【戸惑いと舞い(3)】

 着替えは物陰で済ます。駅のトイレで着替えるコもいれば、証明写真機を更衣室代わりにするコもいる。マナー違反は承知のうえだ。そもそもストリートで踊ることそのものがマナーからは逸脱している。ましてや華の女子高生が、ちたないフロアに背中をついたり、頭をこすりつけたりすることがあってよいはずもない。

 ただ、あってよいはずがないことをするのは清々しく、すっとする。

 床に尻をつけ、ストレッチをする。そのあいだもシモベは物珍しそうに、踊り場を眺めている。

 好奇心のつよい子犬じみた顔だ。いまにもフロアに飛びだして、じぶんの尻を追いかけまわすのではないか、と妄想を逞しくする。

 運動が好きなのかもしれない。

 教えてくれとせがまれたらどうしよう。

 断る言いわけを頭のなかで考えながら、逆立ちをする。筋を伸ばすばかりがストレッチではない。身体を温めるほうが役割としては大きい。

 十秒ごとに足を閉じたり開いたり、型を変えながら、一分ほど逆立ちをする。軸さえ定まっていれば、体力はそんなに使わない。逆さで立つだけならペットボトルのほうがよほど上手だ。

 足を地面に戻すと、すごーい、とシモベがすぐそばに立った。

「すごくないよ。誰でもできるし」

「わたしできないもん」

「そりゃ練習してないからね」

「ミカドちゃん、あれできるあれ」

 見えないフラフープを腰で回すみたいにシモベが左右に揺れだしたので、鼻水が漏れた。

「ごめん、急におもしろい動きしないで」

「なんだっけあれ、ウィンドウズ」

「パソコンじゃないんだから」

 言いたい旨は理解できたので、基本的な技ではあったが、準備体操のついでに披露してあげた。ブレイクダンスと言えば、頭で回る技のつぎくらいに有名な技だ。

「すごい、すごい」

 シモベはそこで満足しなかった。一つ技を披露するたびに、あれやって、と注文を口にし、よく知ってるな、と思いながら披露すると、おもしろい動きをしながらさらに難易度が一段上の技をせがみだす。

「待って、待って。すこし疲れた。っていうか、シモベちゃんさ、こっちの分野に詳しい?」

「やったことはないけど」

 興味はあったのか。

 だからリダ先輩は私を頼ったのかもしれない。ようやく線が繋がった心地がした。相性がいい、というのもあながち口から出まかせというわけではないようだ。

「わるいんだけど、教えたりとかできないよ。危ないし。そうでなくとも最初はほとんど筋トレだし、つまんないと思う。私もじぶんの練習に集中したいから」じぶんで言って思いだす。「そうそう、大会近いんだ」

 へぇ、と口角を持ち上げたシモベがなぜうれしそうにしたのかは分からない。そしてなぜ彼女が靴ひもを結び直しているのかも不明だ。ベンチに腰かけてはいるもののスカートの中身がばっちり見えている。どうやら彼女、短パンを履く派らしい。履かない派の勢力がどれほど大きいかは定かではないが、なるほど、鞍替えするのもアリだな。

 華の女子高生たるもの慎ましくあれ、と考えてきた私であるが、短パンを履くくらいのイタズラ心があってもよい、むしろそちらのほうがかわゆいのではないか、などと意識を天井から垂れるライトに重ね、彷徨わせていると、

「教えてやんなよ」シモベのうしろにリーダーが立った。シモベの顔を両手で挟む。「他人に教えたほうが上達もはやいって言うよ。自分で気づかなかったコツが言語化されて、理解が深まるとかなんとか」

「うわあ、でたー、新人に甘い古株ー」

「なーんか初めましてって感じしないのよね、このコ。うりうり」シモベのほっぺがだんだん撞きたてのお餅に見えてきた。

「じゃあリーダーがやれば」

「してやってもいいけど、おまえいま誰の服着てるか判ってんのか」リーダーの目じりが下がる。「安かねぇんだぞそれ」

「どうせイチキュッパでしょ」

「ゼロが足んねぇよ」

「二千円もするんだ」

「百均で買ったとでも?」

 あはは。

 シモベの声がころころと響く。リーダーは彼女のほっぺを揉むのをやめた。おもむろにこちらを見る。

「コイツうちに一匹欲しいんだけど」

 真意の在りどころを掴みかねる言葉だ。聞こえなかったフリをしているあいだに、シモベはリーダーの手のなかから、ふらりと抜けだした。

 あっこら。

 口惜しげに放たれたリーダーの叱声がフロアに反響する。ほかのダンサーたちの視線がいっしゅん、こちらに集まった。

 一歩、二歩、三歩。

 シモベはフロアを叩くように渡る。

 そして跳ねた。宙を舞う。

 足の軌跡が弧を描く。

 遠心力が可視化されたその軌跡は、惑星の軌道のようにゆるやかで、大胆で、揺るぎなかった。

 身体が宙に浮いているあいだにシモベは、回し蹴りを二回した。彼女自身が何回転したのかはよく見えなかったが、たしかに彼女は、見えない敵をその足で、二度、切り裂いた。

 音もなく着地する。澄んだ水面を思わせた。

 踊り場には音楽だけが流れる。

 みなが一同に呼吸を忘れ、そして同時に思いだしたように吠えた。

 狼の遠吠えじみたそれは、目のまえに現れた絶技への惜しみない称賛だ。

 女子高生だから、ではない。

 ただただ、彼女の身体の織りなす技が研ぎ澄まされていた。

「思いだしたわ」

 リーダーが言った。彼女の目は点になっている。「四年くらい前かな、トリッキンの世界大会に最年少で出場したコ。会場がバカ沸きしてて、でもたしか大技に失敗して優勝を逃したって」

「それがあのコ?」

 そんなすごいヤツがなんでまたこんな街に。

 私の疑問を見透かしたようにリーダーは、そのときの怪我で、と言い足した。

「前線からはしりぞいたって聞いたことあるけど、や、まさかね」

 言いながらもリーダーの目は、足を気遣うように屈伸をする、あどけなさの抜けきれぬ新参者を捉えて離さない。

 胸がジクジクする。

 遅れて、釘付けという言葉を思いだす。

 もしここに釘抜き器があったとして。

 意味もなく連想する。

 使うべきはこの場にいるみなの目では、きっとない。

   ***

 トリッキンは主に「足技」を主体とする競技だ。アクロバティックな飛び技と、テコンドーのような蹴り技が融合した比較的新しいスポーツと呼べる。

 「腕」を支軸に身体を操る私たちの競技とは正反対と呼べるし、だからこそ相性がよいとも言える。

 現に、世界で活躍しているダンサーの多くは、トリッキンの技も踊りに取り入れている。

 たほうで、ダンサーに比べ、トリッキンの競技者はすくない。教えてもらえる機会がなく、ゆえにダンサーのあいだに普及しにくいという背景もある。のきなみ技の難易度が高いのも理由の一つだ。

 言い換えれば、向上心の高いダンサーはトリッキンの技に飢えている。

 目のまえに、羽を生やした天使が現れれば、縋りたくもなるだろう。私は稲に群がるイナゴを眺めるような心境で、踊り場のダンサーたちを視界に入れた。

「リーダーは行かなくていいの」

「あたし? や、あたしは後でいくらでも手とり足とり教えてもらうからさ。いまはほかの連中に遊ばせてやんないと」

「オモチャじゃないんだけど」

「言葉の綾じゃん、怒りなさんな。ま、一時間もしないでみな飽きるでしょ。しょうじき、あいつらにゃまだ早い」

 リーダーの言ったとおり、ひとしきり質問を浴びせたあとで、いざ実技に入ると、とたんに脱落者がではじめた。ごっそりという表現がしっくりくる。

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掲載元:カクヨム【戸惑いと舞い

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郁菱 万

いくびし まん です。 小説を載せていきます。 過去作はこちらになります→https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex

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