【やめない勇気と、始める勇気】

調子が悪いと隣の芝生が青く見えます。ひがみ根性が強くなったり、何かうまくいかないと他人のせいにしたくなります。自分よりいい思いをしていると腹が立ちます。自分にとって都合の良いことは当然の権利と思う反面、少しでも気に入らないと文句を言わずには収まらない。このような人が増えると世の中いろいろと息が詰まるようになります。朝の山手線に乗っていると、寛容とはほど遠い「不寛容社会」が、覆い尽くしている気がする時があります。


コスパ指向が加速され、何事にも短期的な損得だけで対応する人が過半数を超えている。積極的に仕事にチャレンジするよりは、コスパの良い事だけやろうと思うようになっているのではないでしょうか。チャレンジしようとすれば、膨大なエネルギーが必要だし、失敗したときのリスクも当然あります。競争している場合は、主導権争いで摩擦が生じたりもするでしょう。そうなると、とにかく組織や地域では「無難」が大事になってきます。職場や地域で批判されることが一番困るからです。そうやって隠れキリシタンのような一見人当たりの良い「後ろ向き・ステルス人」が増殖していきます。別名「滑車」ともいいます。つまり自分の動力は無く、右に左に回る滑車のような存在です。こういう「毒にも薬にもならない」、右顧左眄(うこさべん)な人が増えます。


こうなってくると、組織や地域の中で今までやってきたことでも、「ひょっとすると、あれは止めたほうがいいかもしれない」という空気が風圧のように肥大化していきます。


やがて、「それは部署の仕事としてやっていいのか」とか、「コンプライアンス規定に耐え切れるのか」という議論がマグマのように噴出します。いま現在やっていることは何かの理由があって始めたことであって、そのとき当然、規則の確認やなんらかのフィルターはかけられてきたはずなのに、「過反応」を引き起こすのです。日本人は「空気」を読むことが得意だから、見えない加速がついて行きます。


物事には、いわゆる黒に近い「グレー」もあるでしょう。年月が経って現状にそぐわなくなっているのもあるでしょう。効果がなくなってしまっているのもあるかもしれません。それなら止めたらいいと思います。


何か新しい事を始めようとしたときに、それは問題になるのではないかとか、時期尚早ではないかとかの意見が必ず出ます。
当たり前ですが、一歩前進するためには常に新たなチャレンジが必要です。今までと同じやり方では何も変わりません。むしろ後退している場合が多いと思います。新たなことを始めようとするのだから、摩擦があるのは当然です。絶対に問題がないと言い切れることなど殆どありません。何か言われるぐらいのことは覚悟しておけばいいのです。摩擦や問題を恐れていては一歩も前進できないこともまた事実なのです。失敗を恐れずにチャレンジを継続しなければ前進には、ほど遠いと思います。


一般に真面目と云われる人ほど慎重になる傾向があるのもまた事実です。自分が真面目だと思っている人は注意する必要があるのではないでしょうか。大体の場合、他人のことは良くわかりますけど、自分の事はよくわかりません。


決断が遅れ、適切な行動を逸することは良くあります。或いは若者たちの可能性や成長の芽を摘んでしまう場合もあるかもしれません。
だから「何か問題が起こるかもしれない」など、準備や予防に走りすぎてはいけません。真面目な人ほど、新しい事をダメにしてしまうものなのです。勤勉だから全てが良い訳ではありません。


明らかに違法であるものは論外ですけど、その他については始める勇気を持つことが大事だと思います。よそから絶対に何も言わせないと自信を持てるまで行動しないようではタイミングを失ってしまいます。物事にはタイミングと塩梅が必要です。それが違法であるとか。明確に非常識であるとか思われるものでない限り、とやかく言われることなど気にしなければいいのです。


ネット社会での「失敗」は永遠の排除を予感させます。検索から逃れられないからです。失敗が許されない時代だと言えるでしょう。若い人には荷が重い時代です。であればリセットしようとするのでは無く、ルールを変えてしまえばいい。「出る杭は打たれる」のなら「出過ぎて打てない杭」まで突き抜けるしかありません。「新しい市場のパイを広げる」そのためには「才能」と「努力」と「時間」が欠かせないでしょう。だからこそ「総力戦」で事に当たらねばなりません。「レアカード」どころか「持てるカード」のすべてを出し切って取り組まねば、想いを果たすことは出来ないのだと思います。


だから、止めない勇気と、始める勇気がとても大切だと思っています。
「ビビリ」や「臆病」は修正しましょう。「恥ずかしい」とか「意味の無いプライド」は捨てましょう。そして「困った時は、お互いさま」と言える「寛容」な時代への一歩を歩き出そうじゃありませんか。「挑戦」は「蛮勇」の為にあるのではありません。「しあわせ」を分かち合うための「一歩」だと思うのです。


悲観は感情であり、楽観は意志だと言います。
「まあ。ええやないの。やってみようやないの」
この街はそれを教えてくれました。
生きるとは、挑戦の連続であると。
やめない勇気と、始める勇気がとても大切だと。



この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

最後まで読んで頂きありがとうございます! また覗きにきてくださいね スキ♡を押していただけると励みになります コメントをいただけると嬉しいです 感想をツイートして頂ければもっと嬉しいです ありがたいなぁ。よい日をお過ごしください。

うう。涙脆くなりました
39

お気に入り3

noteで見つけたお気に入りについて。Part3
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。