【戸惑いと舞い(2)】

「ミカドさんミカドさん。待って待って。待てって。おいこら、サル、お座り」

 名前を呼ばれたうえ、命じられたら、考えるよりさきに身体が動いてしまうのがダンサーのつらいところだ。校門のまえだというのに、その場にしゃがみこんでしまう。

「うわ、ホントに座った。サルじゃなくてイヌじゃんね」

 これからおまえはイヌだ。

 言いながらリダ先輩は、見慣れぬ生徒を連れてやってくる。「やあやあこちら、サル改め、イヌのミカドさん。で、こちら」先輩の手が向かうところ、そこには私よりも一回りはちいさい女の子が、私たちと同じ制服を着こんで立っている。「こちら、下部(しもべ)さん。来週からくる転校生で、一か月だけどイヌのほうがこの学校じゃ先輩ってことになるから、同い年だし、いろいろ助けてあげて。ほら、イヌって部活やってないし、放課後ヒマでしょ」

「え、イヌって本気ですか」

 さっきまで名前で呼んでくれてたのに。

「サルのほうがよかった? そんなに気に入ってくれてるとは思わなくて。じゃあまあ、あいだをとってキジってことで」

「一寸法師じゃないんですから」

「いやそれを言うなら浦島だろ」

 浦島でもねぇよ。

 つっこむと、リダ先輩が凄む前に、あはは、と丸っこい声が届いた。

 見遣ると、先輩とこちらのあいだに転校生ことシモベさんが挟まっている。彼女は、あちらとこちらにかかる橋を下から眺めるように、視線を右往左往させている。かわいいトロルだなぁ。小さいころに読んだ三匹のヤギがでてくる絵本を思いだす。

「そうそう忘れてた」リダ先輩はシモベさんの頭に手を置くと、地蔵さまでも撫でつけるようにポンポンと叩く。「きょうは学校に挨拶にきただけらしくて。パパさんはさきに帰って、いまはああしといっしょに部活をひとしきり見て回ってきたところ」

 入りたいところあった、と先輩が訊くと、シモベさんは、なーい、と笑った。

「だ、そうだ。キジとは相性いいと思うからサ。このコよろしく」

 じゃ。

 まるで、これにて、一見落着、とでも言うかのように、手のひらを見せつけると、先輩は背を向け、すたすたと遠ざかっていった。

 下校途中の生徒でいっぱいの校門のまえで踊れと命じられなかっただけよいとする考えもあるが、いささか荷が重すぎるのではないか。

 そらを仰ぐ。晴天とも曇天とも言いがたい。校門の桜はすっかり緑でふさふさだ。

 いまいちど目のまえのちんちくりんな転校生を見下ろす。

 当惑しきりのこちらを差し置き、丸っこい目を向けてくる彼女の、すがるでもなく期待に満ちた顔つきは、一抹どころか、山盛りいっぱいの不安を抱かずにはいられない。

 ひとまず手を差しだす。

「相性いいんだってさ。よろしく」

「つよそうな手だね」

 まじまじと見てから彼女はこちらのゆびさきを、きゅっと握った。

   ***

 その広場は、バスプールと駅ビルを繋ぐ地下の空間にある。広場の中心からは螺旋階段が地上へと伸び、夕方になると階段を囲うようにダンサーたちが集まる。そこが私たちの踊り場だ。午後六時になると駅ビルの店が閉まるので、通行人たちの邪魔になることもなく、地下なので雨風も凌げる。

 駅まで送ったらシモベさんとは別れるつもりだった。意に反して、踊り場まで連れてきてしまった。キジさんは何をするの、と訊かれ、すこし遊んでく、と言ったら、じゃあついてく、と言ってきかなかった。じっさいには、帰ったほうがいいんじゃないの、とそれとなく促してみたところ、まだいい、と人懐っこい笑みを見せられ、突き放す真似ができなくなっただけではあるのだが、ペンギンみたいなナリして、なかなかどうして、我がつよい。

 頼まれたら断れないやさしい女の私からすると、相性のわるさを禁じ得ない。

 誰だ相性いいなんて言ったやつは。

 歯ぎしり混じりに、踊り場に顔をだすと、

「ミカドこのやろー、遅いぞ」

 さっそく絡まれた。肩に手を回され、コアラよろしくもたれかかってくる。

 誰ですかこのひと、みたいにシモベさんが固まってしまったので、「うちのリーダー」まずはさきに紹介した。「私のチームのリーダーで、みんなからはリーダーって呼ばれてる。タトゥーすごいけど、泣きながらイれてもらってるハッタリチキンだし、ビビんなくていいよ。この地区だと女としてはそこそこのダンサー。全体としてはまあまあそこそこ微妙に目劣りするみたいな。本名は誰も知らない。たぶん無職」

「無職じゃねぇし、目劣りしねぇし、ハッタリチキンなのは認める」リーダーはこめかみにおでこを押しつけてくる。

「痛い、痛い、やめてくださいよ。そうやってリーダーが私の頭を打楽器みたいにポカスカ叩くから私はこんなにも、えーっと、なんだっけ」

 リーダーがもういちど頭突きをかます。

「そうそう、こんなにも天才で天才で」

「イチたすイチは?」

「いちー」

 ほかのダンサーたちの声が重なる。誰が召集をかけるでもなく、やってきたダンサーに挨拶をしに集まるのは、この場所の流儀だ。たとえ見知らぬダンサーでも、それは分け隔てなく行われる。

 ざっと二十人はいそうだ。ギャングさながらの見た目の者から、細見の服でシックにキメている者まで、幅は広い。ダンサーと一口に言っても、嗜好する音楽から文化まで様々だ。

 この踊り場では、リーダーが古株であることもあり、割合として女性が多い。縦社会になりがちなストリートのなかで、ここでは性別も年齢も関係がない。

 もちろん相手が女子高生でも、お構いなしだ。

 さすがに引いたかな。

 流れるように拳を突きだされ、それに応じるシモベは、こちらの予想に反して、淡々と拳を突きだし返していた。堂に入っていると評価してもよい。あれあなたここのメンバーだっけ、と錯覚しかけたほどだ。

「やーなにこのコ。ほっぺたモチモチー」リーダーがシモベで遊ぶ。「あんたまた弟子とったの。センスないやつはもうヤダとか言ってなかった」

「違うし。なんか先輩に頼まれて」

「何を」

 おもり、と口にしかけて、おともだちに、と寸前で言い換える。「ともだちになれるからよろしくって。そうそう、転校生なんだって。来週からうちに通うらしくて」

「いいなぁ女子高生。あたしもミカドと女子高生したかったよ」

「制服貸します? あそうだ。きょう家に戻ってなくて、服ないんで貸してくださいよ」

「はぁ? まあいいけど」リーダーはベンチまで歩くと、そこに載せていたリュックを手に戻ってくる。中身は服だ。通行人の行きかう場所であるから踊り場の床は汚い。床とたわむれるには、着替えが必要だ。もちろんリーダーも例外ではない。よってすでに着替えているリーダーの私服が、私のきょうの練習着となる。

 リーダーは日ごろから、古くなった私服をそのまま練習着として着まわす。こちらが着る分には問題ない。リーダーが新しく服を買えばいいだけの話だ。

「あ、靴もおねしゃす」

「おまえまじでいい加減にしろな」

 言いながら貸してくれるあたり、リーダーがリーダーたるゆえんだ。私ならふつうにお金を要求するし、なんだったら割高に請求する。無職でない、というのもあながちウソではないのかもしれない。

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掲載元:カクヨム【戸惑いと舞い

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やったー!!!
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郁菱 万

いくびし まん です。 小説を載せていきます。 過去作はこちらになります→https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex

中編小説

二万字以上のちょっと長めの物語。
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