嘘 小説「カラーズ」15 (全17話)

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 その日は室長の立花さんも土屋も珍しく午前中みっちりといて、何やらパソコンに入力していた。立花さんはいつも朝早くから来て、どこに出すのかわからない文章を打っているのだった。一度すごく不思議な紀行文のようなもの(世界遺産を旅して宿の女将と出会い……延々と何が言いたいかわからない話がつづく)を読まされたことがある。一方、土屋が記入しているのは役所への報告書だ。月初三日までに出さないといけない。
私も経理に取り掛かっていた。電話は橋本さんが受けてくれている。

お菓子のまるおか、入口のダスキンのマット、数ヶ月に一度届くウォーターサーバーのお水……、小さな金庫から領収書を出して一枚ずつ入力する。 
午後になり土屋が外出し、立花さんは私が休憩から戻ると間もなく出た。橋本さんは昼休憩に行って私一人になった。

 インスタントコーヒーをいれて有線をジャズのチャンネルに変える。土屋が先に来るとクラシックを流しているのだ。私はクラシックのBGMが苦手だった。立花さんは、夜の店のようになってお酒を飲みたくなるからという理由でジャズをかけるのを好まないから、彼らが不在の時だけ流していた。電話は来ない。音楽で気分が変わる。一転、誰もお客のいないカフェのような感じになった。
 
 一時期、模造紙の大きな絵がかけられていた壁には、最近では面談に来る利用者さんの作品を飾るようになっていた。今は12cm四方の真っ白い刺繍の作品が額に入れて飾られていた。いつか個展を開きたいと本気で学ぶ作者の物だけあり、時間をかけ丁寧に作られたことが一目でわかる心が洗われるような美しい刺繍だった。その前は別の利用者さんが作業所で作った天然石のアクセサリーを飾っていた。オリジナルデザインの一点物だ。


 経理の入力は午前で終えた。しかし使っているパソコンがフリーズしてしまい、私は明日片付け支援に行く予定の利用者さんの記録を見ようと、普段土屋が使っているパソコンを立ち上げた。その頃には個人の記録は紙に手書きではなく、パソコンのファイルに残していた。
土屋が直前まで入力していた画面が出てきた。役所に提出する書類だ。

日付、相手先、対面か電話か、簡単な相談内容、担当者の欄があり一日からびっしりと記入されている。先月末の記録で、25日あたりから月の後半の部分が画面に映る。なにげなく担当者の欄を見て、……ん?と思う。私が担当した人の欄に「土屋」と書かれている。月末はずっと不在にしていたはずじゃ?

おかしいと思い、その前の月もその前の前もチェックする。私や橋本さんがたしかに担当した欄に土屋の名前……。

……なに、これ⁈

入力ミスではなく、明らかに書き換えている。自分が仕事をしたように。

頭や手先が冷たくなり、動悸と共にその後顔に血が上ってくるのがわかった。
相談者の名前を見るとすぐにどんな話をしたか思い出せた。「わかった、〇〇さん、必ず行くから……」親身になって話を聞いていた橋本さんの声、電話を終えてから、なんとかならないのかと悔しがる表情。一時間の面談、真剣勝負、やりとり、私たちが費やした時間……あのときこんな話をした、苦しみを共有した……次々と頭の中で巡る。

それらがどうして……

珍しく電話が鳴らない静かな午後だった。
ほこりと花粉で霞がかった街にはいつもの車の往来。パソコンを前に立ち尽くし、早まる自分の心臓の音とBGMのジャズのリズムが響いていた。

 

16へつづく↓





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