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【テロルの木馬】

 気まぐれな風が頬を撫でる。昼時だというのに喫茶店は空いている。通りまで閑散としており、テラスでコーヒーをすすっていても雑踏の喧騒が聞こえてこないほどだ。

「みんな警戒して外出を控えてるんですよ」

「かってに人の心を読むな」

 睨みをきかせると、オレの向かいに座る女は、

「誰かさんがなかなか仕事を引き受けてくれないから」

 ここぞとばかりの嫌味を口にする。「いまのところ報道管制が敷かれてますから、表向きはどの爆破テロも事故として報道されてますけど、そんなの信じてる国民はサンタクロースを夢見る少女くらいなものですよ。テロなんですよ。国際的に大問題の大事件ですよ。人命がかかっているのに、どうしてあなたはそう意固地なんですか」

「テロだからだよ。ほかに理由があるか? 売られた喧嘩を買ったらやっこさんの思う壺じゃねぇか。相手にすんな。話題にすんな。こっそり、ひっそり、陰から葬れ」

「それができればあなたにこうして頼んではいませんよ。首謀者が不明。声明をだしてるテロ組織は挙げつらねたらキリがなく、どれが本物の声明かを断定するだけでも対策本部はパンク寸前なんですよ」

「人手が足りないからってとっくに引退した民間人にすがるんじゃねぇよ」

「ですがこうしているいまもどこかで爆弾が」

「要求に共通項はあんのかい」

 面倒なのでヒントをやった。女はポカンとしており、勘のわるいやつ、と舌を打ちながら、

「声明を発表したテロ組織どもの要求だよ」と煙草に火を点ける。「あるようなら声明の乱れ撃ちも含めてテロの一部だし、そうじゃないなら知名度を挙げたくての便乗だろう」

 女はこちらから煙草をぶんどると、足元に捨て、踏み消した。禁煙です、の一言もなく、「共通点はあります」と告げる。

「てことはだ。一連の爆破テロの首謀者は、各テロ組織と繋がりのある人物であり、かつ、どの組織をも鶴の一声で動かせるだけの影響力を持った人物もしくは組織だってことになる」

「そんな強大な組織ありますかね」

「それを探しだすのが嬢ちゃんの仕事だろ」

 おいちゃんはもうオネムの時間だ。

 席を立つ。財布から紙幣を一枚抜いて、グラスの底とテーブルのあいだに挟む。「ごっつぉーさん。もう連絡してくんじゃねぇぞ」

 上着を羽織り、その場を離れる。

「愛国心はないんですか」

 女のイタチの最後っ屁を背中に受けながら、振り向かぬままに手を振る。

 ひとしきり歩いたところで煙草を一本とりだすと、ビランさーん、と女の叫び声が追いかけてくる。忘れ物ですよー、と続いた声に振りかえると、女はテラスの座席の下からスーツケースを持ちあげ、ボケるのには早くないですかー、とこちらに一歩踏み出しているところだった。

 何かを言おうと思った。

 口に咥えた煙草が地面に落下しきる前に、凄まじい衝撃が全身を包みこむ。

 巨大なマシュマロじみた風圧が、身体を後方に押し流す。

 熱い。

 無数に針を肌に刺されているかのようだ。痛みが襲う。

 地面にしたたか身体を打ちつけたときには、爆音が耳鳴りと化して、頭の奥に鳴り響いていた。

 意識がいくつかに分離している。そのうちの一つがサイレンにも似た音で、警戒音を発している。

 つぎに目覚めたとき、オレは真っ白い部屋のベッドで、身体から無数の管を生やしていた。

 五体は無事なようだ。顔面がひりひりするが、鏡を見ずとも火傷であることは解かっていた。

 ナースコールはないかと周囲を見渡す。窓がないことに気づき、ここは病院ではないな、とようやく意識が覚醒するのを感じた。

 ベッドの脇には机がある。物が置けるようになっており、そこに一枚のメディア端末がぽつんとあった。手にとって中身を改める。

 何らかの資料が入っているだろうな、と推し測っていたら、案の定だ。一連のテロ爆破事件の極秘資料と、そして直近の爆破テロ事件の詳細が載っていた。

 死亡欄にはいくつか名が並んでいる。そのうちの一人に目が留まる。生きているとは思わなかったが、こうして改めて文字として認識すると、あの女はもうこの世にはいないのだ、と遅れてやってきた津波のような感情が、オレの中身をぐちゃぐちゃとまとめて押し流していく。

「ビランくん、きみにはテロ実行犯としての容疑がかけられている」

 音もなく壁が左右に割れ、向こう側から男が一人現れる。見た顔だ。以前は同僚だったが、たしかいまは新しく新設された諜報部隊の指揮官のはずだ。

「いいや、いまは三つの部隊を束ねる総指揮官だ」

「どいつもこいつもかってにオレの心を読むんじゃねぇ」

「その調子だと記憶に支障はないようだな。会ったのだろ、あのコと」

「むかしの教え子の顔を忘れるほど耄碌はしてねぇよ」

「ではさっそくでわるいが現場で何があったのかを話してもらおうか。資料はもう読んだのだろ」

「監視カメラの記録がごっそり抜けてるってのはなんでだ」

「調査中だ。すくなくともきみたちの座席のしたに爆弾を置いて行った者の特定はできていない」

「オレが着いたときにはすでにアイツがさきに座っていた。オレに【ハコ】は置けねぇよ」

「そんなことはあるまい。あの店の立地条件からして、諜報員ならばまずあの座席に座る。きみがそれを見抜けぬわけがあるまい」

「まあな」

 あの女がまだ尻の青い娘っ子だったころに、諜報員に必要な技術を教えこんだのはオレなのだから。

「容疑が晴れないかぎり、ここからは出られんぞ」

「テロの首謀者を割りだせってか」

「きみならできるだろう」

「どうだかな。おまえと違ってオレは国に見放された男だからな」

「そう言うな。きみの実績、実力共に、この業界に身を置く者なら知らない者はいない。いまでは伝説と語る者たちがすくなくないくらいだ」

「そんな男が勲章の一つもなく、私立探偵の真似事をして日銭を稼いでいると知ったらそいつらはなんて言うかな」

「きみがどう思おうが、きみはいまテロ実行犯の最重要容疑者だ。このままでいたいならそれを無理に止めはしないが、きみにはきみにしかできないことがあるんじゃないのか」

「たとえ監禁されていようとも、か」

 もういちどメディア端末の資料に目を通す。「犯行声明をだしてるテログループに共通項があると聞いていたが、そのことは書かれていないな。オレを駒として使いたいなら出し惜しみするな」

「もうそんなことまで聞いていたのか」男は眼鏡をはずし、いちど眉間を揉んでから、すべてのテログループは、と口火を切った。「これまで我々の諜報機関が極秘裏に遂行した計画のあますことなくを世間に公表しろと言ってきている」

「国家転覆が目的だな」

「ああ。仮に公表すれば、国民からの信用がなくなるだけでなく、国際問題として各国から袋叩き、それこそ孤立無援状態での戦争に発展しかねん」

「報道管制はまだ敷いてんのか」

「今回の爆破は、下水管内に発生したメタンガスが要因ということにしてはいるが、露呈するのは時間の問題だ」

「前回は消臭スプレーに引火だったな。ネタも尽きてきたか」

「笑いごとではない」

「なあおい。監視映像が毎回のように抹消されてるようだが、これに関して何か情報は? いくらなんでもこりゃプロの犯行だろ」

「我々のなかにスパイがいる可能性はむろん探っている」

「十中八九いるだろうな。特殊な訓練を積んでいるやつが実行犯に加わっているはずだ。それから、おまえらの動きも読まれているとみていい。今回も動向が筒抜けだったから、見せしめにされた。バカにされてんだよおまえらはよ」

「だから恥を忍んでこうしてきみに頼んでいる」

「オレ以外の元工作員は?」

 男は黙った。

「おいおい。話してくれねぇと解かんねぇだろ」

「連絡がつかん」

「は?」

「行方不明者がほとんどだ。足取りが掴めた連中は、身体の一部だけを残して、この世から消えていた。遺留物の部位からして、生きてはいないだろう」

「おいおいおい。後手に回りすぎだろ、どんだけ打つ手なしなんだ」

「だから最後の希望としてきみを頼ったのだ」

「なるほど。さすがにオレの足取りは、テロ連合軍であっても掴めなかったか」

「我々はきみの居場所をつねに把握していたがな」

「オレだけじゃねぇだろ。引退した諜報員にゃ全員、追跡装置が埋めこまれてる」

「きみのだけは特注品だ。だから連中もきみを割りだすことだけはできなかった」

「だがオレも狙われた。てこたぁ、やっぱりスパイが潜りこんでるってこったな」

「もしくは我々の技術が外部に流出している可能性もある。いずれにしろ状況は芳しくない」

「おまえらだって各テロ組織にスパイくらい放ってんだろ。そっち方面からの情報はどうなってんだ」

「連絡がとれないのがほとんどだ。幾人かは殺され、また幾人かは寝返ったと判断している」

「寝返る? 考えられんな」

「よほどの大物がバッグについているのかもしれん」

 なんにせよ、と男は眼鏡をゆびで押しあげる。「きみの分析にかかっている。ぜひご協力いただきたい」

 言い残し、男は部屋から出ていった。

 言うだけ言って、あとは人任せ、というわけにもいかないのだろう。やることは山盛りであるはずだ。

 ベッドから起きあがり、部屋をうろつく。監視カメラの位置を把握する。さらに部屋の形状とベッドの位置、壁の材質などから、隠しカメラ、盗聴器、サーモグラフィの有無、そしてそれらの位置を割りだす。

 厳重というわけではない。一介の国際指名手配犯を監視するのに使う程度の設備だ。

 ベッドに横になり、目をつむる。

 眠るわけではない。

 深く考えを巡らせるには楽な姿勢がベストだ。監視の目を欺く利点もある。

 盗聴器や監視カメラがあるということは、電磁波の類が完全に遮断されているわけではないのだろう。

 ならばこのまま目を閉じながら、歯を何度も噛みあわせることで、モールス信号を送れば、外部への指示は可能だ。

 歯の被せ物は特殊な合金だ。奥歯を噛みあわせることで、微弱な電磁波を飛ばせる。その電磁波を感知できる機器は限られる。ニュートリノの感知システムほど繊細ではないが、仕組みは似たようなものだ。

 喫茶店に爆弾を運んだのは、死亡したオレの元部下だ。あの女は中身が何かも知らず、元上司のオレから頼まれたというだけで爆発物であるスーツケースを持ってきた。身内を無条件で信頼するのがあの女の欠点であり、ゆえに諜報機関のバックドアとして活用させてもらった。

 あの女はじぶんがスパイとして利用されていることにも気づかず、テロの片棒を担がされたのだ。今後、似たようなカタチでオレに利用され、全世界でテロを起こす現役諜報員があとを断たなくなる。

 計画の全貌を振りかえる。

 組織のほうでテロの要望を呑もうが、拒もうが、結果は同じだ。世界中の国々からいずれこの国の諜報機関は非難され、解体を余儀なくされる。Xデーはちかい。

 国民はすでに政府への不信感を募らせ、爆発寸前だ。これまでの一連の爆破事故が連続テロであると発表したときが、やつらの終わりのはじまりだ。

 何事も、もっとも注目を浴びる瞬間が狙い目だ。

 テロに屈し、テロに反応し、政府が国民にテロの関与を明かし、みずからの方針を覆したその瞬間、オレはテロの目的を世間へと公表する。

 もしやつらが最後までテロの存在をひた隠しにしたとしても、それはそれで構わない。こちらの計画は何十年先まで練ってある。無駄に抗ったところで、苦しむ時間が長引くだけだ。こちらに損はない。

 動機は単純だ。

 愛国心などというバカげた妄言のためにその存在を認知されることなく羽虫がごとく死んでいった諜報員たちへのはなむけだ。

 上層部は血を流すことなく、一見責任をとっているふうを装い、お得意の人脈とやらで仲良しこよし、のらりくらりと盤上ゲームに興じつづける。現場の諜報員はそんな上層部のテイのいい手駒であり、用が済んだら壊れた手駒はゴミ箱行きか、ぞんざいに林の奥へと放擲される。

 オレたちゃポケモンじゃねぇんだぞ。

 息巻いたところでどうしようもない。

 手駒自身が、手駒であることに使命を感じ、矜持を燃やしている。

 元部下のあの女もけっきょく、組織に毒された憐れな手駒だ。生きていたところで、そう遠くないうちに二重スパイの嫌疑をかけられ、拷問まがいの尋問を受け、死ぬよりつらい日々を過ごしたはずだ。

 このバカげた連鎖を断ち切るためならオレは、極悪人にでも、テロの首謀者にでも、何にでもなってやる。オレはいま、ふたたび組織内部に入りこんだ。

 正義ゴッコは終わりだ。

 世の統べる者どもよ。

 身を以って知るがいい。

______
掲載元:カクヨム【零こんま。128話
電子書籍:短編集【千物語(桃)

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郁菱 万

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