【戸惑いと舞い(4)】

「シモベちゃんは天才なんだろうね。だからできて当たりまえのことを言語化するのが人並み外れて苦手なんだわ。教えるのにもスキルが必要、天才であるほど他人に教えるのが下手なのが道理」

「教えるのが上手な誰かさんはじゃあ」流し目する。「凡人オブ凡人ですね」

「鍛練を積んだと言え」

 せんせーあざーしたー。

 ほかのダンサーたちが新参者に頭を下げている。照れくさそうにするでもなく飄々と戻ってくるとシモベは、そろそろ帰らなきゃ、と言って、こちらのゆびを握った。

「へ? 私はまだいるけど」

「でもわたし」

「駅すぐそこだけど。あ、バスだった?」

 彼女は首を振った。電車でいいらしい。ならなぜこちらのゆびを掴んだままなのか。

「いいじゃん、送ってきなよ」リーダーが言った。

「えー」

「きたばっかなんでしょこの街。まだよく分かんないっしょ。だいたい先輩から頼まれたのはミカドじゃないの」

「そうだけど」

「服はそれあげるから。お駄賃だと思って」

 ね。

 リーダーにお姉さんぶられては、こちらの立つ瀬がない。なんだ全身タトゥまみれのくせに。

「タトゥは関係ねぇ」へなちょこチョップがさく裂する。

「うぅ。まだなんも言ってないのに」

 頭をさする。期末試験の点数がわるかったらリーダーのせいだ。

 服はやる、とのお言葉に甘える。着替えずに、そのまま駅までいき、改札口をくぐった。シモベもいっしょだ。ゆびを握られたままだったので歩きづらい。改札口のまえで服の裾に持ち替えてもらう。正確にはいちど、離れて歩こっか、と提案したのだが、うまく伝わらなかったのか、シモベは頑としてこちらの一部に触れつづけた。

 プラットホームに立つ。地方の駅だから線路は二つしかない。右か左にしか電車は行かず、二分の一の確率で、乗る電車は別々だ。

「じつはあっちの電車だったりしない?」

「こっちだよ」

「降りる駅までいっしょだったらどうしよう」

 どこなの、と訊かれたのでおっかなびっくり応じると、シモベは私が降りる駅から十も向こうの駅名を口にした。終点駅の手前の駅だ。

「めっちゃ遠いじゃん」

「朝は何時にいる」

「え、何時? なにが」

「朝。学校行くとき」

「えー、決まってないけどなんで。もしかして一人じゃ学校行けないとか言わないよね」

 シモベはうつむいたきり何も言わなかった。改めてまじまじと見下ろす。とても同い年には見えない。同時に、先刻目にしたばかりの光景、重力を操ったかのような彼女の身体能力を思いだし、生唾を呑みこむ。

 乗り込んだ電車は混んでいた。帰宅ラッシュと重なるからいつもはもうすこし時間帯をズラして乗っている。

 ドアのまえに立つ。はからずも小柄なシモベを庇うような立ち方になった。赤ちゃんペンギンを保温する親ペンギンの気持ちが分かるようだ。

 シモベはしきりに膝をさする。

「痛むの」

「ううん」

「具合がわるいとか」暗に生理かと訊いた。

「おまじない」

 シモベは言った。意味を掴みかねる。

 お腹が痛いときにやるやつみたいなのかな。

 トイレにこもるじぶんを想像していると、ややあってからシモベは、

「きみはわるくないよって、だいじょうぶだよって、励ますの」

 あたかも自身の脚をペットか友達のように言った。

 わるいのはわたしだから。

 続いた彼女の声は電車の騒音と重なった。ひょっとしたら聞き間違えかもしれなかったので、そっか、と相槌を打ち、この話題はそれきりにした。

 車窓に映るじぶんの顔を眺めているうちに降りる駅についた。

 電車が闇の向こう側に消えていくのを見届けてから私は、駅の階段をのぼった。のぼりながら、誰かに引っ張られることのない服は軽いのだと知った。ゆびさきもどこか冷たい。


 翌日からシモベは毎日のように踊り場に顔を出すようになった。

 正式に転校してきてからというものシモベは私にすっかり懐いた。朝に駅にいくとそこには小柄なペンギンの姿があった。

 混雑する朝のラッシュ時であるにも拘わらず目聡く私を見つけだすと、そそくさとゆびを握り、私が拒むと、裾をつまむ。再三の攻防の末、折衷案としてシモベはクマのキィホルダーを購入してきた。なにごとか、と見守っていると、それをこちらのカバンにかってにつけ、持ち手としてそれを握った。

 ひと月も経つと、ふくよかだったクマのキィホルダーがシモベの手のカタチにくっきりとへこんだ。なんだか未来の私を暗示しているようで、気持ちがよいものではない。買ってもらった品である手前、捨てるのも忍びない。

 クラスが別だったのはさいわいだ。

 帰りはこっそり見つからないように学校を抜け、さきに帰り、着替えてから踊り場に向かった。夕飯は買って済ますこともあるし、家で食べていくこともある。

「んだよ、きょうはシモちゃんといっしょじゃねぇのか」

 踊り場に一人で向かうと、決まってさきに踊っていた連中が、小型ペンギンの姿がない、とぼやくのだ。

「せめて私に聞こえないとこで言って」

「リーダー、見てくれ。ミカドのやつ、いじけてやんの」

 やいのやいの、みなはいつまで経っても私を子ども扱いする。文句があるならかかってこいよ。言葉にこそださないが、いつだって心のなかでは思っている。

 私は基本的に独りで黙々と踊る。踊り場には私専用のエリアがある。たまに茶々を入れにバトルを仕掛けにくるひともいるし、私も私でみんなのサークルに入って遊ぶこともあるけど、出場する大会は月単位で決まっているから、みんなに合わせていたら万年予選敗退が確実だ。

「調子のんなブーブー」

 私のクソマジメな姿勢はここでは評価されない。

 ありがたいことに私の真剣さはシモベには伝わっているようだ。踊り場での彼女は、私が独りで黙々と踊っているのを邪魔することはない。私をよそに、ほかの面々にトリッキンの技を伝授したり、あべこべにダンスを教えてもらったりと交流を深めている。それなりに楽しそうなのは、よろこばしいことだ。

「そんな顔するなよ、いじめたくなっちゃうだろ」休憩がてらベンチに座ってシモベたちを眺めていると、リーダーがとなりに座った。「ほい。コーラ。炭酸は抜いてやった」

「余計なことしやがって」

「口がわるいコはこうだ」

 むちゅむちゅ、と唇をとがらせ迫りくるヘンタイ女を足蹴にしつつ、さっそくコーラに口をつける。炭酸がないと飲みやすい。お腹にガスが溜まらないし、ゲップをせずに済むのは思春期女子にはありがたい。

「あんま調子良さそうじゃないけどどうなん。たしか再来月だっけ。ワンオーワン」

「今年こそ本戦にいくんだ」

「本戦って言っても、日本予選だろ」

「いいじゃん。それに勝ったら正真正銘日本一、つぎはアジア予選で、世界大会。だからまずは再来月の地区予選で優勝して、本戦に進む」

「決定事項みたいに言ってるけど、だいじょうぶなの。あたしはもうバトルは出ないからあれだけど、性別年齢問わずなわけでしょ。ミカド、あんたはすごいよ、それは認める。けど、男ども相手に優勝はやっぱキツいんでないのー」

「リーダーの口からそんなの聞きたくないよ。エキシビジョンバトルで世界王者倒した伝説の女の言うことじゃないもん」

「時代が違うもの」リーダーはあぐらを掻き、頬杖をついた。「この歳になって実感するよ。ダンス業界も年々スキルあがってくでしょう。それについてけるのは一部の天才、それこそ遺伝子からして特化した一部のオスばっか。スキルだけがダンスじゃない、そりゃそうだけどね。ただやっぱりミカドのダンスはスキル重視、基本のステップ一つとってもキレからスピードから体力勝負じゃん」

 じっさいもう三年前でしょ、とリーダーは言った。

「ミカドが大会で優勝したのって。それきりじゃん。イマドキ女で世界一は夢のまた夢でしょ」

「なんでそんなこと言うの」

「あたしはミカドには無理だと思ってるよ。いまのままじゃね」

 息を飲む。怒りで頭が真っ白になった。

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掲載元:カクヨム【戸惑いと舞い

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やる気でた!!!
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郁菱 万

いくびし まん です。 小説を載せていきます。 過去作はこちらになります→https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex

中編小説

二万字以上のちょっと長めの物語。
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