電波マックス療法

昔の地下鉄は駅の中は電波が通っていたが、トンネルに入ると圏外になっていた。駅の人の気配がする明るさとトンネルの暗闇の心細さは電波の強弱とともにコントラストを強めていく。「地下鉄に乗っていて電話に気づきませんでした。」という言い訳もあった通り地下鉄というのはオフラインの世界だった。

ネットにつながっていない自分を省みると何にもないんだなとじんわり思ってくる。実際はそうではないのだが、なんだか心の拠り所がなく蒼白としてしまう。何か別のものに考える関心が向かないと、寄る辺ない自分への入れ子の思考が始まり、落ち着かなくなる。ネットでは好きなものを見ることができるが、都内の地下だとそうはいかない。常にネットに繋がる生活になってから現れた寂しさ。


移動中にたまにyoutubeを見ることがあって、場所によっては通信状況が悪く、帯域が狭くなる時がある。そういうときはいままで見ていたyoutubeの映像は途端に悪くなる。画質は下がりドットが滲んだようになってもやがかかったようになる。音質も下がってまるで耳をふさがれたようにこもったような音になる。映像が滲み音がぼやけるのを見ているとなんだか水中の中でyoutubeを見ているようで少し息苦しさを感じる。

あまりにも長くネットに接してしまったため、一種の神経過敏のように電波の強弱に敏感になってしまったようだ。そんな症状を背負って私たちは老いてゆく。

それでいつか自分の足腰では立てないようになり、介護が必要な年齢になってくるかもしれない。日に日に迫ってくる老化に抗うことはできないが、おじいちゃんおばあちゃんが元気になったエピソードの中で、その人たちが当時20代だった頃の映像を見せたり、現役の頃に使っていた仕事道具を持たせると、その頃の自分が乗り移ったかのように車椅子だった人が杖なしで歩けるようになったり、ハキハキと喋り出すという効果が見られるらしい。自分がよぼよぼのおじいちゃんになったらバリ3の表示や●●●●●になっている携帯を渡してもらうと元気になるかもしれない。もはや電波がマックスまできている表示を眼球に埋め込んだ方で常に万能感を持つようにする治療もあるかもしれない。電波マックス療法。



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