【EN-D.CONSTRUCTION(3)】

      (四)

 まあ、そうなるだろうな、と察してはいた。

 昨夜に拾った落し物だ。

 シルバーピンクのハート型。

 ルフィンはそれを「ストマック」と呼んだ。直訳すれば、「胃」だ。

 ハート型なのに、へんなの。

 椅子のうえに置いてあった〝それ〟を手に取る。

 覆ってある「呪符」をひっぺがし、ルフィンへ差しだす。

 が、受け取ろうと腕を伸ばす彼女から、寸前で遠ざける。

「ほしかったら約束してほしい。もう二度と関わらないでほしい、おれたちに」

 金輪際いっさいだ、と強調する。

「お礼が――」との彼女の言葉を遮り、「いらない。だから関わらないでほしい」と繰りかえす。

「わかりました。無事に引き渡していただけるのなら、お約束いたします」

 背後には、ベッドのうえで身を縮めている妹がいる。これでいいよな、と視線で同意を求めると妹はちいさくうなずいた。

「ほらよ」

 こんどはルフィンの胸元まで差しだす。受け取ると彼女はていねいにおじぎした。

「助かりました。あと三十二分ほどでリミットでしたので」

 そんなことを言いながらTシャツの裾に手を掛ける。かと思うや否や、すっぽーん、とひと息にめくりあげるではないか。

 ルフィンの肌があらわになる。滑らかなくびれがあり、可愛らしいおヘソがあり、そして小ぶりではあるがぷっくりと形の良い乳房が、こんにちわ。

 ノボルは目が離せない。

 おっぱいからではない。

 穴が空いている。

 ルフィンと名乗る少女の腹部に、ぽっかりと穴が。

 ちょうど、胃が納まっていると思しき場所である。

 穴の輪郭はまっくろに焦げており、今にもプスプスと音が聞こえてきそうなほどだ。

 シルバーピンクのハート型――「ストマック」をルフィンはその穴へと、はめこんだ。

「ふう」彼女がひと息吐く。

 こちらに向き直り、にっこりとほころびると、まるで別人のような口調で、

「いやー、ホント助かったよ。さんきゅーね」とおじぎもせずに言った。

 ノボルは振りかえり、妹と顔を見合わせる。

「どゆこと?」

 ほぼ同時に、くびを傾げた。

      (五)

「いやーありがとうね。ほんと、ありがとうね。なにかあったときはかならず恩は返すからさ。さっき約束しちゃったから、あれだけど。でも、困ったときは呼んでね、『るふぃんちゃん、助けてー』ってさ」

 いしし。

 一息に捲し立てると、ルフィンは颯爽と去っていった。

 どこから侵入してきたのだろう、といったささやかな疑問は、彼女がベランダから飛び降りたことで氷解した。ノボルの部屋は二階に位置する。頑丈な人間であれば、飛び降りることくらい、造作もないだろうが、フィンの見た目は控えめに称しても「頑丈」とは言い難かった。

「すっげー」妹がつたない口調で感嘆を漏らす。ベランダから身を乗り出すようにして界隈を見下ろしている。そのよこでノボルは先ほど見たルフィンの艶美な身体を回想する。

「なにニヤけてんの」妹が眉をひそめる。「病院いってきたら?」

「病院? 精神病院かよ」

「そっちは手遅れじゃん。整形外科だよ」

「お金がありません」

「はは、貧相なかお」

 なんて言い草だろう。今朝方のことをまだ根に持っているのだろうか。

「ラウちゃんさ、ちょっと性格ゆがんでない?」むかしはあれだけ素直で無邪気で可愛かったのに、と嘆く。すると妹は、「だれのせいだと思ってるわけ」と目を細めた。

「え、だれだろ。お兄ちゃんがボコボコにされてきてあげよっか」

 ボコボコにされるのかよ、と妹がひじ打ちしてくる。「てっとりばやく自殺したら? ここから飛び降りたりしてさ」

 いや、ここからなら飛び降りられるんじゃないかなあ、とノボルはちょっと想像してから、いやムリか、と足が竦んだ。

      (六)

 本日は世にいうところの休日だ。両親もまためずらしく休暇のはずだったが、ここぞとばかりに羽を伸ばそうと旅行へ出かけたらしい。リビングへ降りると書き置きがあった。

「日帰りだから安心してね」

 せめて行き先くらい書いていけ。

 むしゃくしゃしたので、丸めてゴミ箱へ放った。

 友人宅へ遊びにいったらしく妹もすでにいない。ノボルは遅めの朝食をとる。寝て過ごすのももったいなく感じ、出かけることにした。

 風はつめたいが、日差しがここちよい。

 徒歩十分ほどの距離に駅がある。地下鉄に乗り、街まで出向く。

 山に囲まれているこの町にも、近代文明の恩恵は巡ってくる。地下鉄然り。インターネット回線然り。コンビニだってだいぶん増えた。

 都心とくらべたら、恩恵が巡ってくるまでの時間差が、数年単位であることは否めない。それでもいつかは必ず恩恵が浸透してくるのだから、ふしぎなものだ。ともすれば、その数年という期間が、余分な技術をろ過してくれているのかもしれない。本当に必要であり、便利なものだけがこの町に備わる。

 なんてことをノボルはつらつら考えるが、一分後には忘れている。

 地下鉄はそこそこ混んでいた。

 車内であっても気は抜けない。落し物ならぬ、忘れ物が、あたかも「見つけてくれ」とばかりに置き去りにされていることが、ままあるからだ。

 入り口と向かい合って立つ。たまに車両がトンネルの外に出るから、ところどころで町並みが望める。そらがあって、山があり、密集する住宅街がデコボコと広がっている。

 

 駅前は賑わっていた。商店街にながれる「ジングルベル」を聞いて、クリスマスの時期がちかづいていることに気づく。そんな季節だったのだな。植木場千衣の顔がいっしゅん浮かんだが、何かを期待するほどの仲ではない。

 人波に揉まれるように商店街を進む。

 碁盤目状にエーケードがあちらこちらで交錯している。分岐点に行きあたるたびにノボルはコインを投げた。表なら右。裏なら左。

 今は裏が出たので左へと歩を進んでみる。

 ベルトコンベアーに流されているお饅頭のようだな、と雑踏を眺めていると、ちいさなどよめきを耳にした。

 耳を澄ますのと同時に、こんどはハッキリとどよめきがあがる。

 人混みのむこうから、

「エンドウッ! フリーズッ!」

 怒声が聞こえた。天井の高いアーケード内で、声は中途半端に反響する。

 誰かが「遠藤さん」に、「止まれ」と命令しているようだ。

 背伸びをしてみると、雑踏がこちらへ向けてどんどん割れていく。

 何者かが、人波をかき分けて走っているようだと判る。

 割れた雑踏の後方にはさらに、幾人かの男たちがいる。彼らもやはり駆けている。

 逃げる者と、追う者たち。

 あれよあれよという間に、目のまえのおやじが、真よこへと吹き飛んだ。

 突き飛ばされたのだ、と直感する。

 もしかして、おれもやばいんじゃね。

 身の危険を察知するよりも前に、迫力に圧倒され、尻もちをつく。

 ――ぶつかる。

 と。

 こちらが身構えるよりもさきに、猛進していた影が勃然と歩を止めた。

 顔をあげると、逆光のなか、シルエットが浮かんで見えた。

 見覚えのある影だ。

 数時間ほどまえに別れたばかりの少女――ルフィンがそこにいた。

「なにしてんだよ、おまえ」

 急停止したルフィンの足元は、タイルが捲れあがり、どれだけの馬力で駆ければそうなるのか、と想像せずにはいられない。

 彼女が停止していなかったら、と考えるとぞっとした。

 ルフィンはこちらの問かけに応じない。

 彼女の背後から、男たちが短距離走よろしく、迫ってくる。

 こちらを見下ろすように一瞥したかと思うとルフィンはふたたび、えいや、と人々を蹴散らしながら去っていった。さながら、せっかちなモーゼだ。彼女の通った跡には、両脇に押しやられた人間たちが壁をつくっている。

「おい」息を切らした男が、高圧的に問うてくる。「おまえ、アレと知り合いか」

 あー。

 現状を分析する。

 このパターンはあれだな。

 ルフィンが害か益かはひとまず措いとくとして、彼女は、この男たちから追われている。おそらくこの男たちは、ただ者ではない。なにかしら権力のある組織に准ずる者たちだ。雰囲気でそうと判る。はからずも、ノボルはそういった組織に従順な者たち――植木場家の者たちとふかく関わる機会があった。

 ああいった、組織のために生きる者たちは一様に、おそれを知らない。いついかなる死を迎えようとも、それらは総じて、組織を生かすための意味ある死だと納得する。ゆえに彼らは死をおそれない。こうした人間は、往々にしてその存在自体があやうい。

 この男も同じだ。

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掲載元:カクヨム【EN-D.CONSTRUCTION
電子書籍:長編【EN-D.CONSTRUCTION

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なんていいひと!!!
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郁菱 万

いくびし まん です。 小説を載せていきます。 過去作はこちらになります→https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex

長編小説

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