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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。

GOODBYEできない現実世界

専門学生の頃にたまたまお互いの利害が一致し、そこから一緒にゲームを作り始めた蟹井と熊手。
ふたりはそのまま就職せずにゲーム開発を続けるも、売り上げは乏しくなく…。

そんな冒頭から始まる「GOODBYE WORLD」を遊んでみた感想&考察記事になります。
ネタバレありますのでご注意を。

ちなみにタイトルは、プログラムを勉強する人なら必ず誰でも最初に「Hello World」という文字列を表示させられるのですが、そこから来ているのだと思います。

まずは登場人物から、
蟹井、通称カニちゃんはプログラム担当なのですが、まさしくプログラマーらしく(と言ったら失礼ですが…)コミュニケーションを取ることや感情を表に出すことが苦手、それでいてこだわりが強い女の子です。
度々、人前にも関わらずゲームボーイでゲームを遊んで自分の世界に閉じこもりがちです。
(そのゲームがチャプターごとの合間合間に実際にプレイできる)
熊手はグラフィック担当で、バイト先で正社員に誘われるほどには真面目で社交的でありながら、クリエイターらしく作品づくりに対する姿勢には芯のある感じの子です。この子もまさにアート系な性格。

そして、わたしが話したいのはネタバレの部分なので、ここからはネタバレありになります。



ゲームの売り上げが乏しくなくどんどんゲーム開発に熱意を失っていく蟹井を見かねて、熊手はバイト先で誘われていた正社員になることを決め、蟹井とのチームは辞めてゲーム作りから離れてしまいます。
ひとりになった蟹井は、最初はパブリッシャー(ゲームの販売を行う会社)にゲームを持ちこみ営業してみるのですが、『熊手のドット絵が魅力だったので、このゲームを内で出すことは出来ない』というようなことを言われ、結局上手くいかず…。
その後、蟹井は再度熊手に連絡を取って、作ったゲームを遊んでもらう約束をし、その時もう一度一緒にゲーム開発をしないか誘うつもりでいたのですが、当日熊手は来ませんでした。
緊急で就職先のカフェのシフトを変わる必要があり、ドタキャンしてしまうのです。
もう自分の居場所はないのだと、そこから次々と過去の辛い記憶に襲われた蟹井は部屋を飛び出します。
──後日、蟹井から連絡がないことを心配した熊手が蟹井の部屋を訪れますが、そこはもぬけの空でした。ベランダが開いていたので、ふと外に出てなんとなく下を覗き込むとそこには蟹井が…。

と、いう話なのですが(だいぶ端折りました。詳しい内容はゲームをプレイしてみてください)、エンドロール後にこの話は全てゲームの中の話で、実際には熊手と蟹井が作ったゲームだったというメタ視点が入ります。

蟹井「…こんなゲームで本当に大丈夫なわけ?」
熊手「大丈夫だよ」
蟹井「…」
熊手「…何か不満?」
蟹井「いやさ…なんで私死んじゃったみたいにされてるの?」

#13  エンドロール

蟹井が序盤で次回作のゲームのストーリーについて、こんな話をしています。

蟹井:
思いもよらないタイミングで主要人物が死んだり…
どんでん返しがあったり…
メタフィクションだったり…
そういうのじゃないと話題にならないって…

#3 向かない仕事

まさにこれを踏襲したのが、このゲームだったということです。

他にも、実際にはこのゲーム自体を言い表している台詞がいくつかあります。

蟹井:
…そもそもゲームをさ──
物語の添え物みたいに扱うのってどうなんだろ…

#3 向かない仕事

これは、チャプターごとに挟まるミニゲームのことを指しています。

パブリッシャーの人:
そもそも──
私が商品価値を感じたのは蟹井さんのゲームではなく──
熊手さんが描いたドット絵なんですよ

#7 無価値なゲーム

蟹井:
…賞が貰えたのは全部あんたのおかげだよ…熊手
審査員も見た目ばっかり褒めてたし──
ゲームの内容なんてどうでも良かったんだと思う

#8 いつかの約束

この2つは、このゲームが見た目重視かつ、それを売りにしていることを表していると言えるでしょう。

実際に、このゲームは1万本以上売れてます。
↓開発者さんのツイート

ゲーム内で「作りたいものを作る」という志を持ちながら、それではうまくいかず、でももがいていくというゲーム内の蟹井の姿と現実は反していて、作者もそれを分かっているところがとても皮肉な作品だなと思いました。
そして、この売り上げの数でまさに「ゲームが添え物になっているような作品でも、見た目とストーリー重視であれば売れてしまう」ことが証明されてしまいました。
なかなかにエグい作品だなあと思ったのですが、自分が観測した範囲だとそういう感想は見かけなかったのが意外でした。

「GOODBYE WORLD」とは、ゲーム内で生きることをやめてしまった蟹井のことではなく「作りたいものを作る」夢からさよならして、話題になるゲームを作った蟹井と熊手のことかもしれません。

と、勝手に「このゲームは皮肉の塊だ」的な感想を書きましたが、実際にはそんなことないのかも…と作者さんのこのコメントで思ったりしています。

実際、「作りたいものを作る」ことを別に非難している作品ではありません。
クリエイティブ業を生業としているなら、誰もが一度は感じる「作りたいものを作っても上手くいかない苦しみ(しかも、かつては上手くいったこともあるという体験込み)」に対する共感を軸に作られています。
また、過去のツイートを見る限り、作者さん的にはこの作品も「作りたいものを作った」結果らしいので、ある意味「あるある」の共有だったのかな…と思います。
また、ゲーム内にあるこの作品自体を揶揄するようなセリフはおそらく自己ツッコミのようなもので、開発中に「これはゲームと言えるのだろうか…?」と思って入れたものが、結果的に皮肉に見えてしまっている…のかもしれません。

個人的には、学生時代に違う学部の人に声をかけて素材を作ってもらったり、(賞はもらえませんでしたが)コンテストにも出したりしたことがあったので、少し懐かしい気持ちになりました。
この先、蟹井と熊田の2人はどんなゲームを作っていくのか、想像するしかないですが、楽しんでゲーム開発を続けていっていることを願うばかりです。
なぜなら、ゲームクリエイターにとってゲーム開発は、一生付き纏う呪いのようなものなので…。




*追記(2023/01/20)

集英社ゲームクリエイターズCAMPでの開発者さんインタビューを読んだのですが、開発者さんは基本プロデューサー視点でゲーム作りをしている方だなと思いました。
なぜなら最初のゲーム制作の動機が売り上げ目的ですし、その後も「開発を楽しむために作りたいものを作りつつ、売れるためにきちんと話題になるような要素を盛り込む」ようにしているからです。
(パブリッシャーがいるとはいえ)個人開発にも関わらず、発売前も後もここまで「GOODBYE WORLD」がメディアの取り上げられているのを見ても、かなりプロモーションが上手いのだなと思いました。

そして、その能力は蟹井と熊手のチームに明らかに足りないものでもあるのです。
そう思うと、やはりこのゲームはすごく残酷な作品に見えてしまいました。
キャラクターたちの性格が記号的だったのも納得です。

現実を生きるには、ただのレトロゲームの模倣ではダメなのです。
エモい雰囲気の画面作りや、共感を呼べるような内容、どんでん返しのストーリーがなくてはいけないのです。
実は、わたし自身はこのゲームについて、なんだかクリエイターに対する愛があんまり感じられないところがちょっと気に入っていなかったのですが…その答えがここにあったのだと分かってすっきりしました。

わたしとしては、いつかこの開発者さんが売れることをまったく意識していない、自分の心を丸裸にしたような作品を見てみたいです。
これからもゲームを出して売り上げがあがれば、そういう表現に挑戦することもあるかもしれません。
それに、そういうゲームが作れるのも、インディーゲームのいいところですから。