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すれ違いラブワゴン

8人で「書く日、書くとき、書く場所で」という共同マガジンをやっています。今回は「始まりと途中と終わりの一文をが決まった文」 を書きました。

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「『あいのり』かよ。」
最後に聞いた彼女の言葉は、怒りというよりも、寂しさに満ちていた。
空中に消えていきそうなその声は、僕の鼓膜に大音量で届いた。

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「人の気持ちを考えましょう」
小学生の頃、毎年のように通信簿に書かれていた先生からのコメントは、30歳を目前にした今も、さまざまな人の表現を通して投げかけられる。

「もっと相手の気持ちとか考えた方がいいよ」と諭されるたびに、どうして僕が考えていないという前提なんだろう、と聞き流してきたけれど、さすがにこれだけ何度も言われるということは、もしかすると僕の方に原因があるのかもしれない。

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「本当に気づいてなかったの?」
僕たちが付き合うことになって初めて聞いた彼女の言葉は驚きに満ちていた。
「私けっこう頑張って、アピールしてたんだけど。」

そう話す彼女は、彼女がこれまで頑張ったポイントを淡々と提示した。
同じシフトに入れるよう僕の提出したシフト希望を毎月確認していたこと、僕の行きたがっていたライブのチケットをオークションサイトで落としたこと、終電をわざと逃したこと、飲み会の席で膝を何度もあてたこと。

「偶然かなと思ってた。」
「あのね、偶然が続いたときは必然を疑った方がいいよ。あと、膝と膝は偶然には当たらないと思う。」

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もちろん何の違和感もなかったわけではない。バイトに行けば彼女がいて、普通のルートでは手に入らないようなチケットを持っていて、駅までの道のり彼女の足取りは遅かった。

ただ、お金がなくてその代わりに運がとてもいい歩くのが苦手な女の子、という可能性はあったし、それは僕に好意を抱く確率よりは高いような気がしていた。

よくぶつかる膝にも気づいていたけど、ボディータッチの相場は上半身だと思っている僕からすれば、酔った状態でも膝でしか触れたくない対象なのかなとマイナスに思っていたくらいだった。

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「ドライブに行こうよ」
僕からの提案に、少し驚いたような彼女の表情からは、喜びが溢れていた。

<誕生日はデートに誘ったほうがいい>
友人からのアドバイスだった。「どうせすぐダメになるとは思うけれど、とりあえず頑張ってみなよ」と笑う彼の表情に苛立ちを覚えながらも、アドバイスを素直に受け止めることにしたのは、彼女のことが好きだったからなんだと思う。

<少し特別感を出したほうがいい。彼女の好きなものをさりげなく盛り込む。そのために日頃からチェックしておく、好きな色とか、行きたい場所とか。>
彼からのアドバイスは驚きが多かった。女性との関係を続けるためには、こんなにも多くのことを考えないといけないのかと辟易したし、もしこれが普通なんだとしたら、これまでの彼女からの「私のことを考えていない」という批判は完全に正しい。

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うまくいくと思ったドライブデートは、始まることもなく終わった。

日曜日の朝、彼女を家まで迎えに行く。冷えた空気が世界をより鮮やかにしていた。エントランスから出て来た彼女の表情は、世界のはじまりのように輝いている。

そこまではよかった。

手を振る僕に彼女が気がつく。彼女の表情から、お風呂の栓を抜いたときように輝きが消えていくのがわかった。何かを言おうとしてやめた彼女は冒頭の台詞を残してマンションに戻っていった。いとも簡単に世界はおわった。

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全てを満たしたはずなのになと、この日のために中古で買ったピンクのワゴン車の後部座席の窓を閉めながら不思議に思う。旅行中の運転をお願いしていた友人のポポがこっちを見ている。

準備を怠った訳ではない。下調べもバッチリ、のはずだった。友人のアドバイスにしたがって、彼女の情報はいろいろ聞き出していた。かわいい色が好き。大きな車が好き。一人よりも賑やかな方が好き。

「人の気持ちを考えましょう」小学校の先生の声がリフレインする。考えたつもりだったんだってば。あぁ、またやってしまった。

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書き始めは「『あいのり』かよ」、途中に入れるのは「膝と膝は偶然にはあたらないと思う」、書き終わりは「あぁ、またやってしまった」です。
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読んでいただき、ありがとうございました!