パートナーに従順であることをやめた日。

大学の近くにある、ひとり暮らしのアパートに帰ってきたら、なんか様子が変だった。

4畳くらいのキッチンと、10畳あるリビングを含めた部屋じゅうの空気が、おかしかった。

トイレットペーパーの減り具合、キッチンと、
リビングのテーブルに置いてあるものの位置。

ちょっとしたものが、
ぜんぶ、「ちょっとだけ」ズレていた。

出した覚えのない、コップや皿。
飲んだ覚えのない、チューハイの缶たち。
ゴミ箱のゴミにたいしても「昨日出したばかりだけど、こんなに?」と、首をかしげてしまった。


いちばん違和感あったのは、部屋の温度。


どういうわけか、冷たいのだ。


朝、クーラーを消して出たはずなのに。
なんで、ひんやりしてるんだろう。

リビングの隅にカバンを置いて、すぐさま折りたたみ式のピンクの携帯電話を開く。床に座り、ベッドの側面にもたれて、登録された彼の番号に電話をかけた。


彼とは同棲しているわけではないが、わたしは彼に合鍵をわたしていた。

いつでも来れるように、彼が合鍵を求めたのか、わたしが勝手にわたしたのか、すっかり忘れてしまった。大事なことかもしれないのに。

都合の悪いことは、すぐに頭から消えてしまう。

彼が電話に出るやいなや、おずおずと聞いた。


「……あのさ、今日……うちに来た?」

彼は、いつものように饒舌に話し出した。
申し訳なさが、ほんの少し混ざった声で。


「あぁ、ゴメンゴメン! ユウジ(彼の親友・仮名)と、マヨさん(彼の親友の、彼女・仮名)と3人で遊んでてさ、そしたらユウジがさ、ちょっと休みたいって言うわけ。ちょうど、おまえの家の近くにいたからさ、つい」

「あぁ……そうなんだ」

「ゴメンな〜。ユウジたちも言ってたぜ。おまえによろしくって」

「うん……」

今度から前もって言ってね、そういう時は。


わたしは、彼にそう言っていない。



彼とは高校の頃からの付き合いで、もう5年経つところだった。高校では同級生だったが、大学は別だった。

社交的で、男女問わずたくさんの友達がいて、話がとにかくおもしろい、ムードメーカーだった。
わたしにも「ノリツッコミ」を教えるなどしていたが、「冗談」や「笑いをとる」ことが苦手なわたしには、身につかなかった。


とにかく人見知りで、友達をつくるのが下手なわたし。彼に「慣れる」のも1〜2年はかかったし、つきあって5年になるのに、彼の友達とは、ひとりも、まともに話せなかった。

「おとなしい」わたしは
「なんでも言うことを聞いてくれそう」だと、
彼には映っていたのだろうか。


高3の頃だったか。
彼は、わたしにこんなことを言った。


「おまえがさ、オレの女友達みたいに、いきなり強くなって文句言いだしたりしたら、オレ、一生立ち直れない」


そのあと、捨てられた子犬のような目をわたしに見せて、彼は、わたしの懐に潜りこんできた。

すこし伸びてきて、耳のふちにかかりそうな、ごわごわした茶色い髪の毛に、そっと触れた。

よしよし。

子犬、というより子猿の頭を撫でながら、

そうか、口ごたえしないほうがいいんだな。

と、思った。



大学を卒業後、就職したらお互い多忙を極め、
3ヶ月も経たないうちに、わたしたちは別れた。

交際期間、6年。
彼が勝手に友達を部屋にあげてから、わずか1年。

あれは、終わりの始まりだったのかも。
未練などなく、ただ、せいせいしていた。

ずっと、我慢してたんだな。
懇願のかたちで口をついて出た別れの言葉に、
はじめて気づかされた。



仕事に慣れ、過去を振りかえる余裕が出てくると、わたしの「元彼ネガティブキャンペーン」が
始まった。


高校や大学の同級生や後輩と、ランチやディナーでもしようもんなら、「あのひとは決していい人ではなかった」と、わたししか知らない彼の姿を、次々と暴いていった。

どうして、そんなことをする必要があったのか。

元彼は、通っていた高校や大学で、人気者のポジションにいたからだった。そんなひとと付き合えるなんて、いいなー。みたいなことを、言われたりもしていたのだ。

だから「それは全然ちがう」と、釈明してやらないと気が済まなかった。

Sazanamiの元彼は、いいひとだった。

で、終わらせてなるものか。



じつは、ものすごいケチだということ。

わたしと付き合いたいからといって、
彼とおなじクラスだった元カノを、
無下に「切った」こと。

彼とおなじ大学でおなじゼミにいた、
わたしの親友を、
ほかのゼミ生たちと一緒に虐めていたこと。

そのなかのゼミ生に「浮気心」を起こして、
その子とうまくいったら、
わたしと別れようとしていたこと。

社会人になると、「仕事が忙しい」からって、
しょっちゅうデートをドタキャンしていたこと。

それまでも、
毎回ちがう女友達と頻繁にデートしていたこと。

大学の飲み会で女の子(後輩?)を口説いていたと、わたしの大学の同級生から、タレコミがあった。


そういえば、6年も付き合っていて、
何度も家にお邪魔していたのに、いちども
彼のご両親に紹介してもらったことがなかった。

デートのたびに毎回わたしが車を出し、いつしか、わたしから予定を聞かないと会ってくれなくなり、連絡しても何日も返事がなく、その間、女友達とはマメに連絡を取りあっていたことがわかったりして、もう、うんざりだった。

なんで、こんなに振り回されないといけないの?

って。だから、別れてせいせいしてる。


こうして話せば話すほど、わたしの「元彼に対する恨み辛み」は、募っていくいっぽうだった。

最初は、「へー、そうなの!」と、新鮮な驚きを持ったであろう表情を見せていた友人たちも、何度もおなじ話を聞かされるたび、「もう昔のことだから」と、引きぎみの笑顔を見せるようになった。


友人たちや後輩たちとの距離を感じても、わたしの気持ちは収まらず、今度は、そんな忸怩たる思いを日記にしたためた。


そのとき、冒頭のエピソードが、
鮮明に浮かんできたのだ。


おのれ子猿め!!



わたしの部屋に、勝手に女を入れやがって。
親友カップルと遊んだなんて言って、
ホントは、女との休憩所に
わたしの部屋を使ったな!!


事実かどうか、当時から、さっぱりわからない。

彼が言った「親友カップルと一緒に、わたしの部屋で飲んだ」というのも。

わたしが怪しんだ、「じつは女との休憩所に、
わたしの部屋が使われていた」というのも。


ただ、言えるのは

「合鍵をわたしてしまったことが、すべての元凶だった」

と、いうことだ。


そんなものを簡単に渡して、いつでも部屋に入れるようにしてしまった、わたしが良くないのだ。


そもそも、なんでもかんでも元彼の言うことを、「はいはい」と聞いて、ただ従って、

勝手に部屋を使われていても、文句ひとつ言わず黙っていて、そのうえ、彼の親友まで一緒になって、貧乳と言われ続けても、曖昧に笑って流すだけだった。


そんな、わたしが良くないのだ。


子猿たちを調子に乗らせてしまったのは、わたしだ。貧乳なんて、容姿を貶めるようなことを言われたら、たとえ彼氏だろうと全力で怒っていいし、彼氏の親友にまでそんなこと言わせちゃいけなかったのだ。

鬼の形相で「ユウジ、あんた関係ないでしょ! そんなこと言う筋合いないよね!」と、

彼氏のメンツを潰したって、怒るところだった。

それで、へんな子猿たちがスタコラサッサと
逃げたって、なにも気まずくなんかないのに。



そうだ、これからは自分を大切にしよう。
次に彼氏ができたら、絶対に、簡単に従わないんだ。そして、わたしにも選ぶ権利はある。

ちょっとでも「ん?」と思ったひととは、決して付き合わない。自分の感覚を、うやむやにしないんだ。

元彼みたいに、飲み会への参加や、お酒を飲むこと、ノリツッコミを強要したりするひとなんかも対象外だ。

元彼の親友みたいに、タバコを吸うひとも論外。

人見知りで内向的なわたしのことを、変えようとするひとなんか、こっちから願い下げなのだ。




そんなことを、ノートを何十ページ使って延々と綴り、気持ちが落ち着いてきた頃に、ダメな自分を全肯定できるくらいの、素敵な出会いがくることを、当時のわたしは、まだ知らなかった。









最後までお読みいただき、

ありがとうございます。


おかげさまで、新しい家族と過ごす今では

ちょっとでも、夫に納得いかないことがあると

烈火のごとく怒れるようになりました。

(それもアカン)



高校・大学の頃の恋なんか黒歴史だ!

と、思って生きてきましたが、


あれがあったから、夫の両親と同居していても、

「夫と婚家の家来にはならないぞ!」

と決めることができるようになり、

夫と義両親に、じぶんの気持ちを

伝える努力ができるようになっています。


そんな日々を送るうちに、

元彼にも感謝の気持ちが芽生えてきた

というわけでした。


また、過去への恨み辛みが出ないよう

エッセイに昇華させてみた次第です。


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