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「アイドルを見る」時代から「アイドルに見られる」時代へ-原宿駅前ステージに見るファンとアイドルの関係性の変化

ほとんどの人がアイドルは「見るもの」だと思っている。自分も当然アイドルを見に行っている。ライブ中「アイドルに見られている」と第三者に言うと、「自意識過剰乙」と言われるものだが、それは実際に本当だろうか。今アイドルと観客の関係が変化している。

原宿駅前ステージにおける演者と客の関係

AKB劇場も、Zeppも、東京ドームも基本的には客席があって、ステージがある。例外なく原宿駅前ステージもその通りであるが、このステージの特殊なところを上げるとすれば「ステージと客席の近すぎる距離」と「ステージの構造」にある。

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原宿駅前ステージについて説明すると、原宿は竹下通り入口にあるアッシュビル6Fにある、ライジングプロダクションが経営するステージである。2015年にオープンしたこの施設は、客席が100席ほどしかない小劇場だ。

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このステージの一番の特徴をあげるとすれば、客席とステージの近さであろう。1列目だと、ステージまでの距離がほぼない状態で、足を投げ出せる程度の通路しかない。その距離感でライジングプロダクション所属の美少女軍団が、多いときだと30人くらいが出てくると、パーソナルスペースという概念をぶち壊すほどの密度とインパクトがある。

アイドルを見る時代・アイドルに見られる時代

80年代から00年代前半までは、アイドルがステージに立ち、ファンは彼女たちの振る舞いを見に行ったり、応援しにいったりしていた。この行動は今でもアイドル以外のアーティストでよく見かける光景である。

現在では握手会・SNSが発達したおかげで、アイドルがファンを認知する機会がとても多くなった。たとえば、ライブを最前列で鑑賞したあと、Twitterでライブの感想をリプライする。またあるときは、握手会をループして名前を覚えてもらい、それでも不安なときは安全策のためサイン会で実際に名前を書いてもらい覚えてもらう。

アイドルのイベントに行ったことがない人にはイメージが湧きにくいかもしれないが、人気グループの人気メンバーでもない限りは、大体これでファンの名前を覚えてくれるのである。

アイドルが客の顔と名前を覚えると何が起こるのか。それはアイドルがファンを意識して振る舞うようになるということである。たとえば、Aさんという苦手なファンが今日は手前の席に座ってるから、ライブ中は奥の方を見るとか、自分のことを応援してくれるBさんが立ち位置と逆側に座ってるから、いつもより体の向きを30度変えよう、など。

こういう状況は、ファンがアイドルに認知される前、SNSが普及する前はほとんど起こり得なかった(起こったとしてもアイドルが認知していることはファンには分かりにくかった)ことであるが、筆者はこういう場面に何回も遭遇しているし、原宿駅前ステージは、構造上、そういうことが起こりやすい場所なのである。

メンバー同士、客同士、そしてファンとアイドルの関係

原宿駅前ステージの魅力は何かと聞かれれば「近さ」や「メンバーの可愛さ」が挙げられがちだが、このステージの面白さはそれだけではない。

たとえばメンバー同士の関係。通常、アイドルなど人前に立つグループの内情について、ファンが知ることはほとんどない。現在ではtwitterやブログがあるので、誰と誰が仲がいい/悪いは、なんとなく察しがつくが、グループの内情などの内輪話は元々ファンに関係ないことであったため、基本的には隠されていた。

しかし原宿駅前ステージでは、ステージまでの距離が近すぎるため、メンバーの表情やマイクを通さない声までもが、ありありと見えて(聞こえて)しまう。しかも常設劇場であり、週4〜5回の定期公演があるため、固定化された状況で毎週見ているファンは、メンバー同士の仲や、体調の悪そうなメンバー、機嫌の悪そうなメンバー、辞めそうなメンバー、その他ちょっとした表情の変化や言動までもが読み取れてしまう。夢を見させてほしいタイプのファンにはなかなか辛い環境とも言える。

またファンとアイドルの関係も見どころである。

原宿駅前ステージではファンがコールをしたりヲタ芸をしたりすることはあまりない。アイドルを静かに見るスタイルのファンが多い。しかしこの劇場のファンの特徴として「タオル芸」と呼ばれる独特な応援スタイルがある。

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スポーツタオルくらいのサイズにでかでかとメンバーの名前が書かれている。これを公演中の自己紹介やファッションショーのときにファンが掲げる。

当然、他のアイドルグループにも、このようなタオルグッズはあるが、原宿駅前ステージの場合、このタオルには3つの意味を持たせることができる。一つはメンバーに見せるため。もう一つはカメラに向けて。もう一つは他のオタクに向けてである。

通常アイドルの応援グッズはステージにいるメンバー向けて掲げるものであるが、原宿駅前ステージは円形であり、こちらが見ようと思わなくても、どのオタクがどのメンバーを応援しているのかが目に入る。

もちろんメンバーも、どのファンが自分のタオルを上げているかは把握する。それを踏まえてのステージ上の振る舞いなのであり、その振る舞いを見るのが楽しい。

そしてオタク同士の位置関係も見ものである。100席という限られた座席、毎回客の半分近くが常連という状況の中で、どのオタクがどこの座席に座るかということが、実は意外と重要だったりするのだ。

原宿駅前ステージ、最大のキーワードは「ビンゴ」である。

これは毎回公演前に席を決める抽選のこと。AKB劇場だと機械的にランダムな座席が振り分けられるが、原宿駅前ステージではアナログなビンゴを用いている。

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このビンゴの玉には座席番号が書かれており、引いたところの席に座る仕組みになっている。しかしこのシステムが、原宿駅前ステージの面白さのすべてを規定していると言っても過言ではない。

ビンゴシステムの功罪

AKBは総選挙でオタクの射幸心を煽るが、原宿駅前ステージではビンゴシステムがオタクの競争心を煽る。

ステージでは、メンバーのポジションというのはある程度決められている。また曲によっても指差し、レスのタイミングはあらかじめ規定されている。

つまり、ファンは自分の応援しているメンバーが一番よく見ることができる席に座らなければならないという動機づけがされる。

その結果、座席争いは熾烈を極める。もちろん自分が好きな席というのは、ファンによっても異なる。常連客になると、好きなメンバーから見えにくい席に座るということもある。どういうことかと言うと、最前列など好きなメンバーから丸見えの位置に座ると、他のメンバーを見ることができず、肩身の狭い思いをすることもあるからだ。

意識しすぎと思うかもしれないが、先述の通りステージとの距離が近すぎるため、こういった現象が起こるのである。

また、アイドルのライブというと最前列がもっともレートが高いのが通例だが、原宿駅前ステージでは、最前列より後列のほうがレートが高くなることもある。もちろんその日の出演者、来ているファン、披露する曲などによってレートは変動するので、常連客は、その日の出玉、客の顔ぶれ、ビンゴの流れを見ながら、自分の座席を決定する。この座席指定や調整を1時間以内に行わなければいけないので、開演前はいろいろと忙しい。

ここまで小難しい話を書いてみて「オタクめんどくせえ」と思われていないか心配だが、もちろん初心者でも楽しめる。むしろ初心者こそ楽しめるであろう。あの近さであの可愛さは、他のどのアイドルでも体験できないはずで、アイドル慣れした人でも、刺激的な公演になるはずだ。

まとめ

原宿駅前ステージは、初心者でも楽しめるが、通えば通うほど、 アイドルとオタクの関係が密になる。AKBも握手会に通えば通うほどメンバーと親しくなれるが、一番の違いは、握手会などの接触イベントの機会が、他のアイドルに比べて少ないことである。厳密にはイベントがないわけではないが、接触中心のアイドルが多い中、比較的少ないグループであり、いわゆるアイドルオタクがメンバーに対して行う「認知確認」の機会が多いとは言えない。

アイドルと実際に会って話すというのが、2000年代におけるオタクのスタンダードな応援スタイルになりつつあるが、原宿駅前ステージは、あえてそこと距離を置いている。その結果、ファンには想像の余地が生まれ、「声をあげて応援はしないがタオルは堂々と出す」「あえて最前列には座らず、メンバーと距離を遠ざける」などといった、独特の応援スタイルを生み出しているのではないかと筆者は考えている。

欧米的な価値観においてアーティストは、空間全体を楽しませるエンターテイナーこそ至高とされているが、原宿駅前ステージは、そのステージの構造上、目の前の"1人”を楽しませる設計になっており、そこには個人的なファンとメンバーの会話――おそらく世界でも類を見ないほど超濃密なノンバーバルコミュニケーションが行われている。

最後になるが、原宿駅前ステージには"卒業"という概念がない。現代のアイドルにとって"卒業"は特別な意味を持つが、事務所の方針として卒業発表はせず、機械的に契約解除ということになっている。なのでファンに卒業のタイミングが知らされることはなく、休演かと思ったら知らぬ間にHPに契約終了のお知らせが出ていることも多い。もちろんメンバーにも箝口令が敷かれているので、卒業するタイミングなどはオタクの情報網や察知能力だけが頼りである。いつ辞めるのか分からないのでファンはなるべく毎週会いに行かなければならず、本人の口から「辞める」という言葉が発せられることもなく、ファンは「今日が最後だな」と勘付いて応援するしかない。これもかなり日本的というか「察する文化」なので、賛否両論あるかもしれないが、これはこれで原宿駅前ステージの特徴となっている。この話題だけでもまだまだ語れそうだが、長くなりそうなのでこのへんで筆を置く。


ちなみに原宿駅前パーティーズ内の「ふわふわ」は、接触イベントが普通にあるグループである。

原宿駅前ステージHP

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