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【戸惑いと舞い(7)】

 予選が開始する。予選からピックアップされた十六名がさらに優勝をかけて戦う。優勝すれば日本代表を決定する本戦に出場でき、それに優勝すれば今度はアジア大会、そして世界大会へとコマを進める。

 私は予選をあがり、そして一回戦目で、元日本代表のダンサーとあたり、ベスト16で敗退した。呆気ないほどの展開に、思考がついていかない。現実はただ過ぎ去る笹船のようだ。

 二回戦がはじまるまで、ほかのダンサーたちの姿を目にすることができなかった。ひと際会場が盛り上がる様子が音だけで判った。誰かが何かを繰りだし、観客たちを奮い立たせている。

 気になり、首を伸ばす。

 視線のさき、舞台上では宙を自在に切り裂いて渡るフクロウがいた。見た目は小型のペンギンなのに、或いはタカかもしれず、ジャッカルかもしれなかった。

 百獣の王ではありませんように。

 願うじぶんの性根のゆがみ具合を自覚し、腐った肉でも食べた心地がした。

 私は舞台から離れた。これ以上、この場にいたくなかった。顔見知りが遠巻きにこちらに視線を向けているのが判り、余計にいたたまれない。リーダーもきっと観にきているはずだ。

 会場のそと、重低音が身体を揺さぶらない距離にまでくると、

「あれ、もう帰るの」

 いま会いたくないベスト3に入る人物とすれちがった。そのまま通りすぎてくれればよいものを彼女はこちらのまえに回り、立ちふさがると、

「まだやってる? うちの生徒がでてるって聞いてきたんだけど、なに、もう負けちゃった」

「空気読んでくださいよ。なんなんすか先輩。見て分かりませんか、負けたんです、悔しいんです、めっちゃ腹立つ」

「あらあら」

 強引に歩を進めようとすると、こちらの腕を取り、リダ先輩は、

「もう一人はどうしたの。きみに任せたコ。あのコもでてるんでしょ、負けちゃった?」

「残ってますよ。観てくりゃいいじゃないですか」

「応援してあげないの」

「なんで私が」

「えぇ、だって、ねぇ?」

 なんだコイツ、と睨めつけながら、思えばこのひとがそもそもの発端ではないかと、厄病神を私になすりつけた罪をいまここで問うべきではないのか、との思いに駆られた。厄病神に割いた時間をもっと練習時間にあてていればもっと違った結末になっていたはずだ。

「先輩のせいで私は」

「やっぱり違うと思うけどなぁ、声援があるのとないのとじゃ」リダ先輩の声に遮られる。「憧れのひとに応援してもらえたらうれしいし、パワーでるんじゃない。そういうもんでしょ、スポーツなんて」

 ダンスは単なるスポーツじゃないし、そんなお手軽に成果がでるなら誰も血へど吐いてまで修行しない。

 息巻こうかと息を吸いこんだところで、んんんちょっと待て、と引っ掛かる。「憧れのひとってなんですか」

「あれ、まだ言ってないのシモベちゃん。えー、だってそもそもあのコが言ってきたんだよ、憧れのひとに会わせてほしいって、仲を取り持ってくれってサ」

「憧れ? 私が?」

「そうなんでしょ。詳しくは知らないけど。なんか前から知ってたらしいよ。ほらサルさ、大会で優勝したことあったっしょ。中一だっけ? 観てたらしいよシモベちゃんそれ。同い年のコが、同じような競技で活躍してたら、そりゃシンパシー感じちゃうんじゃないの。ああしにはさっぱりコンコンなフェチだけどサ」

 中一。

 三年前。

 シモベの怪我。

 引退。

 頭のなかがいっしゅん、シンと張りつめる。遅れて何かが弾けるのを感じた。それは粘着質な液体のなかで気泡が潰れるのにも似た触感だった。

 意識するよりさきに身体を反転し、地面を蹴る。

「あ、ちょっと置いてかないでよ、置いてくなって、おいこらサル、キジ、イヌ! ウラシマー!」

 リダ先輩の叱声を背中で受けながら、それすら追い風にして、会場に駆けこんだ。

 舞台上ではすでに第二回戦、準々決勝が終わろうとしている。

 いままさにシモベがバトルを繰り広げている。相手は私を負かした、元日本代表だ。

 観客のなかに見慣れた背中を見つけ、すかさず飛びつく。

「戦況どうなってる」

「アァん?」

 うるさそうにリーダーが吠える。「残りワンムーブ。カマしたほうが勝ちって感じ」

 先行は相手だったらしく、シモベよりひと足さきにラストムーブに入った。「一回戦の最後のほうから様子が変だった。なんで予選みたいに踊んねぇんだシモベちゃん。勝てねぇ相手じゃねぇのに」

「トリッキンは」

「使わねぇんだよ」

 舞台上、シモベは対戦相手から視線を逸らさない。曲のテンポを身体に馴染ませながら、相手が踊り終わるのを待っている。

 無意識なのだろう、手で足をさすっている。痛いわけではないはずだ。

「リーダー、前に言ってたよね、シモベが引っ越した理由知ってるかって」

「なんだそれ、いましなきゃダメな話か」

「あのコ、むかしから私のこと知ってたらしい。引っ越してきたのもそれが関係あるかも。そうなの」

「なあなあ、いましなきゃダメかな。集中したいんだけどなあたしは」

「お願い、なんであのコ、この街にきたの」

「ああもう。ミカド、おめぇのことも無関係じゃねぇだろうけど、どっちかと言や、そっちはついでだろ」

「じゃあなんで」

「死んだらしい」リーダーは言った。「母親な。なんでかは知らん。ひとづてに聞いた話だ、あたしが言ったって内緒な」

 母親が死んだ。だから住み慣れた家を離れ、この街にきた。

 筋は通っているようで、ちぐはぐだ。母親と暮らした家を離れる理由がない。いや、母親を思いだす家に、彼女を置いておくことができなかった。だからべつの街に引っ越した。なるべくあのコの希望に添う場所に。

 この街に。

 お。

 リーダーが身を乗りだす。対戦相手が得意技を決めた。彼の名前が付いたオリジナルの技だ。会場が沸く。鳴り響く音楽がいっしゅんかき消きえるほどだ。

 シモベは動かない。この逆境を覆すには、ノーミスでかつ高難易度のトリッキンを駆使しなくてはならない。ダンス歴からして大きな開きがある。得意技を封印したままで勝てる相手ではない。

 動け、シモベ。

 なにやってんだ。

 湧きあがる感情がいったいどこから、なにを土壌に膨れ上がっているのかが分からない。自明なのはただそれを内に抑え込めておける余裕がじぶんにはなく、必要すらないという、身勝手な理屈だけだった。

 カマせシモベ。

 喉がひりひりするような感情のダマが、弾丸となって飛んでいく。

 いけ。

 見せてやれ。

 舞台に、会場に、観客に、このそらに。

 おまえの軌跡を刻みこめ。

 同情ではない。

 それだけが断言できた。

 シモベがこちらを見る。

 目が合った。

 気がしただけかもしれない。

 彼女のころころと転がるような声が耳をかすめる。

 これも気のせいか。

 どうでもいい。

 シモベが舞台に躍りでる。

 翼なんか必要ない。おまえが風になればいい。

 風が宙を切り刻む。

 空気のうねりが肌に伝わる。つぎからつぎへと押し寄せる。

 私は息を止め、しずかにきたる未来を予感する。

 この日、日本全土のダンサーが、このコの名を知ることとなる。

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掲載元:カクヨム【戸惑いと舞い

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げんきでた!!!
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郁菱 万

いくびし まん です。 小説を載せていきます。 過去作はこちらになります→https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex

中編小説

二万字以上のちょっと長めの物語。
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