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2023-11-14 "MY FIRST STORY VS ONE OK ROCK” レポート 途中でぶっ倒れた話を添えて

はじめまして、21歳男子大学生です。
あの夜の備忘録を残そうかと。


・4ヶ月間の心持ち

2023年7月10日、TakaのInstagramが更新された。

MY FIRST STORYとの対バン告知だった。

2022年 MY FIRST STORYの武道館公演で、HiroがTakaに向けて対バンを呼びかけたことは知っていた。
「遂にきたか」そう思った。同時に「きてしまったのか」とも思った。複雑な気持ちだった。

いくら公表されているとはいえ、他人の家族の仔細を第三者の俺が当事者のような面持ちでツラツラと記すのは自身の正義に反するので避けるが、彼らの関係性は一般の兄弟のそれとは大きく異なるものだろう。

Takaは15歳のころに父親から勘当され家を飛び出し、両親は婚姻関係を解消。元々、両親が二人とも世間に名が広く知れ渡っている芸能人であることを加味すると、二人の関係はとても歪なものだっただろう。

だから、分からなかった。
同じステージ上に立つMY FIRST STORYとONE OK ROCK、HiroとTakaを、どんな気持ちで見つめたら良いのかが。

発表から公演当日までの4ヶ月間、そんな気持ちを抱き続けていた。

・公演中のこと

セトリから掻い摘んで話します。

Never Let This Go

イントロでイくかと思った。
最後に演ったのは2012年。そんなに寝かせていい曲じゃないよ、これ。
ラスサビ『let this go!』て叫ぶの気持ち良すぎたね。

Nothing Helps

イントロでイった。
日本で最後に演ったのは2014年。この曲もここまで放っておいていいものじゃないよ。
アウトロで『Go!Way!Go to the maze someday!Go!Way!Out!』て叫ぶやつ、またやりたいので再度寝かせすぎないでほしいところ。

上の2曲がセトリに入ってきたのはかなり意外だった。
対バンということでこういうコアな曲は避けるのかなと。

Make It Out Alive

”The Beginning”から始まり”Never let this go” ”Nothing Helps”と続き、ここでこの曲を入れてきているところからTakaが本気で俺たちをぶっ殺しに来ていることが分かった。

"Eye of the Storm"で海外のポップミュージックの音を取り入れ、”Luxury Disease”でヴィンテージロックを手にしたONE OK ROCKが、最新のこの曲で王道のロックミュージックに回帰するのはあまりにアツい軌跡。ライブで聴きたくてウズウズしてた。

音にノりながら腕を突き上げ、頭を振ったあの瞬間こそまさに”生”そのものだったと思う。Takaのシャウトも恍惚だった。

Right by your side

2017年 Ambitions Japan Tour会場限定販売CD『Skyfall』に収録

『弟のために書いた曲が一つだけあります。この曲を演るのは今日が最初で最後です。』
Takaのこの言葉で次の曲が”Right by your side”であることを察した俺は、この日最初の涙を流しました。

この日、TakaがHiroに伝えたかったことはすべて、この曲の歌詞に詰まっているのでしょう。
『悔しさ混じりに吐いた 繋ぐ言葉は若すぎて 超えるべきは そう いつだって 自分自身以外にいない』
精一杯の優しと厳しさが詰まった歌詞だと思います。

キミシダイ列車

ONE OK ROCK側の最終曲。
Luxury Disease名古屋勢としてはこの曲が聞けなかったことに対して若干不服気味だったんですよ。ありがとう。

Takaはこの曲を歌いながら東京ドームを1周走り切っていた。彼の肺はどういう造りになってんだろう。

この曲を歌い終わったTakaはマイクをステージ上に放り捨て、MY FIRST STORYに出番を譲りました。あの仕草はかっこよかった。


ALONE

『NO!MORE!!』

アンダーグラウンド

こういう自分のありのままの言葉を吐露するような曲は大好きです。

MONSTER

ラップパートもサビもひたすらかっこよかった。

ぶっ倒れた話

このレポの一番大事なところです。

ここまで読んで「ONE OK ROCKに比べてMY FIRST STORYの感想薄すぎて草」ってクソリプ飛ばそうとしているそこのお前、これには深い事情があるからエンターキーを押す前に少し聞いてくれ。

ONE OK ROCKの全曲が終わったあたりで体に違和感を覚えてました、「なんか手足が痺れるな」と。今思い返せば完全に脱水の初期症状。

でも当時の俺はアガり切っていたので「まぁほっとけば治るだろ」くらいの認識。その思いに反してMY FIRST STORYの曲が進むに伴って手足の痺れはより強く、より広くなっていっていった。それと闘いながら聴いていたので正直MY FIRST STORYの曲は記憶半分なものが多いです。読んでくれているストテラのみんな、ごめんね。

”REVIVER”が終わったあたりのこと。「あれ?これ立ってるの無理じゃね?」なんて思う間もなく気付いたらその場に座り込んでいた。”倒れた”は誇張表現だけどまぁ似たようなもんなので許してくれ。そのときには痺れは全身に広がっていて手の指とかは完全に動かなかった。

直後に後ろの席のお姉さんが「大丈夫?」と声を掛けてくれた。全然大丈夫などではなかったが反射的に「大丈夫です」って言っちゃった。馬鹿野郎。そのやり取りを見ていた周囲の方々は「あぁこいつは大丈夫なのか」と思い、以後の”不可逆リプレイス”と”Home”の間、俺は放置されていた。

いや~、この2曲の間はマジで死ぬかと思ったね。記憶にないもん、全く。創作物でよく使われる「意識が遠のく」っていう感覚を体験出来ました。
でもここで死ぬのはまぁいいかって思えた。それくらい最高の夜だった。

そんなことを考えているうちにMY FIRST STORYの全曲が終わって、今度は隣にいたお姉さんが「セキュリティ呼びますか?」って聞いてくれた。今度はしっかり「お願いします」って言えた。

この場で心からの感謝を伝えたいです。
あのとき、心配してくれた方 声を掛けてくれた方々 水を分けてくれた方 セキュリティを呼んでくれた方 水を持ってきてくれたセキュリティの方々 タオルで仰いでくれ方、本当に本当にありがとうございました。皆さんのおかげで最後まであの場所にいることができ、無事に帰れました。

Nobody’s Home

分けていただいた水を大量に飲み、回復しつつある中、会場が明るくなりこの曲のイントロが聴こえてきた。顔を上げるとステージにはMY FIRST STORYとONE OK ROCKのメンバー全員がいた。

次の瞬間、無意識に立ち上がっていた。「この曲だけはしっかり見届けないと一生後悔し続ける」そう思ったから。

1番のサビで歌詞を間違えてスマンってポーズをとるHiro、やれやれって感じのTaka。
向かい合ってお互いの目をまっすぐに見て歌う二人。
『目には見えないもので必ず 僕ら生きてる限り繋がってるから』と歌いながら自分の胸とHiroの胸を交互にたたくTaka。
『心から愛してるよ ありがとう』と歌うHiro、 頷きHiroを強く抱きしめるTaka。

今まで見たことがない二人の姿だった。弟として甘えるHiroと、兄として優しく受け止めるTaka。

俺はひたすら泣いてた。大号泣。

始まる前まではいろいろと考えていたけど、結局全部杞憂だった。

・公演後のこと

VSが終わった後に思ったことを書く。

The Way Backのこと

Takaは”Right by your side”を歌う直前に『弟のために書いた曲が1曲”だけ”あります』と言っていた。これが言い間違いではなかったら”The Way Back”は誰に向けて書いた詩なんだろうと、この曲を聴くたびに考えるようになった。(でもMVのマイクの色とか歌詞とか、Hiroに向けられたとしか考えられないんだよな~~)

ONE OK ROCK側のアナウンスの少なさ

正直今回の公演に関しては酷かったと思います。
アジアツアーの真っ只中でめちゃくちゃ多忙だってことは重々承知しています。でもMY FIRST STORY側がグッズを出す以上、ONE OK ROCK側も”VSのためのグッズはないよ”くらいのアナウンスはしてくれてもよかったんじゃないですか。地方民としてはその有無で前日入りか当日入りか変わってくるんです。お願いします。

チケットのこと

今回の公演に関しては一般はなくてもよかったとまで思っています。OOrerとストテラにとって、どれほど特別な公演なのかは運営側の方々もよくわかっているでしょう。では何故、PRIMAL FOOTMARK・STORYTELLERでの抽選受付が1回のみで、一般は3回もあったのでしょうか、どういう意図があったのでしょうか。

STORYTELLERに入会した

円盤のこと

お願いします!!!利権のこととか色々複雑なのはわかります。でもお願いします!!!


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