【戸惑いと舞い(6)】

 まあ、気になるよなふつう。

 偽る必要はない。

 どこにいるだろう。

 螺旋階段をぐるっと回ると、シモベはまさにその螺旋階段に腰掛けていた。

「なにしてんの」下のほうから声をかける。

「休んでた」シモベは言った。夜空と同化している。動く気配がない。

 すこし考えてから階段をのぼり、二段下に腰掛ける。「バトルやってるよ」後ろ手に体重を支える。「でないの」

「きょうはいい」

「いつもはでてるんだ」

「ときどき」

「あのさ、なんで」そこまで口にしてから、なぜそんなことを訊くのか、と思いながら、「なんでトリッキンの技しないの。取り入れたらもっとつよいじゃん」

 返事がなかったので振りかえると、シモベは顔を伏せていた。その手は足をさすっている。

「痛むの」

「ううん」

「怪我したんだって。訊いたよ。やっぱ後遺症とかそういうの」

「ないよ」

「ないんだ」意外だった。「あー、筋力落ちちゃったとか」

「それもある」

「そっか。たいへんだね」

 言ったものの、我ながら心のこもっていない言葉だった。見上げると月が浮かんでいる。ビルとビルの合間にぽっかりと開いた穴のようで、まるで私たちはそこから落ちてきた異星人のようだとわけもなく思う。「今月の終わりごろ、大会あるんだ。前に言ったよね。シモベも出なよ。気晴らし。遊びでいいからさ」

「でるの」

「私? 当然。優勝すっから見ててよ」

 彼女はくすくすと肩を揺らす。膝を抱え、ちいさく前後に揺れた。

 何がそんなに愉快なのかは判らなかった。押したらコロコロと転がり落ちてしまいそうな彼女の姿は、見ていてそんなに不快ではなかった。

 私は立ちあがり、彼女の靴を足先で小突く。「ねぇ、あれできる。リーダーの技」

 顔をあげた彼女はきょとんとしたあとで、言葉の意味に思い至ったのか、小刻みに顎を引く。

 私たちは階段を下りた。バトルに夢中になっているほかの面々たちからは見えない位置、螺旋階段を挟んだ向こう側に移動し、私の指定フロアに彼女を初めて招き入れた。

 私はシモベに指示をだし、あれやってと注文をつけては、難易度の高い技に挑戦させた。彼女は私みたいに常に回転しつづける動きは苦手なようだ。反面、片手で身体を支える系の技はどんどんこなした。型と型を組み合わせ、連続してやってみせてとおねだりすれば、シモベは一、二回の失敗のあとで、見事にそれを物にした。

 彼女は命じられ慣れていた。まるで以前からそうして誰かの忠実なしもべだったかのようだ。忠実な猟犬のように。或いは高性能なドローンのように。

 その日はそれから踊り場から私たち以外のダンサーがいなくなるまで、私たちは言葉を動きに変換しつづけた。映画監督や指揮者の醍醐味なんて知らないけど、こんな感じかもしれない、となんとなく思った。

 つぎの日も、そのつぎの日も、私はじぶんの練習のあとで、シモベとの時間を過ごした。リーダーが何かを言いたげに近寄ってきては、なにも言わずに肩をぽんぽんする。その温かい目はなに?

 四日目にして、思いつくだけの型をのきなみ試してしまったことに思い至る。頭をひねればもっとあるだろうが、いまの私たちに考えられ得る組み合わせはもうないと思えた。

「やー、びっくり。いまバトルしたらシモベ、あんたに勝てるかもう分からん」

 彼女は、あはは、と笑って、下唇をはむ。

「大会まで二週間あるから、あとは音に乗れるようになれば予選は確実。ベスト8くらいなら問題ないんじゃないかな。ま、バトルに絶対はないけど」

 言ってから、トリッキンの元日本代表に大口叩きすぎたな、と反省する。「シモベならその辺、私より場数踏んでるんだろうけど」

「ううん。ダンスのバトルとぜんぜん違うから。曲に合わせなきゃだし、ダンスのほうが緊張する」

「いちおう、流れを最後まで決めちゃうセットムーブってのもあるから、全員が全員即興ってわけじゃないけどね。即興にしても、部分的にはけっきょくは、練習してきたこと以上のものは出せないわけで」

 本当を言えば、アドレナリンパワーで、練習以上の技が成功することはそう珍しくもないのだが、それこそシモベには釈迦に説法だ。

「大会まで時間あるし」私は言った。「トリッキンもムーブに入れなよ。もったいないって」

 彼女は難色を示す。足をさするのは無意識からの所作のようだ。

「無理強いはしないけど」と言い添える。

「見ててくれる?」

「え、いま」

「もだし、バトルも」

「ああ、大会のとき。そりゃ同じ会場にいるだろうから、応援だってするし。あ、もちろん対戦相手にならなきゃの話だけど」いや、と思い直す。対戦相手ならば、誰より近くで見ることになる。ひょっとしたら決勝で当たるなんてこともあり得るのだ。「やっば。なんかワクワクしてきた」

 よっしゃーやったるで。

 背伸びをすると、そのよこでシモベが屈伸をしはじめた。

「わかった。やってみる」

 言って、止めていた音楽をかけるとフロアに入る。音楽に合わせ即興で踊りだす。

 驚いたのは、しょっぱなからトリッキンの技を放ったことだ。流れるように得意な型に持ち込み、けん玉よろしく的確に技を組みあげていく。型と型の合間にもトリッキンを挟む。その切れ間のない緩急の連打は、点と線で奏でられる音楽そのものだ。彼女そのものが打楽器にでもなったかのようだ。

 ミスのない完璧な踊りというものを私は知らない。

 知らなかったのだといま知った。

 存在してはいけない世界の裏側を覗くのに似た衝撃に、息が詰まる。

 気づくと音楽は鳴りやんでおり、スピーカーに触れたままの格好で、シモベはこちらを見詰めていた。足をしきりにさすっている。何かを言ってほしそうにしている。この数日のあいだに築かれた私たちのお約束からすれば、私が一言、感想を言う場面だった。

「うん、いいんじゃない。本番でも使ったほうがいいよ。ただ、まだちょっと繋ぎが甘いから、まごつかないように反復したほうがいいかもね」

 口から零れ落ちる言葉がじぶんのものではないようだった。

「よかった……?」念を押すかのような声音に、もちろん、と太鼓判を捺している。頬は痙攣し、目じりがひくつく。まるでおどけるリーダーのサル真似をしている気分だ。

 彼女は近寄ってくると、真下からこちらを見上げた。ころころ、と破顔する。

「ありがとう、うれしい」

 伸びてきた小さな手が私のゆびを掴もうとした。私は後ずさった。負けてらんないな、とか、練習しなきゃだわ、とか、それらしい言葉を並べた。一刻もはやく彼女の視界から消えたい、映らない場所に行きたいと願った。そのあとどうやって家まで帰ったのかを憶えていない。シモべがいっしょじゃなかったのはたしかだった。

 それから大会までのあいだ、私はことさら一人の世界に引きこもった。

 脇目を振っている場合ではない。他人に手を差し伸べている余裕なんてない。

 私は真剣なんだ。

 本気なんだ。

 遊びじゃないんだ。

 挨拶にやってくる踊り場の面々のことごとくを私は無視した。リーダーは聞えよがしに、あァん?と唸ったが、私に何かを言ってくることも、こちらの身を案じるテキストメッセージも送ってこなかった。

 放っとけ。

 踊り場から引き上げる間際、リーダーがほかの面々を集め、そう言っていたのを、幻聴のようにただ耳にした。


 大会当日、私はひとりで会場に足を運んだ。ひとりで受付けを済まし、ひとりで身体を温め、ひとりで本番に臨んだ。会場は屋外に設置された円形の舞台だ。昼間の開催ともあって青空が広がる。

 観戦は無料だ。単なる通行人が覗きに集まるので、観客は軽く二千を超える。

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掲載元:カクヨム【戸惑いと舞い

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げんきでた!!!
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郁菱 万

いくびし まん です。 小説を載せていきます。 過去作はこちらになります→https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex

中編小説

二万字以上のちょっと長めの物語。
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