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オタマジャクシのままでいたい(一)

あらすじ。
写真好きな女子中学生が殺人事件に巻き込まれて犯人と対峙する話。

※※※本編※※※(35000文字)

 モンシロチョウが飛んでいて、あっいいな、って思ったから反射的にスマホのレンズを向けていた。動いている対象物を捉えるのはむつかしい。手ブレしないように綿毛になった気持ちで、シャッターマークをゆびさきで触れる。

 枠の中にモンシロチョウを収めたい。酔っ払いみたいにふらつきながら、あっちにレンズを、こっちにレンズをやっているうちに、数枚、ピントのあった画がとれた。

「やった」

 画面を確認して、いちばんキレイな写真をSNSにアップした。SNSは中学生になってからはじめた。歴で言うとそろそろ三年目に突入だ。

 写真のなかでは、羽を広げたモンシロチョウが川沿いの土手を背景に舞っている。わたしのすぐそばでは、赤ちゃんを乳母車に乗せているお姉さんがいて、しゃぼん玉を飛ばしている。写真のなかでも、透明なマルが点々とつづき、モンシロチョウの軌跡を描いている。

 満足気に歩を進めたら、誰かとぶつかった。

「あ、すみません」

 顔をあげると、強面のお兄さんが立っていた。

「す、すみませんでした」

 丁寧に言い直してみるものの、なぜわたしばかりが謝らなければならないのか。表情筋が死んでいくのがじぶんでも判った。

「今なにか撮ってましたよね、ちょっと見せてもらっていいですか」

「なんでですか」

「すぐ済みます。確認するだけですから」

 パンツを見せろと言われているわけでもないのに、そう言われるのと同じくらいの嫌悪感が湧いた。

「肖像権くらい知ってますよね」

 わたしが渋るからか、お兄さんは言った。「間違って映っていたら嫌なので」

 言われてはっとする。モンシロチョウにばかり気を取られていたが、位置的にお兄さんが映りこんでいてもおかしくはなかった。

「そんなはずないと思うんですけど」

 まずはじぶんで確認してみる。SNSを開き、さきほどアップしたばかりの写真を見た。

 映っていた。

 見切れてはいるものの、はじっこのほうに、シャボン玉と重なるようにしてお兄さんの頭が映っている。

「どうだった」

 お兄さんが顔を寄せてくる。「見せて」

「いやー、ちょっとお待ちください」

 スマホを遠ざけ、時間をかせぐ。

 まちがいなく消される。

 わたしが、ではない。

 せっかく得られた奇跡の一枚が、ナンクセまがいの脅しに屈して消されてしまう。ボサボサの頭のひとつやふたつ、いいではないか。

 思いながらも、わたしだったらイヤだなとそこはすなおに認めたい。

 念のため、SNSにアップしなかったほうの写真を数枚確認してみるも、うち一枚にはがっつしお兄さんが映りこんでいた。全身から顔から、まるっとクッキリだ。仮にお兄さんが失踪してもこの画像さえあれば数日でお縄ちょうだい確実に思えた。

 ちゃっかりお兄さんを犯罪者扱いしつつ、手に汗を握る。わたしは是が非でも写真を死守したい。

 くだんの画像には百件を超えるリツイートがついていた。こんな好機は滅多にない。いまなお拡散の嵐は勢力を増している。

「映ってませんでしたよ」

 わたしは満面の笑みで応じた。お兄さんは微笑みかえした。「わかりやすいコでよかった」

 スマホを取り上げられてしまう。

「あーっ!」

 声を張りあげると、そばにいた赤ちゃん連れのお姉さんがようやくしゃぼん玉を飛ばす手を止め、こちらを向いた。わたしはゆびさきを指揮棒にして振り、お兄さんとじぶんの手を交互に示す。そうしてスマホ盗られたんですけどジェスチャーをしたが、お姉さんにはうまく伝わらなかった。

 困った顔で、うふふと頬に手を添えられてしまう。かわええなくそー。

「返してください」つま先立ちをして、お兄さんの顔のまえに手を伸ばす。

「そうしたいんだけど、んっ、んっ? これどうやって消すの」

「消しちゃ、めー!」

 お兄さんの腕ごとスマホを押さえにかかる。

「わかった、わかったから」

 思いのほか呆気なくお兄さんはスマホを解放してくれた。びっくりしたなぁ、などと頭を掻いている。それから思いだしたように、

「乱暴にしてごめんね」

 謝ってくれたのはよいけれど、

「こっちのはホントにちょっとしか映ってないんです、すっごいイイヤツなんです消すなんてもったいないんです!」

「んー」

「こっちの、こっちのやつは消しますから」

 言って全身バッチリ画像のほうを表示させてから、削除ボタンを浮かべる。画面を差し向け、お兄さんのゆびでそれを押してもらった。

「それで」

 こわごわ顔色を窺う。「やっぱりこっちもですか……」

「まあ、それくらいなら」

「やった」

「変わり身がはやい」

「えへへ、つぎからは気をつけますんで」

「泣き落としが成功してやったぜー、みたいなこともネットに書いちゃダメだからね」

「書きませんよ」

 ホントは書こうと思っていた。絶好のネタが使えないなんて、そんなの無駄でイヤな時間をただ過ごしただけだ。損しかない。

「うーん」

 お兄さんはむつかしい顔をした。それから背負っていたリュックを地面に下ろす。チャックを開け、中から民族っぽい紋様の包みを取りだした。

「こわがらせちゃったから、はい」

「なんですこれ」

「遠慮するよりさきに中身を訊くんだね」

「玉手箱だったらイヤじゃないですか」

「老けてもきみみたいなコなら、かわいいままだからだいじょうぶだよきっと」

「童顔のままってことですか、ヤダー」

「オランダのお菓子でね」

 お兄さんは言った。「美味しいから食べてみて。親御さんにも、どうぞって」

「もらっていいんですか」

「言うことをきいてくれたお利口さんにご褒美」

「ガキンチョあつかい……」

「写真を撮るときはもうすこし周囲に気を払ってね」

「お兄さんはでも、すこし過剰な気がします」

「わけがあるんだよ、ごめんね。じゃ」

 リュックを背負いなおし、お兄さんはわたしのよこを抜け、川沿いをさかのぼっていく。

 わたしはその背にスマホのレンズを重ねる。画面のなかに大きなリュックが映っている。

 旅行帰りなのかな。

 思いながらもけっきょくシャッターボタンは押さなかった。

 家に帰ってから母に、オランダのお菓子を渡した。

「どうしたのこれ」

「知らないひとからもらった」

「へー」

 母が迷いのない手つきでゴミ箱にそれを投げ入れた。

 わたしはぽかーんとする。

 無言でお菓子を救いだしに歩くと、せっかく拾いあげたそれを母はまたもやイチもニもなく、ゴミ箱に捨てた。「なんてことするの!?」

「そんなものをもらってきてはダメよ」

「正論ではあるけれど!」

 せめて中身を見てからにしてほしい。

 中身の無事をたしかめがてらつつみを剥がす。フタを開けると、大小さまざまなクッキーが詰まっていた。

「あら、美味しそう」

 母はひとつ摘まみ、さっそく頬張った。「あら美味しい」

 わたしはフタをし、箱ごとお菓子をとおざける。「もう食べちゃダメ、あげない」

「いいじゃない、毒味、毒味」

「おかあさん!」

「おっきなお声」

 おどけて煙にまかれるのは毎度のことだ。わたしはリビングを出ていこうとする。

「知らないひとってどんな?」

 母の声が聞こえたが、無視した。

 ベッドによこになり、スマホを操作する。知り合いからのLINEがひっきりなしに届いている。主としてSNSでのあの写真についてだ。確認してみると、リツイートが一万件を超えていた。ハートマークはさらに倍ちかい。

「はひゃー」

 脳内麻薬が分泌される音を、耳の奥でどくどく聞いた。

 翌日の学校では、わたしはスターだった。さらに翌日になると誰もわたしの話題を口にしない。ただ日常に戻っただけならよいのだけれど、なぜだか敢えてわたしを目立たせないようにしようとする勢力がクラスどころか学年全土に蔓延していた。

 ぐうぜん撮れた写真ごときで一躍スターになってしまっては、常日頃スターたらんとあくせく努力を積み重ねているがんばり屋さんたちの立つ瀬がない。

 それを面目丸つぶれと言い換えてもいい。

 つぶしたのはわたしだ。

 なるほど。

 まあいい。

 学校でのわたしの立場なぞ、SNS上での奇跡の一枚をあがめる数々の称賛の声に比べれば月とスッポンだ。

「すっぽんってなんだろう」

 気になったのでスマホで検索してみた。「なんだー?」

 卑猥なカメが出てきおった。

 ホントにいるの? こんなのが?

 ほげーと口を開けながら歩きスマホしていたら、下校途中だったこともあり、またぞろ人とぶつかった。

「こら」

 叱られてしまう。

「ごめんなさい、気をつけます」

「このあいだもそう言ってなかった? 反省するのが得意なんだね」

「うお」

 変な声がでた。オランダお菓子のお兄さんが立っていた。強面なのは変わらないが、もはやお菓子の印象がつよすぎる。

「歩きスマホ、よくないよ」

「お兄さんは不審者さんなんですか?」

「えー、そう見える?」

「母が知らないひとからああいうのはもらっちゃダメって」

「あ、怒られちゃった?」

「でも美味しいって言ってましたよ」

 ありがとうございますと腰を折って、ちゃっかり話題を変えてみる。

「親御さんの言うことが正しい。つぎからはそうだね、たとえぼくみたいなのからでも食べ物をもらうのはよくないかもしれない、親から禁じられていますのでって、断ってね。つぎがあったら」

「はい。つぎがあれば」

 しばらくお兄さんはモジモジした。

「あの、まだ何か?」

「あー、いや、ううん、なんでもない。じゃあね、また」

「あ、はい。え?」

 また?

 またってなにさ。

 お兄さんは川をさかのぼる方向、わたしがいましがた来た道に去っていった。

 それからというもの、お兄さんはちょくちょくわたしのまえに姿を現わした。場所は川沿いの一本道で、視界は拓けているはずなのに、なぜかいつも気配なく現れる。わたしからさきにお兄さんを見つけたことはない。

「妖怪だったりしません? 妖怪、トツゼンアラワレール」

「なんだか全身がキレイになりそうな名前だね」

「トツゼン、アライグマにアラワレール」

「もはや飼育員だね」

「お兄さんはきっとトモダチがいないんだね。こんな会話、わたしじゃなきゃついてけないよ」

「まるできみにはトモダチがいるみたいに聞こえる」

「おりますが?」

 お兄さんのあたたかーい眼差しが、なぜかわたしを虚仮にする。

「ちがいます、いるんです、たくさん。いっしょにしないでください」

「はは。早口」

 私は歩く速度を落とす。お兄さんはすこしさきで立ち止まった。「どうしたの?」

「わたしはいましばらくここでこのかわいらしい花をセンスある構図で写真に収める作業に集中します。不審者さんはどうぞおさきに」

「トモダチを置いてはいけないよ」

 しゃがみこんだわたしのよこにお兄さんは立って、こちらの手元を覗きこむようにした。「写真、趣味なんだ?」

「まあ仕事みたいなものですね」わたしは図にのった。

「じつはぼくも写真が好きでね」

「ふうん」

 絶対零度の語調で突き離す。興味ないんですが、の塊だ。

「まあ、うん。今はいっか」

「集中できないので離れてもらっていいですか」

「いいの?」

「はい?」

「まあ、いいならいいんだけど」

 お兄さんが離れる。するとどうだろう、画面のなかで理想的だった構図ががらりとその色合いを変えた。

「ん? ん?」

「足元の小物を撮るときはじぶんの影を利用して光量を調節するといいよ。それから地面に影があったほうがコントラストが強調されて、スマホのレンズだときれいに映る」

「うお、ホントだ」

 お兄さんが元の位置に納まると、画面のなかにはふたたび理想的な構図が浮きあがった。

「もうすこし下に構えてごらん。そう、小人になったつもりで」

 三角形を意識して。

 フレームにぜんぶを収めようとしない。

 見せたいものは敢えて中心に置かないのも一つだよ。

 お兄さんの指示に従うというよりも、画面のなかの理想的な構図を追い求めていくと偶然、お兄さんの指示と合致していく。途中からお兄さんは口を挟まなくなった。花だけでなくわたしは、石や、捨てられた空き缶のなかから顔を覗かせるテントウムシを撮った。

「すごい、すごい。こんなにたくさんイイの撮れちゃった」

「ほくほく顔だね」

「宝物拾ったみたい、うれしい」

 わたしはさっそくSNSに投稿する。一気に放出したかったが、毎日一個ずつ更新したほうがもらえる評価が一作品に集中するので、ストックしておくことにした。

 ふと思い立ち、

「お兄さんは?」

 SNSにアカウントはないのか、と訊いたつもりだ。

「あるけど教えない」

「なんでよ」

「フォローされても困るしね」

「鍵かけてる?」

「かけてるのもあるかな」

「裏アカだ」

「プライベート用のと分けててね」

「ストーカー用の、の間違いではなくて?」

 何気なくからかっただけの言葉に、お兄さんはぎこちなく、

「そういう使い道もあるね」

 冗談めかし、応じた。

______
掲載元:カクヨム【オタマジャクシのままでいたい
電子書籍:短編集【千物語(青)

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