スタニスワフ・レム『短篇ベスト10』について

 星新一がエッセイで、ミステリとSFの違いについて、前者は収束を志向し、後者は拡散を志向すると書いていた。拡散という言葉はまさにレムの作品にぴったりではないかと、この本を読みながら思った。

 レムの作品においては、科学技術であれ、法律であれ、電化製品の販売競争であれ、一度何かが生じると、否が応でも拡大・発展が始まり、窮極の破綻にぶつかるまで加速は止まらない。物語はとめどなく飛び散っていき、不可知の領域は際限なく広がり続ける。宇宙のインフレーションを連想させるこのイメージは、未知の天体の謎をめぐる『ソラリス』や『天の声』に現れる。

 その一方で、複雑化すること自体が目的となったかのような機械・仕組みの迷宮化も本書に収録された作品には見られる。権力構造・政治体制。人間を越えたシステムの恐ろしさ。際限なさ。「超システム」化。『浴槽で発見された手記』に象徴される。

 常に拡散・拡大を目指す、科学・学問・知性、の恐るべき可笑しさ。極端までインフレしてしまえばどんなものでも喜劇(笑いもの)になってしまう。いずれにせよこれらは、非人間的というか、人間の外側にあるものである。それら無際限な宇宙・システムに対し、レムの作品に登場する人間たち(の認識能力)は常に限界にぶつかって挫折している、という印象がある。惑星ソラリスを理解することはできず、官僚制の迷宮を彷徨い、誤謬の理論のドタバタに飲み込まれる。

 レムの作品にはよく宇宙飛行士が登場する。彼らは往々にしてとんでもないトラブルに巻き込まれる。レムの作品を読むということは、どこまでも不可解な宇宙(というシステム)の中で、翻弄され、挫折する宇宙飛行士になることなのではないか。

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