見出し画像

完全教祖マニュアルを読んで思うこと

完全教祖マニュアル
加神恭介/辰巳一世(著)

宗教がどういうものかを読んだり聞いたり調べたりしてましたが、作る側の考え方の本がマニュアルとして売られていました。教祖になる、というのは半分ネタで、割とビジネスに役立つ内容だと思っています、と紹介もされていたので、読んでみることにしました。買った理由は、その紹介文が半分ととタイトルに釣られたのが半分です。

教祖マニュアル感ただよう表紙です。

どんな本か

「圧倒的少数派とは思いますが、本書を知的好奇心から手に取った方にもそれなりに得るところのある本だと思っています。「作る側」からの視点で宗教現象を解説した書籍はこれまであまりなかったからです。筆者も「作る側」の視点に立つことで、今まで不合理や理不尽なだけだと思っていたアレやコレやが、意外と機能的なことに気づいてびっくりしたものです。」

ということなので、知的好奇心で読もうと思った多くの人も気づきを得られる本です。面白おかしく書かれていて「!」の多さに悪ふざけ感?ネタ感?を感じますが、教祖になる方法以外にも、宗教の成り立ちや宗教を構成している要素、そして宗教とはなにかについて知ることができます。

筆者の教え

教祖のお仕事は人をハッピーにすることです。教祖はいろんな状況に対して、ケースバイケースで対応し、人々にハッピーを与えていたのです。どうやってハッピーを与えていたかというと、彼らは人々に世界を解釈する斬新な方法を与えていたのです。世界をどう解釈したらハッピーに生きていけるか、人によって違います。自分がハッピーになれるものを選べば良いのです。その選択肢の一つを与えること、つまり、あなたなりの世界解釈を解くことなのです。

本書は雑多なソースから得た知識を筆者なりに取捨選択し、「この情報はきっと正しいだろう」と信じるものを集めて構成されたものです。そのため本書は宗教現象に対する筆者なりの一つの解釈と言えます。つまり、本書もまた一つの宗教であり、筆者もまた一人の教祖として、皆さんのハッピーを願ってやまない者なのです。

教祖は決して難しいものではありません。本書を読めば誰でも簡単に教祖になることができます。皆さん、本書を信じて、本書の指針のままに行動してください。本書の教えを遵守すれば、きっと明るい教祖ライフが開けるでしょう。本書を信じるのです。本書を信じなさい。本書を信じれば救われます。

読んでのまとめスケッチ

教祖になり方のまとめです。

読んでの感想

ただ知的好奇心から本書を読みましたが、教祖になる側の視点を知ることで避けたり、自分が陥らないようにする気づきを得られました。その知っておいた方が良いと思った箇所を紹介します。

日本人の宗教アレルギーは、逆に考えると、付け入る隙であるとも言えます。宗教を頭ごなしに嫌うあまり、宗教に対して無知なのです。知識がないということは、つまり、耐性がないということです。彼らは無菌室育ちで免疫がないのですから、これは狙い目というわけです。

P021 序章 キミも教祖になろう

教祖の思考から、宗教への免疫耐性を身につけたいところです。

科学自体は論理的かもしれませんが、私たちは非論理的に科学を信用し、それを利用しているのです。非論理的な信用は、つまり「信仰」ですよね。この意味で、科学は確かに宗教であると言えます。しかし、私たちはしばしば科学を「信仰」していることを忘れ、絶対的真理であるかのように錯覚してしまいます。

P122 第四章 教義を進化させよう

自分で証明したわけでもないし、新しい発見で覆ることもありえるので、宗教でも科学でも他の何でも教祖になりたい人以外は全体的真理があると考えない方が良さそうです。

本マニュアルは、自分個人として使う以外でも、組織や会社で置き換えても使えそうです。自分の意見を主張として、問題点を指摘し、共感する人に繋がりを考えてもらい、解決する。自分はリーダーとして牽引する、と考えると組織内でも組織外でもどちらでも活用できそうです。

宗教でのやり方同様に独立するためには、創設者になるためには既存の企業に入り、今に合っていないことを指摘して、形式主義に陥っていることを元にたどる主張をして、別企業として独立する、とか企業にも思考を飛ばせばいけそうです。マニュアルを他のことにも当てはめて考える演繹法的な思考といった感じです。

どっちがどっちだったかなとよくわからなくなる推論方法ですが、
・ある理論を他の事象にも当てはめて推論することを演繹法というようです。
・また、多くの情報を集めてそこから推論することを帰納法というようです。
上の聞いたことがある2つ以外の推論にアブダクションというものがあるそうです。

アブダクションという急にカタカナな推論方法は、日本語にすると仮設形成推論というそうです。数少ないサンプルで推論する、仮定するのがアブダクションだそうで、帰納法のように多くの情報ではない状態から仮定を形成して推論する考え方だと思います。

ここからはゆる言語学ラジオで聞いた話からですが、
・アブダクションと帰納は正解がない。
・演繹は新しい何かを見つけるには寄与しないため、知は増えない。
・人間の知を作り出すのは非論理的な推論である。
・その非論的な推論は帰納とアブダクションである。

その例として科学があげられていました。

ここからは私の推論ですが、科学は、現象を見て、仮説をたて、実験を行い、仮定の正しさを確認し、時には仮定を覆し、理論を組み上げていき、その理論をもとに別の現象を説明し、積み上げていくものだと考えました。

その中の前半がアブダクションで、途中からが帰納法で、最後が演繹法といった感じだろうなぁと思いました。

雑多なソースから取捨選択して帰納法的に作られたであろう本書を参考に、仕事にプライベートに演繹法的にその解釈を活用していくことで、結果自分自身がハッピーになれそうです。

そういう意味では本書はやっぱり宗教じゃないか!と思ってしまいました。さすが教祖(筆者)です。

演繹法的に利用してばっかりだとなんとなくも自分で考えたくなるので、今後はアブダクション的思考を身に付けたいと思います。気をつけることは、自分で考えたからといってその考えが絶対的真理だと考えず、あくまで仮定だと忘れないことだと思います。

その考え方だと教典(本書)に逆らっているので教祖にはなれないんですけどね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?