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つないでいく想い【6月17日 宮城県南三陸町〜気仙沼市】

モリウミアスでの体験の翌朝。いつもどおり一番に目覚めた私。強風でキャンピングカーは揺れている。娘はいつもよりもゆっくりとお目覚め。12時間寝て、スッキリしたかな。いい顔してる。

朝ごはんは、道の駅で買った野菜とさつま揚げ、お豆腐、そしてモリウミアスで購入した銀鮭のフレーク。娘も昨日の朝食でもりもり食べていた味。ご飯がすすむね。

食事の途中、思い出したようにモリウミアスでつくったお箸を出してくれた娘。パパ、ママ、こなつ、たすく、と、名前が書いてある。息子の分まで!さっそく使ってみると…使いやすい!!こう言っちゃなんだけど、意外に普通に使えるね。これからの旅で使っていこうね、ありがとう。

さて、今日は石巻から少しだけ北上して、南三陸町へ。身支度をして、まずは仙台の愛さんに紹介してもらった「南三陸藍 藍監査室」を訪ねることに。東京から移住した愛さんのお友だち・中村未來さんが、藍を育てるところから藍染め製品をつくっていて、体験もさせていただけるという。未來さんとの事前のやりとりでは、お天気を見て日時を決めてくださるなどあたたかなお人柄を感じ取ることができて、お会いするのがとても楽しみ。道の駅(地図のE)からの道のりは、山をひとつ越える感じ。新緑と青空の美しさにうっとりしながら車を走らせる。「木漏れ日の道」という名前も、いいね。

到着したのは、美しい清流の流れる山間にある小さな集落。新緑の茂る広い庭には薪が積まれていて、農具があり、山里の暮らしを感じる。その横の小さな小屋には、藍染で使ったらしいゴム手袋が干してある。

「こんにちはー!」と呼びかけると、未來さんが笑顔で迎えてくれた。娘もすぐになついて、息子もご機嫌。藍のお茶をいただきながら丁寧なレクチャーを受けて、さっそく藍染のスタート。

娘と私はTシャツ(私は手持ちのものを染めました)、主人はトートバッグを染めることに決定。まずはイメージする柄をつくるため、洗濯バサミやビー玉、紐などを付けていく。色を付けないところは、ジップロックでブロック。娘も未來さんにアドバイスをいただきながら、真剣な眼差しで作業。なんでも「つくる」のが好きな娘、こだわって何度もやり直した末、ようやく完成。私も、かなりこだわりましたよ。ふふ、こういうの、好き。

今度はエプロンを付けて、藍を煮出したお鍋の中へ。満遍なく染み渡るように、布を何度もモミモミ。5分後、絞って風に当てて酸化させる。これを3〜4回繰り返すと、徐々に藍の色が濃く染まっていくのがわかる。私はグラデーションにするため、少しずつ深く入れていった。

いい色合いになったところで、ピンや紐を外すと…わぁ、娘のTシャツ、かわいい模様になってる!

模様が入ったものを持って、今度は近くの清流へ。川でじゃぶじゃぶ洗い流します。この作業、冷たい水が心地よく、新緑も美しく、とっても気持ちいい!娘も長靴とゴム手袋着用で、じゃぶじゃぶ、じゃぶじゃぶ。

これを乾かせば、完成!洗濯しても、色落ちすることはないそう。私も思い通りの柄と色のTシャツが完成し、大満足。美しい色あいとほのかに漂う藍の香りにうっとり。素晴らしい体験をさせていただきました。

未來さんとは、藍染めしながら、いろいろなお話を交わした。震災後にボランティアとして東北に通うようになり、南三陸のまちに出会った未來さん。このまちの美しい自然や人のあたたかさに惹かれ、東京からの移住を決意したそう。最初は耕作放棄地で野菜をつくりはじめたとのことですが、野菜ならこのまちにはすでに熟練の農家さんがいる。だったら別のもので持続可能な地域経済の役に立つようなものをつくれないか、と仲間と考えていたときに、知人から藍の話を聞いたそう。育てやすさも手伝って、初年度からいきなり栽培に成功し、藍の栽培や藍染製品を通して地域の仕事をつくろうと「南三陸藍 藍監査室」を立ち上げた。今はこの工房でのワークショップを開催するほか、南三陸さんさん商店街の店舗や地域のマルシェでも商品を販売しているのだとか。なんと未來さんのお父様、お母様も南三陸に移住されていて、現在、一緒に暮らすための家をリノベーション中。これからはこの場所でゲストハウスやカフェも並行してやっていきたいという想いも聞かせてくださった。

この山間で、清流の音を聞きながら。南三陸を訪れる人々が集う場が思い浮かぶ。ワクワク。また私もそのときは、ここに滞在してみたいな。未來さん、本当にありがとうございました。またお会いしましょうね。

すっかりお腹も減ったので、南三陸さんさん商店街へ。3年前に訪れたときは仮設だったけど、移転してそれぞれのお店の中でもちゃんと食べられるようになっていた。相変わらずたくさんのお客さんで賑わっていて、「あのときこなつはまだ3歳だったよね」なんて話しながら、なんだかうれしくなる。今日は旬の名物「きらきらウニ丼」を食べたかったのだけど、前日からの強風で、大時化のため漁に出られず、今日はどの店も販売中止。とっても残念。旅はこういうこともあるんだなぁ。この日はウニは諦め、海鮮屋さんで丼ものや定食をいただいた。こちらもとっても美味しくて、結果的には大満足。でもいつか、ウニ丼を食べに来たい!また来ようね。

お腹もいっぱいになったので次の目的地へ向かう道中、立ち寄ったのはガソリンスタンド。実はここ、鶴岡でお世話になった「鈴木さくらんぼ園」の宮城良太さんのご両親が営むお店。宮城さんと旅の話をしていてそのことを知り、南三陸で給油をするならここで、と思っていた。給油ひとつでも、誰かの顔を思い浮かべると、なんだか気持ちが違うんだなぁ。残念ながらお父様は外出中でお会いできなかったけど、宮城さんがつないでくださったご縁に感謝。

南三陸にはもうひとつ、必ず訪れたい場所がある。それは、「平成の森」。野球場やキャンプ場、宿泊施設もある公園だが、ここに、私たちにとって大切な桜の木が植わっている。

震災後、私たちが住む茅ヶ崎市が南三陸に桜の木を植えるプロジェクトを立ち上げ、里親を募集していた。それを知った私たち、実は当時、私が初めて妊娠した子を流産した直後。待望の生命をお腹の中で失い、大きな悲しみとともに、それでも前を向いて生きていこうと決意していた。桜の里親になり、そこに掲げるプレートには、当時考えていた子どもの名前を刻んだ。初めてその木を見に行ったのは、3年ほど前。娘はまだ小さく、桜もまだまだ花をつけるほどには育っていなかった。今はもう少し、育っているのかな。道中、娘には改めてその話を伝え、0歳の息子も連れて、4人家族になってふたたびその木のもとへ。

あった、あった!以前よりも倍以上、大きくなり、この日は真っ赤な実も実っていた。「なんて読むの?」プレートに刻まれたローマ字表記に興味を持った娘には、お姉ちゃん(お兄ちゃん?)になるかもしれなかったその子の名前を伝えた。少し何かを考えていた娘、でも3年前とは違い、彼女の中に何か感じるものがあったのだろう。そのあとの車内で、「お腹の中で死んじゃったの?」「小さくなっちゃったの?」「なんで〇〇ってつけたの?」とあれこれ聞いてくれて、「こなつ、○○ちゃん生まれてほしかった。だって、おねえちゃんとおとうとがほしかったから」と伝えてくれた。「そうだね、ママも○○ちゃん生まれてほしかったな。でも、お腹のなかでいなくなっちゃっても、ずっとパパやママやこなつの中では生きているよね」。娘はうなずき、また何かを考えるような顔をしていた。また、あの木に、会いに来ようね。

旅の中での出会いからのつながり、過去の旅からのつながり、そして、いのちのつながり。いろんな想いをつないでいくような、そんな南三陸の時間に思いを馳せながら、夕方には気仙沼へ。港で海を見て、市場を見学して、レストランで夕食をとり、お風呂へ。

気仙沼プラザホテルで入浴したあと、今日も道の駅へ移動…と思っていたら。なんと、ホテルの方がキャンピングカーを見ていてくださり、駐車場での車中泊を許可してくださった。「トイレも24時間使ってください」と。わぁ、なんてあたたかいんだろう。丁寧にお礼を伝えて、そのまま車内の布団の中へ。心も身体もぬくぬく。支えられて、だれかとつながって、生きている。今日もすべてのつながりに、ありがとう。

あ、この日の夜は、満月でした。きれいだったな。とっても。




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池田美砂子

フリーランスライター・エディター、2人の子どものお母さん。人の言葉をありのままに聞くことで本質を見つめるインタビューがライフワーク。現在は主にウェブマガジン「greenz.jp」にて、「ほしい未来」のつくり手のみなさんの言葉を紡いでいます。

育休キャラバン 〜キャンピングカーで子連れ日本一周放浪の旅〜

2019年夏。家族4人、育休取って日本一周の旅路へ。0歳児と6歳児を連れて、キャンピングカーに乗って。家族の濃密な時間を、のんびり記録していきます。
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