おまけ72【コイン積み】

 V型アームをご存じだろうか。

 ロボット工学の粋を集め、生み出されたヒト型自律式義手である。

 箸を用いて、米粒を縦に積みあげる。

 人間ならばできて二個が限界だが、V型アームは米粒を十個積むことができる。

 当初の計画では、遠隔で手術を行うための補助機構として開発されたが、人体を遥かに凌ぐ性能の高さから、2020年現在では外科手術の軒並みがV型アームを使用している。

 極小の世界では、V型アームに人技が敵う余地はない。

 しかし、そのころ、ひそかにV型アームの性能に迫ろうとしていた人物がいた。

 名を、無風、という。

 インターネットの片隅にて、地味に知名度が高いその人物は、コイン積みという、いかにも地味な趣味でやはりひそかに風靡していた。

 接着剤を使わずに、ゆびのバランス感覚でのみコインを積みあげる。トランプタワーさながらに、不安定な置き方で、それはたとえば、グラスのふちにコインを立て、さらにそのうえにコインの山を積みあげる、といった塩梅だが、日に日にその絶技は、人体の限界に迫っていった。

 無風の仕上げるコインの組み合わせは、つぎつぎと芸術作品と言って遜色ない色合いを宿しはじめる。

 V型アームにそれをやらせればおそらく、総じての作品を再現せしめるだろう。

 たほうで、無風の成長具合は目覚ましいものがあり、コイン積みの画像をネットに投稿しはじめてから二年後には、一万枚の一円玉を使った船の模型を、いっさいの「繋ぎ」を用いずに完成させた。

 無風の特異な点は、それらコインの山を崩す場面を動画におさめるまでを作品と見做している点にある。接着剤や釘など、イカサマをしていないことを、それ以上ない臨場感と共に、無風の動画は訴える。

 話題が話題を呼び、とあるマスメディアが食いついた。

 その時期、V型アームの一般家庭への流通がはじまっていた。料理を選択するだけで、V型アームが材料の裁断から炒め物、味付けまで、調理を代行する。その腕前たるや、一流シェフ顔負けだというのだから、三種の神器が数十年ぶりに塗り替わるのも時間の問題だった。

 だが、なかなか需要がつかない。

 値が張るだけでなく、場所もとり、調理場の3Dスキャンを業者を通して行わなければならず、なかなかに手続きが面倒な点が一因にあった。

 安全面の徹底がなされている裏返しでもあり、いちど流行れば自動食器洗浄機と同じく売れ筋になると業者は睨んでいたようだ。プロモーションを兼ねて、コイン積みの達人たる無風を出汁に、V型アームの性能をこれでもかと見せびらかせようと画策した。

 無風はそのころ、話題になりすぎた自身を省み、SNSを含め、マスメディアへの露出を控えようと考えていた。

 話題にはなっても彼は単なるしがない保育士だ。

 ただでさえいそがしい日々から捻出した余暇を、一人黙々とコインをつまみ、積みあげるだけの時間に費やしている。彼はほかにも、趣味でジャグリングをしていた。

 ハッキリ言って、コイン積みは割に合わない趣味である。

 もう止めよう、これで最後だ。

 大作に挑むたびに、自身にそう言い聞かせつづけてきた。

 V型アームとの競演を決めたのは、一円玉一万枚の船を完成させた矢先のことだった。

 最後くらい華を咲かせよう。

 思いきりのよさが講じて、キリのよさに変わることを求めた。

 無風はV型アームとの勝負に打ってでた。

 企画は、主催者側、視聴者側、双方の予想をおおきく裏切り、無風の圧勝で終わった。

 無風が底力をみせた、それもある。

 どちらかと言えば勝敗を分けたのは、V型アームの繊細さ、なにより無風の並々ならぬ慧眼にあった。

 V型アームは基本的に、手術室のような密閉状態の、極限まで管理された室内での作業を前提としている。一般家庭への市販品では性能がいくぶん劣るため、この日は米粒を十個縦に積みあげられるスペックを備えたV型アームが用意されていた。

 反して、収録現場は、スタジオであり、空調は止められていたとはいえ、四方八方からライトが投射され、その熱は無視できない空気のうねりを生みだしている。

 さらには、この日行われた競技の大部分は、五百円玉を基準とした大量のコインを使用する建設じみた作業であった。

 必要なのは繊細さよりもむしろ、コインを積みあげていくにつれて帯びていく、物質の重力変化への対応だ。

 空気のうねりをも考慮にいれ、コインに働く摩擦力から斥力、電磁気力(静電気)、位置エネルギィの変化と、単なる物質の積みあげで終わらない、目に見えないチカラの均衡を見定める演算能力が欠かせなくなってくる。言い換えれば直感が物をいう領域に、その日、無風とV型アームは立たされていた。

 無風には、人工知能ですら感知できない空間認識能力があった。

 秀でていたのは指先の繊細さだけではない、並々ならぬ知覚の敏感さにこそあった。

 得られた外部情報から、微細なゆらぎを濾しとり、統合できる能力は、人知の域を超えている。

 この日の映像がネット上に投稿されてから三日後、無風の元に一通のDMが届く。

 SNSの通知が煩わしく、ネットから距離を置いていた彼がそのDMに気づくことはなく、業を煮やした送り主が、いかにもカタギではない面々を無風のもとに遣わせたのは、無風がコイン積みを趣味ではじめてからちょうど四年目に差しかかる節目の時期のことだった。

 その後、彼はとある組織の命運を握る重要な役割を熟すことになるのだが、その前に彼が組織に入るまでには紆余曲折、さらなる面倒な言葉の数々を重ねなければならない。

 無風ではない語り部たる私にはあいにくと、彼のような並々ならぬ能力は備わっていない。言葉が雪崩を起こしてしまわないうちに、ここいらで打鍵のゆびを止めておこう。

 物体に流れるチカラの均衡を感知可能な無風のように、自身の力量を的確に測ること。

 できる語り部(オペレーター)の、それが一つの条件である。 

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掲載元:短編集【零こんま79話

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