あなたがいる街 小説「カラーズ」 (最終話)

1話目はこちら↓
https://note.com/ikuei11/n/n2a9952e4f688

 
 街が動き出す。台車を押す配達員、清掃人、ピザ宅配サービスのチラシ配り、飛び立つ鳥たち、ナースたちのランチタイム、英会話教室に集まる子どもたち……。 

今日は音楽療法の日だ。
放課後等デイサービスに療育の先生とアシスタントが乗る車がやってきた。
ボックス型の車の荷台から様々な楽器を運び出すのを手伝う。
先生の弾くギター、鈴やトライアングル、タンバリンの入った箱、シンバル、太鼓、トーンチャイムのケース……。

「よろしくお願いします。」
今日やってくる子どもたちの予定を伝える。

 医療的ケアが必要な子以外すべて受け入れるこの施設にやってくる子どもたちは、ダウン症、発達障害、身体、知的……様々な障害を持つ。
身体は大きいが全く話せず意思疎通が難しい子、全介助が必要で車椅子を使う子、目が見えない子……。
 対象は小学一年から高校三年生まで。大半は障害児の通う学校に行っているが、公立の学校の特別支援クラスに通う子もいる。
学校まで車で迎えに行き、夕方まで過ごして、自宅に送り届ける。学童保育のような場所だ。

玄関を入り、青い床のホールの入口には荷物を置くロッカーと手洗い場があり、皆は自分のマークと名前のついたロッカーに大きなリュックを入れて、手を洗い、遊び始める。
 ここでは曜日ごとにカリキュラムがあり、音楽、木工、アート、料理、などの活動をする。おやつを食べてリラックスしながら家に帰るまでの時間を過ごす。
夏休みは小さな庭でビニールプールをしたり、皆で遠足のように出かけることもある。

 おやつや食事の介助、オムツ替え、靴の装着、車椅子の送迎……慣れるまでに時間はかかったが、今ではひととおりできるようになった。
中学生のある男の子が「さくりん」と私にあだ名をつけてくれて、そう呼ばれている。
 相談室ではほぼ一日中座りっぱなしだったが、子どもたちと身体を使って遊ぶことが増えたせいか体型は引き締まった。

 私が異動になってしばらくしてから、「自分も子どものほうに」と希望を出して相談室を離れ、放課後デイに週一回手伝いに来ている橋本さんが言っていた。
「昔なら助からず生まれなかった子も、今は医療技術の進歩で生きられるようになった。問題は親が亡くなった後よね。親御さんたちは自分の亡き後、子どもがどう生きるか心配でたまらないだろうね。」

 もし自分の子が障害を持って生まれたら?一生会話ができなかったら?成長しなかったら?成人してもずっとよだれかけとオムツが取れなかったら?……私はそれでも愛せただろうか。責任を持って世話をし続けられるだろうか。送迎で会う親御さんの暗い目を思い出した。もし産む前に障害があるとわかったら、それでも産む選択ができただろうか。不妊治療中、なんとしてでも子どもがほしかった。どんな子でもいいと思った。でもここに来て、その気持ちは揺らいだままだ。

 ただ一つ言えるのは、様々な親子のかたちがあり、障害がある無しに関わらず、それらは等しく尊いということ……。


 音楽療法の先生に挨拶をし、打ち合わせをして事務所に戻ったとき、事務の森さんが電話を受け、まわしてくれた。

島内さんだった。

「もしもしお電話代わりました」

「……島内です」

ろれつの回らない懐かしい声。

あまりのうれしさに声が弾んだ。元気だと言う。私も元気だと伝えた。
島内さんは言った。

「佐倉さん、あの……忘れないでほしいんです。島内ヒトシを忘れないでください。」

「島内さん、もちろんです。わたし忘れません。忘れるわけないです。大丈夫です。
島内さんもわたしを覚えていてくださいね」

「はい、僕も佐倉さんを忘れません。佐倉さんに、しあわせになってほしいんです。しあわせになってください。」

「ありがとう……。島内さんも幸せにね。西さんと仲良く、元気でいて下さいね」
それから優しく言った。もうかけてきてはいけないですよ、ここは相談室ではないから……

「はい。ただ、忘れないでほしいんです。」


胸もまぶたも熱くなり電話をきった。
ここの電話番号をどうやって調べたのだろう。
ふっと力が抜け、一人くすっと笑う。
やるときはやる男なのだ。節約して生活保護を貯金する、20キロのダイエットもする、入れ歯をつくるために歯医者へ通う、風俗の女性を家に呼ぶ(正直に報告してきて室長に怒られていた)……。やるときはやる男、島内ヒトシなのだ。

相談室に入ったばかりの頃、冷蔵庫に話しかけても答えてくれないと訴えた島内さん。もし生まれていれば兄は同じ歳だった島内さん。
相談室で出会った人たちの顔や声が浮かぶ。
みんな本来の姿に戻って笑う。
したいことをしてなりたいものになる。
私たちは出会う。
もとの完璧な姿で。
怖れも後悔もない世界。

私は島内さんからの電話を橋本さんに報告するだろう。喜ぶ橋本さんの高い笑い声が聞こえる。



 立ち上がり、子どもたちを迎えに行くため車のキーを取った。



(完)

いただいたサポートは、さらなる文章力の向上のため、書籍の購入に使わせていただいております。 いつもありがとうございます! 感謝✨✨✨✨