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団塊の世代はなぜ人口が多いのか?

note for life ⑴

1947年、48年、49年に産まれた人たちは、その突出した人口の多さゆえ「団塊の世代」と呼ばれる。この三年間だけ、その前後の年と比べて抜きん出て出生数が多い。誕生した赤ちゃんは年間270万人にも達する。団塊の世代とはすなわち、日本版ベビーブーマーである。しかしながら、アメリカのベビーブームが十年以上続いたのに対し、日本のベビーブームはわずか三年しか続かない。不可解なほどはかないブームだったのである。名前のごつい感じとは裏腹に、実は層の薄い「団塊」なのである。 

では、なぜ団塊の世代は人口が多いのかと世間に問えば、「日本が平和になって安心してセックスできるようになったから?」という適当な答えが返ってくるのが関の山だろう。もっとも、それ以前との比較においては確かにそのとおりである。1946年の上期に産まれたこどもが身ごもった頃はまだ戦時下である。安心してセックスできる状況などでは毛頭ない(…はずなのに命を得た彼らはちょっとすごい)。 

平和になって安心してセックスできるようになって以降の、ほんとうに戦争を知らない子どもたちの出生が始まるのは1946年の下期からである。したがって日本のベビーブーマー元年が1947年であることに異論の余地はない。

問題は、それ以後の、1950年以後との比較である。なぜ団塊の世代は、たった三年で絶えるのか?

ベビーブームがこの三年だけに集中するのはなぜか? なぜこの三年間だけ出生数が多いのか? どういうわけだかこれまで誰もまともに答えようとしてこなかった問いのようだが、ちょっと調べれば簡単に分かることだった。身も蓋もない。答えは明快。 

中絶がなかったからである。 

世界に先駆けて人工妊娠中絶を認める法律が成立し、それが本格的に運用されることになるのが1950年以降のことだ。団塊の世代が誕生していた当時はまだその法律は存在せず、ゆえに「できた」子は、もれなく産まれていたのである。できてしまったが、産まずに中絶するという選択肢が当時はなかったのである。団塊の世代とは、ただたんに「中絶がなかった時代」の申し子なのだ。中絶法がなかったどころか、刑法の堕胎罪が有効であったため、よしんば中絶したくともできなかったのである。 

中絶を認めたその法律とは「優生保護法」、現在の「母体保護法」である。 

優生保護法が成立するのは1948年7月13日であり、よって国の人口統計データに出生数と並んで中絶件数がはじめて報告されるのが1949年からということになる。ヤミ中絶はカウントされないから、1948年以前に国の公式データにおいて人工妊娠中絶という項目は存在しない。中絶は、ない。 

この法律が、「団塊」を強制終了させる。日本社会を劇的に変える。

「中絶を認めた」という解釈は適切ではない。女性の権利として中絶が認められたというのではなく、「人口を減らせ」という大号令のもと国策として「中絶をすすめた」のである。

中絶が公式に存在することになった最初の年、1949年の中絶件数は十万件あまりにのぼる。じゅうぶん大きな数字であると思うが、これが1949年と1952年の二度にわたる法改正を経て、驚くほど数字が跳ね上がる。

翌1950年の中絶件数は、初年度の三倍の32万件に急増している。出生数の13%に相当する三十万人を一年で失ったことで、この年をもって団塊の世代というベビーブームが終わりを告げるのは必然である。 

さらに驚くべきは、1953年には、その数は一気に百万の大台を超えてしまう。中絶法施行後たった四年にして、中絶件数は何と十倍になったのである。この数は、最近の年間出生数とほぼ同じ。度を超していると言わざるをえない。今になって冷静に考えれば狂気の沙汰と言うしかない(まして国が発表する公式の数字と実際の中絶件数との間には大きな開きがあることを関係者は誰も否定しない。実数はその三倍から五倍になるという説もある)。

ベビーブームが三年で過ぎ去った後、空前の中絶ブームがやってきたのである。まさしくこれが日本の戦後なのだ。日本の戦後を特徴づける主役は、わずか三年で終わったベビーブーマーではなく、その後に延々とつづく「中絶ブーマー」のほうである。

このロシアンルーレットのような熾烈なブームに乗り損ねたわれわれのことを、Abortion Survivorと呼ぶ。われわれは、中絶の生き残りである。一方、生き残りを賭けることもなく、ただ産まれるしかなかった団塊の世代は幸いである(ときに彼らが呆れるほど脳天気にみえるのはそのせいだろうか)。 

1957年には、(あくまでも国の公式のデータにおける)中絶件数の対出生比が70%を超える。十人が産まれるあいだに七人が中絶されるという苛酷な現実。こどもが「できた」数は、団塊の世代も、その後の時代もほとんど変わりはない。むしろ高度経済成長期を迎えるほど、その数は増えている。人は安心してセックスに励み、たくさん子宝にめぐまれたのである。しかし「できた」子の三分の二が中絶されるという現実が日常となる。それが日本の高度成長の正体である。 

「経済的理由」をもって中絶することを可能とする法律をいただくことによって、経済効率至上主義は家庭においても徹底されることになる。今の生活の自己都合の前に、都合の悪いこどもの未来が葬り去られるのが当たり前となる。人のいのちよりも経済を優先するという「人間以下」の選択に国レベルで甘んじてしまった日本人は、押しも押され「エコノミックアニマル」となる。 

中絶件数そのものは減っているとはいえ、われわれはいまだに戦後の中絶ブーマーを終わらせることができない。中絶ブームを引き起こしてしまった不幸なマインドセットから抜け出せないでいる。 

もし、この狂気の沙汰を生んだ法律がなかったなら、団塊の世代の当時のまま国の公式データにおいては中絶という項目が存在しないままだったら、単純計算で現在の日本の人口は二億人になっている。人口減少による国の存亡の危機など、ゆめゆめ考えるに及ばなかったのだ。(つづく)  

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