見出し画像

ヴィーガンと不殺生

生物進化の歴史は、食うか食われるかの厳しい生存競争の歴史である。可愛いワンちゃんや牛さんを食べるなんて私には出来ません。だけどベジタリアンでは、カロリーもタンパク質も足りません。人間の身体は、タンパク質つまり炭素で出来ている以上、殺生なしには自身の身体を維持できない。そこで仏教は苦肉の策として精進料理を開発した。殺生から不殺生へのパラダイムシフトの変更とは、鬼から神への進化であり、鬼子母神がその経緯を物語っている。人間とは、地獄から天国への通り道であり、悪魔が天使へと脱皮する途中経過に過ぎない。だから、人間とは中間存在なのであり、殺生から不殺生への過渡期の苦悩に他ならない。己の肉体を維持する為に他者の肉を喰らう自己矛盾こそが、肉食から菜食への苦渋の選択なのである。パンとぶどう酒が、血と肉の比喩である如く、肉体から霊体への霊的進化は、炭素に依存する人体をどうするかと言った根本問題を提起する。果たして悪魔は、天使へと改心可能なのか?人間の肉食と言う悪魔性を、人類はどうやって乗り越えられるのか?ヴィーガンの体調不良は、人類の悪魔性に由来する根本問題なのである。人間と言う過渡期は、中間存在として、どっちにも転びうる不安定極まる存在なのである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?