「老人が苦手な」老人

 仕事をやっている真っ最中、部長や局長からの紹介で古参のスタッフを受け入れるコトが何度もあった。
 「メンド~臭いなあ。生産性や効果よりも余分な事に気づかいしなくてはならない」と常に思っていた。
 イベントの現場を歩き回り、時には走る体力などまず無い。キャリアだけは豊富なので「あれがダメ、これがダメ」という説教ばかりが多い。
 あんまり邪魔にするとカワイソウなので、必要も無い会議を設定してガス抜きしてもらう。

 ハッキリ言って、居るだけでウットーしかった。仕事の現場は30代と40代が仕切っている。50代はすでに管理職なので、ほぼ何もしていないに等しい。業務は愚痴の聞き役と、トラブルが発生した時の謝罪係だ。

 そんなイーズカが今や、まぎれも無い老人である。体力があっても、現場にしゃしゃり出ればウットーしいことは間違いない。マンション管理人や老人ホーム送迎運転手は隠居仕事としては悪くないと思う。若い連中の仕事を邪魔しない。

 別に「老人は働くな」と言っている訳ではない。利益だとか生産性だとかイノベーションだとかいう世界から解放されて、好きなように生き、生活保護でも何でも使えばよい。無駄な武器やカジノや博覧会に使う予算を、待ったなしの福祉予算に強制的に振り替えさせる。

 会社は50歳定年制を導入すべきだと思う。政府も「65歳まで雇用を継続せよ」などと企業に責任を押し付けるのではなく、50歳以降の「稼ぎ口」を創出すべきだ。

 「それでは家のローンが払えない」との声には、東京圏のように無意味に土地代が高い場所に家を買うのが間違っている、と言うしかない。家のローンなどに縛られていると、人生を台無しにしてしまう。直下地震などに襲われたら、一瞬にしてパーである。

 ただ「50歳以降をどう生きるか」という哲学が必要だと思う。国の福祉政策を最大限に利用しながら何をするべきか。若者や現役世代に説教を垂れずに「生きる術」は何処にあるのか。

 もはや「老人が苦手だ」などと言っていられない。日本と言う国は3割が老人だという現実がある。この世代が自活してハッピーになれば、世界史にも稀な「豊かなクニ」になれるだろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?