チャイム

○森へ○

食欲 とめどなく吐き出される
ほしいものほしいだけ
とめどなく吐き出される
噴水のごとく
血に温められて

生きながらえていたい


○余韻○

始まってしまう。
嫌なことが始まる。
じわじわと近づいてくる。
始まってしまう。

______ビーーーーーーーーーッ!
定期試験1日目開始のチャイム。
目が覚めたら皆席を立っていた。
急いで自分も席を立ち、礼をし、着席する。
そしていつのまに眠ってしまって、気づいたら試験が終わっている。

気づいたら目的地を過ぎている。
目が覚めたら朝になっている。
その唐突さにいつも怯えている。

そして、追いつけないことをどうしようもなく理解できない。
いつも理解できないのだ。
不満足であることは当たり前なのにそれをどうしようもなく理解できなくて馬鹿みたいにもがいているのだ。

「受験生にもなってお前の相手なんてしてられるかよ!」
彼氏に今度映画を観に行こうと誘ったが切り捨てるように断られてしまった。
"お前と俺は違うんだよ"
そう言われたも同然だった。

半年後には本勝負の高校の入学試験がある。

私とふらふら遊んでる時間なんてない。

定期試験のチャイムの数だけ
私たちの運命が告げられる。
皆んなと私が離れ小島になる。

行くはずだった映画館へ行く途中、教会の鐘の音が微かに聞こえた。
音のする方へ、導かれるままに歩くと、こじんまりとしたキリスト教会があった。
結婚式場のチャペルで鳴らす鐘の音と同じ音だった。
幸せを知らせる音だ。

時が止まった空間で、私はただただ今の幸せが永遠であることを祈った。今の場所が天国であることを願った。
必死で祈っているうちに鐘の音は消えていた。いつもどこかで彷徨っている。
人から人へ 愛から愛へ 天国へ
いつもいつも彷徨っている。


"「死んだあとってどこへ行くと思う?」
22:39の森閑としたホテルの一室。
「死にたくなった?」

「違う。むしろ絶対死にたくない。」
椅子にもたれかかって疲れた顔で言い放つ。
「私が死んだら後を追ってくれる?」
「なんだよ急に」
「お互いおばあちゃんおじいちゃんになったらどっちが先に死ぬかな」
「そんな先のこと言うなよ」
"だってその時まで一緒にいるかなんて、わからないじゃないか…… "
映画の中の役者たちが言い放った。

聖書に書いてあることを全員が実現すれば世界は必ず平和になる。しかし世界には未だ争いが絶えない。当たり前だ。
そんな当たり前の事実に逆らって、私たちは必死に平和を望んでいるのだ。

"「洋子、どうしてそんなつまらないことを言うんだ?」
「…………」
「そんな深刻なことまで考えなくたって、俺らは今こうして愛し合ってるじゃないか」
「…………」
「沢山の愛をあげただろ?今日だって…」
「分かってるわよ!!」"
女優は灰皿を机に叩きつけた。

どうして神の国なんてものを実現しようとするのか。
どうして人生の非を、そして世界の非を、納得して受け止めて生きることができないのか。

"「じゃあ私死ぬわ」
「なんでそうなる!?」
「もう死ぬわよ!!!」
「やめろ!!死ぬことはないだろ!!なんでそんな馬鹿みたいなことになるんだよ!おい!!」
「私は真剣に考えて言ってるのよ!なんで止められなきゃいけないのよ!!なんで否定されなきゃいけないのよ!!なんでこんな世界で生き続けなきゃいけないのよ!」"
そして女優は誤って恋人役の俳優を刺してしまう。女優が呆然と立ち尽くしている状態でその映画は終わった。

彼女にとってはバカなことでもなんでもなかったのだ。

雄太は私を完全に避けるようになった。
当たり前だ。
勉強のできる彼が、勉強のできない私と一緒にいて楽しいわけがない。
勉強のできる女の子と一緒にいたいに決まっている。
極々自然なことだ。でもそんな自然なことに、強烈な反感と悲しみを覚えている。

そしてあんな暗い部屋で馬鹿みたいに泣きじゃくったのだ。
「当たり前のことじゃん。バカだな」
兄は私を鼻で笑った。
そしてやっぱり
「結果が全ての世の中」と言うのだ。

明日からの定期試験が終わったら、デートに誘ってもいいだろうか。

"「ほんとはね、こんな風に生まれたかったわけじゃないんだ。雄太に愛されるために生まれてきた人間として生まれてきたかった。」

私たちが不釣り合いなのは自明。
ただどうしても、なんとしてでも、繋がれていたかった。同じ血を分け合うくらいに、ずっとずっと同じ運命でいたかった。
高いおもちゃを買ってほしい子供みたいだった。

「ごめん。別れよ」
終わりを告げる音がした。"
______キーンコーンカーンコーン

目が覚めたら丁度授業が終わった。
現実味のありすぎる夢だ。
「入試まであと三ヶ月!ラストスパート頑張りましょう!!」
先生の声がぼんやりと聞こえる。


「嫌だ……」
誰にも聞こえない声で吐いた。
机に頭を突っ伏したまま誰に見えない涙を垂らした。

あの教会の鐘を鳴らすのは
試験開始のチャイムを鳴らすのは
私でも雄太でも先生でもない。

______ゴーーーーン ゴーーーーン
私の未来を決めるのは私じゃない。
でも、
______キーンコーンカーンコーン
私の感情は何にも従えない。

「勉強どう?」
隣の席の男が最近よく話しかけてくる。
「全然だけど」
「やっぱそうだよなー!皆頭おかしーよな!」
久しぶりに共感できる人間がいたと思った。
ふたりで一緒に帰って、ファミレスでご飯を食べたりしていた。そのあと真っ直ぐ帰ろうと思ったのに、公園へ寄ろうと急に馴れ馴れしく肩を組まれた。
薄汚いベンチの上で2人で身を寄せ合った。
誰もいない冷え切った薄暗い冬の公園。ふたりだけこの世界の遠い遠い端っこにいるみたいだ。
頭を撫でられて、特別な存在に置かれているような気がした。ああ、わたしのことを手の内に入れたいんだな。愛してみたいんだなって。
でも、誰もわたしのことなんて支配できないし誰もわたしのことなんて愛せない。
わたしはわたしだけのテリトリーでしか息なんかできない。
ずっと同じ時間で生きるなんて無理でしょ?

あなたはわたしを所有したつもりでも、わたしは簡単にどこかへ行けちゃうんだよ?
永遠に繋いでおけることなんて無いでしょ?
だから雄太のことだって。
______ゴーーーーン
教会から微かに鐘の音が聞こえる。
この鐘の音だってちょっとしたら消える。
わたしだって気づいたらどこを探しても見つからないくらい遠くへ行ってると思うよ。
仮止めみたいなもんでしょ?全部。

「全部」

独り言が漏れそうになったとき、それを拭うように唇が塞がれた。
"「このキスだって、いつか何事も無かったかのうように消えちゃうんでしょ?」"
塞がれた気管支。
海に溺れたみたいに必死に呼吸を継いだ。
抗えない一方的な支配に、耐えきれず涙を流した。
"「こうなることくらい、分かっていたけど、でもどうしてもその事実が虚しくて、当たり前な事なのに悲しい」"
当たり前。

「当たり前なのに……」
塞がれた世界に、その言葉を吐く余地は無く、機能を奪われた舌が切なく横たわっていた。

あの教会の鐘
試験開始のチャイム
単調で無機質でまっすぐ突き刺さるあの音に
度胸もなく情けなく震え続けている。

世界の法則に従って、寂しくならないだけの処置を互いに施した。似た者同士がくっついて、傷を舐めあっている。だけど、私が本当に好きなのは、本当に愛されたかったのは。


幻聴なのか、教会の鐘の音が再び脳天を襲う。
違うのに。
何度も何度も襲われる。
違和感に埋もれながら時々傷の癒える感覚がある。
みっともない気持ち良さに身を任せている。
気持ち悪い人生だ。

"「ほんとはね、こんな風に生まれたかったわけじゃないんだ。雄太に愛されるために生まれてきた人間として生まれてきたかった。」

私たちが不釣り合いなのは自明。
ただどうしても、なんとしてでも、繋がれていたかった。同じ血を分け合うくらいに、同じ運命でいたかった。
高いおもちゃを買ってほしい子供みたいだった。

「ごめん。別れよ」
終わりを告げる音がした。"
______キーンコーンカーンコーン
「襲われる」
耳を塞いでいたら授業が終わった。
チャイムの音がふとした時に耳から離れなくなることがある。私の心の中で無駄に震え続けている。

「勉強どう?」
また今日もそうだ。
「全然だよ」

ふたりで手を繋いで帰った。
教会の鐘の音が微かに聞こえた。

______キーンコーンカーンコーン
またふたりで勉強のことを話した。

ふたりで同じ食べ物を食べた。
そして手を繋いで帰った。
違うのに。

______キーンコーンカーンコーン
またふたりでいた。
昼の時間も休み時間も帰りもずっとずっと一緒にいた。
勿論手を繋いで帰った。
気持ち悪い。

______キーンコーンカーンコーン

違う

______キーンコーンカーンコーン

馴染まない

______ゴーーーーーーン

運命なんかじゃない

__________キーンコーンカーンコーン
__________ゴーーーーーーン
__________キーンコーンカーンコーン
__________ゴーーーーーーン
ゴーーーーーーン
ゴーーーーーーン
ゴーーーーーーン
ゴーーーーーーン
「気持ち悪い」
耳鳴りに悩まされていた。
毎晩学校のチャイムの音と教会の鐘の音が入り混じった音が耳の奥で繰り返し鳴り続けているのだった。
「襲われる」
何度も何度も襲われる。
今日ふたりで食べたマックもタピオカもぜんぶ不本意だ。不本意の塊だ。不本意なもので血を流して不本意なものでできた身体。私の全てが神様にいいように遊ばれた残骸みたいなものだ。
どうして私はここで生きているのか。
隣の席の彼のため?やっぱり私はただの残骸?心は熱を帯びたまま残されているのに。

勇気を出して雄太に電話をかける。
____プルルルル プルルルル
______キーンコーンカーンコーン
____プルルルルプルルルル
______ゴーーーーーーンゴーーーーーーン
____プルルルルプルルルル
耳鳴りの音と更に入り混じって、余計に気分が悪くなってきたときに突然声が聞こえた。
「なに?」
「あのさ、テスト終わったから、デート、してくれない?」

どうしても脱却したかった。

「お前と付き合ってるつもりねえけど。山本と何でもしてる癖に」

______プーーッ プーーッ プーーッ


"「ほんとはね、こんな風に生まれたかったわけじゃないんだ。雄太に愛されるために生まれてきた人間として生まれてきたかった。」

私たちが不釣り合いなのは自明。
ただどうしても、なんとしてでも、繋がれていたかった。同じ血を分け合うくらいに、同じ運命でいたかった。
高いおもちゃを買ってほしい子供みたいだった。

「ごめん。別れよ」
終わりを告げる音がした。"
夢。
やっぱり私はあまりに子供だった。
止まらない耳鳴りの中、涙が一筋静かに垂れて床に落ちた。


______ビーーーーーーーーーッ!
ハッとしたときには入学試験は終わっていた。
良くも悪くも全て唐突に終わってしまう。
幸福も不幸も全て気まぐれに終わってしまう。
そして隣の席の彼と一緒にいる必要だってなくなった。


「愛されなきゃよかった」
その彼に、私は電話で告げ口をした。
「隣の席じゃなかったら、雄太と一緒にいれたかもしれない。もう別れて。」
どうしようもなく泣きじゃくる私に、不意にあっけらかんとした声が聞こえた。

「でもさ、後悔のない人生なんてないよ?」

その言葉に、一瞬心が静まったように思たけど、またどうしようもなく泣き始めた。
もう、全て終わった。
____プーーーーッ プーーーーッ

"「でもさ、後悔のない人生なんてないよ?」"
唐突に訪れた朝に、この言葉だけがぼんやりと残されていた。

始業式。
知らない人ばかりの教室。
目の前には新しい担任の先生。
何もかもリセットされた空間。
澄み切った緊張感。
若干大き過ぎる期待と
清々しいくらい痛気持ちい不安。
皆無言で窓の外を見たり時計を見たりしながら、
高校生活最初の始業のチャイムが鳴るのを待っている。

○戦場の天使たち○

毎日が玉砕のなかにある
白い光に包まれる
生と死の連続
私たちがものを食べて水を飲んで排泄して、再び何か食べたいと思うように、
今日も何かが無慈悲に連鎖している
私たちは何歳になっても
無駄に純粋である
ノコノコこんなめんどくさい生の道を歩んでいる
忠実に何かを探している
まっすぐ歩いてれば、いつか必ず幸せになれるって誰かが教えてくれた
でも、滑走路を離れた飛行機は爆破する
勢いよく出したタバコの煙もすぐに溶けてなくなる
私たちは無駄に純粋である
この坂の向こうにきっと安心して眠れる場所がある
そう信じて銃声の鳴り止まぬなかをこんなにもしゃんとして歩いている
そしてやっぱり今日も安心できる寝床を見つけられず、なんでもない木陰の下で怯えながら身を寄せ合っている
「でもね、互いの熱が合わさったとき、一瞬だけ、ここが居場所だって思えたの。天国だと思えたの。平和の鐘の音が微かに聞こえた気がする。」
永遠じゃなくてもいいから天国に行きたい
ずっとずっと天国に居たい
期限付きだっていい
どこかにいさせてよ

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