消費者側から見たコンテンツ論(追記:2015/09/16)

本や雑誌の紙媒体やwebなど、コンテンツに触れる機会は昔に比べると格段に増えている。無料でコンテンツに触れることができる機会が多くなったのは間違いない。また、ブログなどで発信する立場になることも簡単な、世の中になった。こうやって今も手軽にテキストを世界中に発信している。自分はコンテンツを消費する立場の人間だ。あくまで消費する側の立場で好き嫌いを勝手に語ってみたい。

コンテンツでお金儲けは悪いことなのか?

文章・映像・画像・音楽などコンテンツを拡散する際に、ネックになるのが「コンテンツでお金を儲けるのか」ということではないだろうか。技術立国と言われる日本で、製品製造技術は「お金儲け」ということに対し寛容な気運がある。しかし、芸術に関しては理解があまりない気がする。あっても、数十年たった後に評価されることが多いのではないか。

大きな事を言えば、農耕民族なので「元」(種)があり、手をかけて育て実り、「収穫」する。しかし、ことコンテンツに関しては。元がなく濡れ手に粟という感覚が跋扈しており、「コンテンツでお金を稼ぐ」=「悪いこと」という認識が流布している。
自分はライターに近いことをしたりしているが。単語1つ選ぶのも結構考える。分かりやすく伝わる言葉は、なかなか見つからないものだ。
きっと絵を描く人も映像を作る人も同じ苦労、数倍大きい苦労をしているのではないだろうか。

だか、コンテンツを消費する立ち場にも立てる自分は、「お金の匂いがするコンテンツ」は全力で避ける。お金が取れないコンテンツは継続できない事は重々承知だ。
しかし、コンテンツを消費する人に対して、「お金の匂いがしない面白コンテンツ」が一番刺さると思っている。
少なくとも自分はその嗅覚でコンテンツを取り捨てしている。

もう、「お金の匂いがしない」という条件はレギュレーションで、そのレギュレーションに合わないコンテンツは淘汰されるサービスなのかなと思う。

責任回避の様に思われても仕方がないが、あくまで個人的意見だ。

ただ、「お金の匂いがしないコンテンツ」というのは、取材者自身が興味があり、取材対象に敬意を持つことができるか、だと思っている。少なくとも自分はそう感じている。

コンテンツは人々の「好奇心」という、原泉が枯れるまで続けることのできる産業だ。一時的な利益を抑えるため、メディアを食いつぶさないてほしい。

ライターとしても消費者としても、切に切に願う。

追伸

コンテンツをどうしたいのか、結論が、ないとの指摘をいただきました。再度読み直しいただきました意見の通りでしたので、追伸させていただきます。


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結論:結局何か言いたいの?

繰り返しになるがライターなど文筆者であれば「取材者自身が興味があり、取材対象に敬意を持つこと」、美術制作者であれば「創作物に興味があり、創作物に敬意を持てること」が必須の条件と考える。

しかし、「制作者側の興味・敬意」と「クライアントや実際にそのコンテンツを消費する人」が合致しないことが多い。そうなると、制作したコンテンツが「売れない」ことになり、制作者は「食っていけない」ことになる。

この矛盾を埋めるためにはコンテンツ製作者側が、「何にでも興味を持ち・対象に敬意を払う」ことのできる好奇心と知識を持つ必要があるのだ。

自分もライターに近いことをしているので、この結論をいつも考えながら文字を1文字ずつ並べていきたいと思う。


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Kei Ikarashi

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