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沖縄県民投票とバリに住む私と②

バリ島オリジナルバッグ"sisi"の生島です☺️

沖縄の人の「怒っているのでは無く、沖縄は静かに悲しんでいるのです」という言葉。(前回のブログの続きです)

私がバリ島で同じものを感じる事になるとは。

それらが「全く同じ」ものだとは言えないと思います。

悲しみの深さは沖縄の方がもっとずっと深く長いと思います。

更に言えば、昔の「移民」であった先祖たち(日本人に限らず)はそれ以上のものがあったかもしれません。

詳しい事を書けばややこしい話になってしまうので省略しますが、海外で暮らす私たち外国人は、「外から来た人間」である、ということ。

バリ島では特に現地の人と「仲間」になることは時として難しく、いつまで経っても「お客さん」(お金を払う)方と「お客さんを受け入れる方」(お金を受け取る方)という壁をなかなか乗り越える事が出来ないような。

「TAMU」という「お客さん」を意味するインドネシア語、バリ島においては(近隣の島もそうかもしれない)「外国人」を意味します。

なので、20年居る私も知らない地元の人にとっては「TAMUのお店なの?」と聞かれます。それに対してスタッフも「はい、TAMUです」と。

もちろん、私が昼すぎ頃出勤して「今日はお客さま(TAMU)いらっしゃった?」なんて聞くことも。(本来の意味として)

そんな私たちバリにおいてのTAMU。

「TAMU、TAMU言わないでよ!私はここの人よ!」

と声高に言う気はありません。諦めた、という訳では無く、もとから「外国人はずーっと外国人。それで得をしているところも大きいし、損したとしても、それは人の国にお邪魔してるのだから」と思っています。思うようにしています。

ただ、日本人の夫を持つ私は「外資の会社」を経営しているのですが、毎年毎年、いや、時として年単位ではなく変わるインドネシアの国の制度。

今、飛躍的に成長している(成長してどこに行くのでしょうね。経済成長という言葉、先進国、途上国、という言い方自体も好きでは無い)インドネシアにおいて、産みの苦しみ真っ最中なのでしょうか。

いろいろな段階での「産みの苦しみ」はあるとは思いますが、外資の会社、外国人労働者に対しての「改革」が大きく行なわれているように思います。

それが時として、この4月に行なわれる「大統領選」へのアピールだったりもするのかもしれませんが、突然エージェント(ビザや会社の設立の為に動いてもらう)から「資本金を4倍にしないと次の更新が出来なくなりました」とか、つい最近まで取れていた「在住証明書」が取れなくなりました、とか、手数料が倍になりました、とか、倍払っても無理です、とか...

村単位では「大きなお祭りがあるので寄付払って下さい、この額」と掲示される額がビックリするような額であったり、それが何か申請するタイミングであれば、もう最悪です。

払えるんですか?払わないなら、申請出来ないだけですけれど?

と、これは日本語でなんと言うのだったかな?「脅迫」?でしたか。

今まで例えば4-5千円ぐらいの寄付で済んでいたものが、1万円と言われる...ありますね、大いに。

しかし、申請の時に10万円、と言われたりする事がある。冗談半分で「うちも大変なんですよ、幾らかまかりませんか?」と言ってそれが、9万円になることはあっても、1万円になることは無い。

あまり押すと「出さないだけだから」と。

そして、その村の申請はその後続くスタンプラリー(国まで行く)の4段階ぐらいの一番最初だったりする訳です。(その後もこういう押し問答、いや、一方的に押されるのですが、それは続くのです。

次回の申請の時に、それが100万です、と言われても、それが90万円になる事はあっても、1万円にはならないのです。

「言われたら最後 払うしか無い」

いやなら、無理なら、あなたの国に帰りなさい、こちらはどうでも良いのだから...という姿勢。

20年もこの地で暮らし、もちろん私が助けてもらっているのが一番最初なのだけれど、そのお礼として「お給料」を払う。雇用を増やし、何十万円分もも月に税金を払う。

選挙権はもちろん無く、こういう時に「どうにかしてくださいよ〜」と訴えるところもない。 

100万円をどうにか90万円にしてもらう為にご機嫌を取り続けるのみ。怒った所でどうしようもなく、

「またか...」

と、胸に鉛を飲み込むような気持ちが残るだけ。イヤなら、出来なければ帰れば? 自分を戒める為に使っているこの言葉を何度も実際は聞かされる事になる。 個人単位では受け入れてもらっているのに、インドネシアの国としては「利益をドンドン出して、どんどん跳ね上がるハードルの高さについてこれるもののみ居て良し」という態度が辛い。

自国の利益を守り続けなくてはいけないのだから、小さな外資の会社の事など気にもしていられないのでしょう。押し寄せる大国の違法滞在者、そして違法との境界線を行ったり来たりしている大国の労働者、会社を圧する為の改正である、とは聞くものの、最終的には「どうなの?払えるの?」となる。

特にバリ島は特殊な環境で、国に対してだけでは無く、イミグレーションが外国人から必要以上の利益を受け取る事に躍起になっているように思います。ジャカルタなんかでは、システム化されて、「賄賂なんて!」という状態になりつつありそうですが...バリは、まだまだ!! ふふふ

私が好きでこの地に暮らしているのが大前提!ではありますが、そこまで「こんな目に遭わされる覚えは無いけれど?」と思う事が許可やらなんやらの時に本当に多いです。暮らしているだけでvisa問題とは切っても切れない。(日本だと暮らして行くのは誰に許可も取らなくても良い。)

沖縄をふと見た時に、今までアメリカと日本政府によって本当に何度も何度も利用され、地上戦の際には命と尊厳をも奪われた。

そして今は「基地問題」で、両国に利用されている。 普天間から辺野古に移動させる、というところで今はワイワイやっているけれど、辺野古に移設が決まった所で、実際の移設までには13年程かかる、と言われている。

更に

 「2006年に海を埋め立て、滑走路を造る今の計画で日米合意した時、県や名護市と十分な調整もなく、
閣議決定は廃止された。国が条件を満たすという前提がなくなったので、当事者の間では『受け入れの同意も
なくなった』と理解されている。にもかかわらず、国は『99年に県と名護市から同意を得ている』と繰り返している」
沖縄タイムズより抜粋

「同意」を得た時には辺野古の基地の出来る名護市と当時の知事と「15年しか使わない」「夜や朝の飛行を制限することなど」との条件が前提だったのに↑では「それは無理、でも同意は得ている」と日本政府は推し進めているそう。 これじゃまるで、悪徳不動産屋?ドラマに出て来る悪い銀行屋では?

基地を作るのを拒んで、中国や韓国朝鮮の仲間にでもなるつもりか?非国民!(先の大戦の時によく使われた。『はだしのゲン』か!戦争が身近に感じられて恐ろしい)愛国心は無いのかっ?と言って「沖縄の基地問題」を片付けようとするちょっとしんどい人たちが居ますが、そう言う事では無いのですよ。

家のすぐ近くの刑務所、しょっちゅう脱走もして非常に危険、どこか遠くにやって下さい、とお願いするのは「当然の心理」だと思います。

法的にどうにも出来ないけれど、町の気持ちを聞いてみよう、とアンケートをとったら圧倒的に「反対」が多い。どこか遠くに、遠くにやって!とお願いしたら100歩譲って「近くの山になら」と言われ、山に行く事に。山の管理人は「15年しか貸しませんよ。しっかり警備して下さい」と承諾した。(その際にお金ももらった。貸すのだし)

それが、その条件が反故された。それも山のなかの刑務所を作る資金は町も含む私たちの税金だと来たもんだ。それもそれを作る業者は怪しい業者でコストが普通の所の3倍もかかるらしい。 15年の、そして警備の約束などは無視されたが、「貸すって言ったでしょう、あなたお金を受け取ってるでしょう」とその一点張り。 更に、その工事はこれから13年かかり、お金もどんどんかかる、その一方 町のなかのしょっちゅう事故が起き、脱走し続ける刑務所もそのまま稼働中。

「こんな事であなたたちの事が信用出来ると思うのですか?山の刑務所ももうイヤです!」と街の人たちは言う。噂では、山の刑務所が出来ても移設、ではなく、増設ということにして、町の刑務所もそのまま稼働させよう、なんて言ってるという。

こんな事をして来た人たちだ、昔もそうだった、先祖の土地は奪われ、脱走兵たちに暴行もされ、彼らが乗る車が学校に突っ込んだ事もあった、でも、治外法権だ、と罪を償う事は無いらしい。

そんな町の人や山の人が、「イヤだよ!」と言う事がそんなに「非国民」な事なのでしょうか? 「沖縄が我慢してくれたら良いのだ」という人。あなたは、もし、その時が来たら代わりになってくれるのですか?

原発も然り、「しょうがない」と言えるのですか? 「代替案が無いのなら黙っておれ」という人に言いたい、「その時が来たら代わる意思が無いのなら、黙っておれ」と。

この数年の話では無い事が沖縄では起きている。私は人の国に来て、納得出来ない思いを飲み込んで「静かに悲しむ」しかない。

沖縄の人は先祖代々暮らし、昔は「琉球王国」というひとつの国だった場所で、後から来て占領した国の政府に利用されている。

日本自体もアメリカに占領されているような状態が続いている。

でも、「もうええわ、好きにして」と終わらせる訳には行かないのです。目の前の子供たちの安全を守り、先祖から引き継いだ自然を守り、人間としての「尊厳」を守る為に行動して行く事を、諦めない事を、悲しむ事を止めないのが沖縄。 沖縄の悲しみの前に、私の悲しみなんて本当に「ちっぽけなもの」と思うのだけれど、数十分の一でも、数百分の一でも、この異国の地で私も感じています。

理不尽な(理由は色々あるのでしょうが)大きな力に「沿わなければ生きて行けないけれど、でも、本当はおかしいでしょう、という声を小さくてもあげていかねば私はなんなんだろう?」と。

沖縄はアメリカからも日本からも大きな利益を得ている、嫌がってたらあんなにアメリカの文化を取り入れている訳が無い、日本になってから、どれだけの利益があったと思っているのだ?なんていう人も。

私もインドネシアで生きて行く為には 「したたかに」生きて行きますよ。
一切の影響も受けず、受け入れず、そんな狭間で生きて行け、という人間は少しでも「そういう状況」で生きた事が無い、想像すら出来ない、ある意味「幸せな」な人なのでしょう。 小さい所で同じような価値観で「ねー」といえば「ねー」と言ってくれる人たちと穏やかに暮らして下さい。

私はね、やってんですよ。沖縄の人たちもその身体で、心で 状況を受け止めてるんですよ。安全な所から 薄っぺらい言葉を発してくれるなよ、な、としか思えない、私の沖縄への暑苦しい想いのブログでございました。

皆さん、想像してみて下さい。自分が長く暮らす場所で抗いようの無い力に裏切られ続ける、ということを。身内からの裏切り、と考えて見ても良いと思います。じゃ、別れれば?縁を切れば?引越せば良いじゃない?あなたは無理なのでしょう?じゃ、黙ってすべてを受け入れなさいよ、とどんなに酷い仕打ちを受けてても言うのでしょうか? 言えるなら、もうちょっと経験を積んだ方が良いと思います。来世で、でも。 

そんな沖縄にその場しのぎで口八丁で「寄り添う」と言いつつ、今日も土砂をぶち込む日本政府。同時に政治の事に口出しはしてはいけないという立場ながらも口にした平成の「天皇陛下」。同じ言葉でもこれだけ違うもんなんですね。

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Naomi Ikushima

バリ島・ウブドでバッグのお店"sisi"を営んで18年目。日本人の夫と11歳9歳の子どものママでもあります。ベジタリアンカフェや日本語図書室なども営んでいます。年に1-2度帰国し東京と奈良でイベントを行っています。ジャカルタにも最近は頻繁に。http://sisibag.shop

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