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(二)売り込み編 ③

 営業は、商品を売り込むだけではなく、自分を売り込むことでもあります。相手に気に入ってもらえないと、次はないと思って下さい。真剣勝負のつもりで、気を抜かないで対面して下さい。不用意なたった一言が命取りになります。極力、嫌われることは慎みましょう。それが、売り込みの基本です。
 営業の基本は、饒舌(じょうぜつ)ではなく、相手の話をよく聞くことです。相手が話し終わったのを見計らって、タイミングよく、こちらの言い分をさり気なく言うと、すんなり受け入れられます。“自分が自分が”では、商談はうまくいきません。
 シナリオライターは、自分で営業もやるのだったら、ライターの顔だけではなく、ビジネスマンの顔も持たなくてはいけません。
ディベート(討論)の達人でなくてはいけません。
 
 この業界の事ではありませんが、大手量販店で初めて携帯電話を買ったときに経験したことですが、参考までに-----。
 対応してくれたのは若い男の店員で、まだ新米らしくこちらの質問に、
「ちょっ、ちょっと待って下さい」
 とパンフレットを見ながら、気の毒なくらいに汗を掻きながらたどたどしく答えていました。私には、その一生懸命さが心に伝わり、その店員から、記念すべき初めての携帯電話を買いました。
 ひょっとすると、その店員にとって、私が初めての成約客だったかもしれません。
 私も、以前飲料メーカーの飛び込み営業をやっていたときに、初めて成約したお客さんの顔、名前、居住地を今でもハッキリと覚えています。営業経験をした人にとって、初めて成約してくれたお客さんというのは、それほど記憶に残っているものです。
 営業の仕事を始めるときに、研修期間中に先輩営業マンに言われたことは、この一生懸命さが、相手に伝わることが大事だということでした。
 その後、何回か携帯電話を買い替えましたが、中にはセールストークを丸覚えで、スラスラ言えるのはいいのですが、こちらの顔を全然見ないので、まったく誠意、一生懸命さが伝わらず、その店員からは買いませんでした。
 営業とはそうしたものです──。
 
 プロデューサーは、連続ドラマの仕事が進行中だと、忙しくて新人シナリオライターの企画書など、読んでいる時間はありません。ちなみにシナリオができているからと、シナリオを持ち込んでも、100%読んではくれません。嫌な顔をされるだけです。
 この業界は、最初に企画書ありきです。1に企画書、2に企画書、3、4がなくて、5に企画書です。
 野球の格言に、『バットは振らなきゃ、何も始まらない』というのがありますが、この業界も、企画が通らなくては何も始まりません。
 私も新人の頃、制作部のプロデューサーに企画書を書いては出し、書いては出ししていたのですが、なかなか通らないので、ひょっとして、この業界は、制作部より編成部の方が決定権を持っているのではと思い直し、某テレビ局の編成部に飛び込みで企画を売り込みに行ったことがあります。
 一般の商品は、その商品を買うかどうかの決定権を持っている人に、アプローチするのが成約の鉄則です。
 たまたま、その編成部の人が、今度深夜のドラマ枠のプロデューサーをやるとかで、企画書を書いてきてくれないかと頼まれました。
<なんて、ついてるんだ!! やっとツキが巡ってきたぞ!! やはり、営業の鉄則は、断られても断られても、数をこなすことだな>
 と、飲料関係の営業をやっていた頃の感覚を思い出したものです。しかし、何本書いても企画は通りませんでした。
 このとき、オンエアされた他の人が書いて採用された企画のドラマを観ましたが、
<う~む、自分の書いた企画書の方が面白いのになあ----->
 と思ったことは、一度や二度ではありません。
 それは、『世にも奇妙な物語』のプロットを、制作会社に何度も持ち込みに行ったときにも感じたことでした。
 この業界、ボツになった企画やコンクールで次点になった作品の方が面白いという話は、制作者サイドや審査員からよく聞く話です。
 そのテレビ局の編成部のデスクの上には、持ち込み原稿が積み重ねられていて、
「持ち込み原稿がこんなにあるんだけど、忙しくて読めないんだよね。君、これ読んでドラマになるかどうか、感想を聞かせてくれる」
 と言われ、その原稿を持ち帰って読んだことがあります。
 その原稿は、某大手出版社が主催するメジャーな小説コンクールで、入選はしなかったものの、二次(最終候補5~10本の手前、50~100本ぐらい)まで通過した作品でした。
 そのことが、持ち込み原稿に同封された作者の手書きの手紙に、切々と書いてありました。
 その頃、私もそのコンクールに応募して、やはり二次まで通ったことがあったので、
<そうか、売り込みは、我々シナリオライター志望者だけでなく、小説家志望の人からもあるんだ。みんなデビューのきっかけが欲しいんだなあ----->と痛感したものです。
 しかし、その原稿は、私の読んだ限りではドラマには不向きかと思われ、その旨、プロデューサーに伝えました。
 そういえば、某映画会社の企画部に、企画書を持ち込んだときも、デスクの上に、市販されたマンガ本が山のように積み上げられていました。
 
 これは、小説の話ですが、ある作家志望者が、エージェントに作品を見せたら、「つまらない」と原稿を突き返されたそうです。
 しかし、その作家志望者は諦めないで、他のエージェントにその作品を見せました。そのエージェントは、「面白い」と言って、出版社に原稿を持ち込んでくれました。
 しかし、いつまで経っても返事はなく、諦めかけていた頃、出版社から出版してもいいという返事が来ました。
 その持ち込み原稿も、多くの持ち込み原稿と一緒に、その出版社の社長のデスクの上に、積み上げられていました。それを、社長の8歳になる子供が偶然手にして読んで、
「パパ、この本、面白かったよ」と言ったのがきっかけで、出版に至りました。
 その本は、やがて世界的なベストセラーになりました。
その本こそ、J・K・ローリング氏の書いた、『ハリー・ポッターシリーズ』の第一話です。
 世の中、どこにチャンスが転がっているか分かりません。
 今や、書いた作品がことごとくハリウッドで映画化されるベストセラー作家、スティーヴン・キング氏も、何度も何度もエージェントの家のポストに原稿を放り込んで、やっとエージェント契約を結び、現在の成功があるといいます。
 スタンダールの不朽の名作『赤と黒』は、初版はたった30部しか売れませんでした。世の中、何が起きるか分かりません。
 最後の最後まで諦めてはいけないということです。
 
 しかし、この業界の仕来りなのか、企画が通ったとしても、シナリオは書かせてはくれません。
 一応、業界の相場として、企画が通れば、3万円が銀行口座に振り込まれます。しかし、それだけのことで、シナリオは実績のあるシナリオライターに発注されます。
 視聴率最優先の民放テレビ局では、致し方のないことかもしれません。高いカネを払っているスポンサーにとっては、視聴率が取れるシナリオライターでなくては、納得してくれません。
 コンクール編でも書きましたが、今、各テレビ局が奪い合っている視聴率の取れるシナリオライターは、20人前後です。
 日々、熾烈な視聴率競争が繰り広げられている、戦場のような現場で、実績のない無名のシナリオライターに書かせる余裕などありません。
 大体が、ベテランのシナリオライターは、企画書をあまり書きたがりません。企画書を書く時間があったら、シナリオを書いた方がいいという考えだと思われます。彼らが企画書を書いても10万円が相場で、シナリオを書いて100万円~200万円貰った方が効率がいいからでしょう。
 今はなくなりましたが、以前日本テレビで、2時間ドラマの草分けとも言うべき、火曜サスペンス劇場、通称“火サス”という枠がありましたが、企画書はペラ(200詰め原稿用紙)で50枚ぐらい書かされます。
 私も制作会社のプロデューサーに頼まれて、書いたことがありましたが、そんな枚数を書く時間と労力があるのなら、短編小説を書いた方がいいのではと疑問を持ちながら書いていました。
 逆に、NHKの企画書は、A4用紙1枚です。そのくらいの枚数なら、腕の見せ所、書いてやろうじゃないかという気になります。
 ちなみに、川端康成氏の傑作短編小説『伊豆の踊子』は、400詰め原稿用紙で、50枚ぐらいしかありません。
 プロデューサーは、口をそろえたように言います。
「今回は、シナリオは書いてもらえないけど、次回は書かせてあげるから、今回は泣いて下さい」
 しかし、次回必ず書かせてくれるという保証はありません。それが現実です。そういう仕打ちが何回も繰り返されます。
 私のシナリオの師である直居欽哉氏の逗子の自宅に、何度か行ったことがありますが、あるとき先生の奥さんが、
「うちの主人も、最初の頃、何本も企画書が通ったのに、シナリオを書かせてくれなくて、悔しい思いをしたんですよ」
 と、おっしゃっていましたから、どうやらこういうことは、今に始まったことではないようです。
 こういうときに、ハリウッドのようにエージェントがいればいいのですが、日本にはそういう気の利いたシステムはありません。
「私、書く人。あなた、売る人」という分業システムがあればいいのですが、日本にはまだありません。
 最近、作家のマネジメント会社ができつつありますが、まだ確立されていないようです。
 マネジメント料は、脚本料の15~20%が相場らしいです。
 しかし、二次使用(再放送の場合、脚本料の50%もらえる)もマネジメント料をもっていくらしく、問題になっているようです。
 私も、一度、大手映画会社のプロデューサーに、そういうことをやっている会社の人を紹介されて、実際に仕事をしたことがありますが、本来なら、制作会社のプロデューサーとサシでやるところを、間にマネージャーが入って、企画書の段階でゴチャゴチャ言うものだから、やりにくくてしょうがなかったことがあり、一度で懲りてやめました。
 このときは三人でしたが、それでも『船頭多くして船山に上る』ということを痛感しました。
 この業界に詳しい人に、
「シナリオライターに、マネージャーは必要ですかね?」
 と相談すると、
「ぼったくられるだけだから、やめた方がいいよ。アメリカと違って、日本では、そのやり方はうまく行かないと思うよ。間に余計な人(マネージャー)が入ると、嫌うプロデューサーもいるしね」
 と言われました。確かに、どの業界もきっかけを摑むのが大変ですが、一回きっかけを摑んで売れれば、向こうから仕事が入ってくるので、マネージャーは必要なくなるかもしれません。
 きっかけだけ摑んで、
「あとは、自分でやるからいいです。もうマネージャーは必要ありません」
 なんて言ったら、
「なんだ、こいつ。利用するだけ利用して、恩知らずな奴だ」
 と思われ、逆に潰しにかかるかもしれません。
 狭い業界です。いい噂は、なかなか拡散しませんが、悪い噂は、アッという間に拡散します。下手をすると、その噂が命取りになるかもしれません。気を抜くと、すぐに足元をすくわれます。 
 それに、毎回ギャラの15%~20%マネジメント料を取られていては、確かにもったいない話です。
 聞いた話では、売れっ子になれば、一ヶ月で100本の仕事の依頼の電話がかかってくるそうです。中堅クラスの脚本料が、1時間ドラマで、100万円ぐらいですから、その依頼を全部こなせば、単純計算して1億です。その15~20%のマネジメント料だと、千五百万~2千万円というところですか。イタリアの高級外車フェラーリが1台買える額です。そうなると、マネージャーなど必要なくなるでしょう。
 ハリウッド映画のように、1本映画のシナリオを書けば、1~10億円貰えて、プロフィットシェア契約(興行収入の何%かを貰える)をすることができれば、繁雑な契約を自分だけでチェックするのは大変なので、エージェントが必要でしょう。
 ちなみに、アメリカでは、俳優でもシナリオライターでも、エージェントがいないと仕事が来ないそうです。
 私の親戚が、国際的に活躍するクラシック音楽家で、アメリカの大手エージェント会社に所属しているようです。
 私も以前、ある人にハリウッドのエージェントを紹介してもらいましたが、残念ながら契約には至りませんでした。アメリカのショービジネスは、日本と違って厳しい競争社会ですから、ハードルが高いようです。
 これは一般にはあまり知られていないことですが、今、日本で一番ノーベル文学賞に近い作家と言われている村上春樹氏には、アメリカの大手エージェント会社ICM(インターナショナル・クリエイティブ・マネジメント)の敏腕エージェント、アマンダ・アーバン(通称ビンキー)の存在があります。
 欧米には、こういう作家エージェントの存在が、才能のある作家が世に出やすいシステムになっています。最近、日本にも作家エージェントができつつありますが、原稿を読んでもらうだけで、3~5万円も取られてしまいます。それだけカネを払ったからといって、必ず契約に至るとは限りません。
 ちなみにアメリカでは、原稿を読んでもらうだけでカネを取るのは、もぐりのエージェントだと言われています。お互いに、足元を見られないように気をつけましょう。

       ④に続く

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