがいに覆い、その上にタイトルがくすんだ金色で箔押しされている。帯はなく、その横には本書を「甘美なる挑戦状」とする煽り文が印字されており、装幀の重厚さも相まって手にするだけで緊張感を生む歌集となっている。

 本歌集は二章構成であり、Ⅰ章は歌誌「未

もっとみる
生と死のあわいにて響く~岡井隆『暮れてゆくバッハ』解題

生と死のあわいにて響く~岡井隆『暮れてゆくバッハ』解題

『暮れてゆくバッハ』は二〇一五年七月に現代歌人シリーズの六冊目として書肆侃侃房から刊行された歌集。歌誌「未来」および短歌総合誌や雑誌に掲載された作品を中心に、未発表の作品も含めておよそ編年体になっている。

 近年注目を集める出版社が力を入れて展開するシリーズの一冊としての刊行であり、新たな読者の出会いを意識したものか、これまでの歌集にはない特色が見て取れる。「花と葉と実の絵に添へて」の章などはそ

もっとみる
しんとあかるい〜小林久美子『アンヌのいた部屋』書評

しんとあかるい〜小林久美子『アンヌのいた部屋』書評

 歌集を手に取ったときにまず驚いたのは、その風体の軽さだった。空気のようだ、と思いながら砂の色の表紙を明かりの元で傾けると、黒の箔押しで記された書名と作者名が硬質的な輝きを帯びてきらりと光った。
 導かれるようにして、歌集を開く。歌は、三行書きか四行書きになっていて、見開きに四首。五七五七七のリズム通りではなく、あくまでも言葉が切れるところで改行がなされている。

  とうめいな器と真水
  くも

もっとみる

はかなき寄辺をはなれて〜大辻隆弘『景徳鎮』書評

 前歌集『汀暮抄』から五年、大辻隆弘の第八歌集『景徳鎮』が刊行された。一見平明にも思える歌のかずかずをよく見てみれば確かな技巧が幾重にも重ねられており、深みを増した文体とともに独自の境地へ辿り着こうとしているようである。
 五十代後半の茂吉について思いを巡らせたり、その茂吉の本歌取りをしたりと、どこか自身の年齢を意識している印象のある本歌集であるが、背景としてやはり死を前にした父の姿があるだろう。

もっとみる